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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章

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第八十二話 於登

於登おとを次の御子に?」


御子の死から二カ月ほどたった頃、突然王都に呼び出された。

伝えられたのが、次の御子を正式に於登に任命するというものだった。


「ああ、その女が御子候補の中で最も有力株だったのだろう?」

「日御子以外では」

「何だ、お前もいつの間にか日御子擁立派に回ったのか。他国の者共と同じだな」


御子の死は瞬く間に北部九州中に広まった。 各国の王や有力者たちは、「王位に継がせぬのなら、せめて御子の座に据えるべきだ」と主張をはじめた。


「そんなつもりで言ったわけではありません。俺の考えは変わらない。けど、何だって今更」


都萬彦つまひこは御子様が亡くなってからも、停喪かりもがりを済ませたあとは、巫女たちのことなど忘れたようにまつりごとに没頭していた。

この男にとって、神意に頼った政治は自身の弊害でしかないのだ。


「確かに、俺に御子など必要はない。だが、他国や民衆は違う。次代の御子を立てろとうるさくてな。黙らせるためには、従った方が話しは早い」

「けどそれじゃあ、まるで於登が身代わりになるみたいだ……」


日御子を自由でいさせたい。 その願いのために、死期を早めた御子の顔がちらつく。 於登にまで、同じ役目を負わせたくはない。


「安心しろ。先代の御子様のように閉じこもっている必要はない。民衆を納得させるために、形だけ取り繕うだけだ」

「他国の反発はどうするんですか?はっきり言って、各国の王や有力者たちは、あんたの即位を歓迎していない」

「口の利き方を直しても、そのズケズケとした物言いは変わらないな。気に入らん」


言葉とは裏腹に、都萬彦はその言葉に対して、実にどうでもいいことのような反応を示した。


「内心の不満など、大したことではない。

仮に北部連合を抜けたところでどうなる。

投馬国への備えはどうする?

東国の侵攻には誰が抗う?

弁韓諸国との交易はどう繋ぐ?」


都萬彦の眉が僅かに吊り上がり、口元に冷ややかな笑みが広がる。


「既に弁韓の交易権は、邪馬壹国と連合が抑えている。抜ければ、鉄も塩も絹も得られん。……孤立して滅ぶだけだ」


確かに、この男の言うとおりだった。


北部九州は、もはや邪馬壹国中心に動く。

反発があろうが、不満が募ろうが、都萬彦に従う他、道はない。


「……承知しました。では、神殿への報せは俺が」

「そんなことをしている暇はないだろう。次の御子の話しは物のついでだ。お前には仕事が山積みなんだぞ」

「あんたにとってはそんなことでも、彼女たちにとっては大事なことなんです。だったら、俺の口から告げたい。用が済んだら、速やかに任に戻ります。だから、お願いします」


俺は都萬彦に頭を下げた。

都萬彦は軽く鼻を鳴らす。


「わかった。だが、今日中に伊都国へ迎え。狗邪韓国にやっていた交易隊が戻るはずだ。交易品の管理は貴様に任せているのだからな」

「はい。ありがとうございます」


かすかな苛立ちを感じながら、再び頭を下げた。 そのまま王の宮の裏手に出て、神殿へと歩を進めた。


確かに俺にはゆとりがない。

都萬彦が新王として即位して以来、

俺にのしかかってきた仕事は山ほどある。


その中でも特に神経を使うもの。


それが弁韓諸国との交易品の管理。

そして、倭国への渡航者の許可・監督だ。


狗邪韓国をはじめとした弁韓は、鉄の供給地であると同時に、諸勢力が入り乱れる不安定な地域だ。


交易隊には必ず俺の部下か、俺自身が顔を出し、船に積み込む絹布や海産物、玉類の数量を逐一検めなければならない。

帰ってくれば帰ってきたで、彼らが持ち帰る鉄器や鍛冶具材の管理、さらに渡来民の選別と受け入れの段取り……。


都萬彦に言われるまでもなく、時間にゆとりが無いのは俺が一番分かっている。

けど、於登に伝えるのは、やはり俺の役目だと思う。

神殿へ辿り着いた俺は、周囲を窺って於登の姿を探す。

中から、厳かな祝詞が聞こえてくる。

どうやら祈祷の時間だったようだ。

近くの木の幹に座り込み、俺は終わるのを待つことにした。


御子の声のような力強さや、圧倒的な神秘性は無い。

けれど、中から聞こえくる巫女たちの祝詞は、若々しく、どこか明瞭で、なんだか少し元気を分け与えてもらえるような。

そんな可笑しな温もりが感じられた。


やがて、その声も途切れる。


「さてと」


頃合いを見て立ち上がった。

軽く尻を払い、中へ向かって歩き出す。


丁度、祈祷を終えた巫女たちの一団に落ち合う。


「よう」

「持衰くん?」


軽く手を挙げて挨拶した俺に、於登がすぐに気付いていて声を上げた。


「君、いっつも突然現れるよね。どうしたの今日は?」


日御子と共に奴国との同盟を締決させ、現在は都萬彦の側近として実務をこなす俺は、いつの間にか有力者氏族長をも超えるほどの権威を身につけていた。


最近は俺に軽々しく話しかけてくれる人もめっきり減っていたため、於登の変わらぬ態度に救われた。


孫堅もはじめて会った時に似たようなことを言っていたな。

今更あいつの言っていたことが実感できた。


「いや、ちょっと王の伝言があってさ」

「都萬彦様からの」


於登たちが少し警戒する。

無理もない。都萬彦の神様嫌いは昔からだ。

そんなやつからの言伝なのだから、ろくな内容でないと想像する方が自然だろう。


「そんな心配そうな顔するなって。悪い話じゃないから」


俺は、安心させるために、大げさに軽い口ぶりで話す。


「なんとこの度、於登が次の御子に選ばれたんだよ。おめでとー」


俺は一人拍手するが、於登たちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「何だよ。嬉しくないのか?」

「次の御子は、日御子様じゃないの?」


於登の問いに、少し詰まる。


「やっぱり、そう思うか?」

「そりゃそうでしょ。あの方は神に愛されすぎて、神から与えられるだけ与えられちゃってるの。

もう神様は家財一式、日御子様に投げ打ってるね。間違いないね」

「どんな愛され方だよ……」


思わずツッコみながらも、否定はできなかった。


常人離れした記憶力や、洞察力、医療技術。おまけに秀でた容姿。

日頃からそんなものを見せつけられては、日御子は神から特別な力を与えられていると。そう思ってしまうのも無理はない。


「確かに、他国からの日御子を推す声は強い。けど、都萬彦は日御子に権威を与えたくはないんだ。仮に形骸化した御子の位だとしても」

「まあ、持衰くんは寧ろその為に、都萬彦様に味方してるわけだもんね……。けどさ、他の国は面白くないんじゃない?そもそも、連合に加盟したのは日御子様がいらっしゃるからでしょ?」


於登が不安気な声を出す。

於登も於登で、この国全体のことを考えてくれているのだ。


「確かにそうだ。けど、他国の反発を食らうのは都萬彦を推戴した時からわかってたことだ。その不満をどれだけ宥めることができるのか。それが俺の戦いだと思ってる」

「……そっか。持衰くんが何とかしてくれるなら、安心だね」


於登はふっと肩の力を抜き、微笑んだ。

その笑みには俺への信頼が滲んでいる。

その気持ちに報いなきゃいけない。

御子様のときと同じ過ちは、二度と。


「あ、そうだ。於登」

「うん?」


小首を傾げる仕草が、昔と変わらない。


「日御子のためとはいえ、俺はお前を犠牲にするつもりもないからな」


真っ直ぐ於登を見据えながら、言葉を続ける。


「御子様みたいに、身体を壊す神降ろしは絶対にさせない。無理な祈祷も、閉じこもりっぱなしの生活も必要ない。だから……安心してくれ」


於登は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。

そして、そっと胸に手を添えたまま呟く。


「……日御子様のためなら、私は何でもするよ。でも……うん。ありがとう、持衰くん」

「いや、別に」


於登からちゃんとした礼を言われると、何だかこそばゆい。


「都萬彦の作る国なら、これまでみたいな御子は必要なくなるかもしれない。そしたら、於登にも、誰か伴侶でも――」


軽口のつもりで言った。

けれど。


「へ〜、それはいいね。だったら持衰くんと一緒になろうかな」

「は?いや、何を……」


完全に虚を突かれた。

声が裏返る。


「冗談だって。真に受けすぎ。私、年下には興味ないから」


悪戯した子供のように於登が笑い出した。

完全にしてやられた。


「だったら年下をからかうなよ」

「ごめん、ごめん」


そう言いつつも、於登はまだ笑っている。

周りの巫女たちもそれにつられる始末だ。


でも、必死に抗議を続けつつ、俺はどこかで嬉しく思っていた。

王と御子様の死が続き、於登だけでなく、邪馬壹国中が、何となく沈んでいた。

於登も、あまり笑わなくなっていた。

だから、彼女たちのこんな笑顔を見るのは久しぶりだ。


暗い何かを追い出すように、俺たちはしばらく、大げさにふざけ合っていた。


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