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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章 邪馬台国創生

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第八十話 新王即位

神殿の前に、多くの人々が集められた。

都萬彦、穂北彦、各国の有力者たち。

中には、それぞれの国の王たちの姿もある。


御子が俺たちを呼び集めた要件。

それは邪馬壹国の次代の王を、神の決定に委ねるというものだった。


俺は、密かに御子様の元を訪れ、猛反発した。

神降ろしの儀は、御子の身体に大きな負担をかける。

薬と休養で持ち直しているとはいえ、再び行えばまた悪化してしまう可能性が高い。

俺の抗議に対して御子は、「安心して下さい。必ず、あなたが望むご神託を賜ってみせます」と、俺に答えた。


違う。そうじゃないんだ。

俺はあなたに死んでほしくない。それだけなんだ。


けど、俺の願いは聞き入れられなかった。

御子の固い意志を変えるのは、例え神であっても不可能に思えた。


人々が声を潜めて囁き合っている。それらは折り重なって、大きな喧騒へと変わっている。

誰が王位に就くのか。大方の予想は日御子に傾いていた。


それなのに、場において最も騒ぎ立てそうな男が、最も冷静に事態を見守っていた。


――都萬彦。


御子の親族にあたる日御子と穂北彦への警戒心から、邪馬壹国の神権政治を否定し続け、遂には神を政から遠ざけた男。


その彼が、ただ静かに見守っている。

それが、不気味に映ったのだろう。

居合わせた人々は何度も都萬彦の方を盗み見ていた。


やがて、神殿の前に巫女たちが進み出る。

中には於登の姿もあった。

榊を捧げ持ち、ゆらゆらと揺らす。


神殿の奥から、香の薫りとともに、鉦の音が響いてくる。

その音に続き、御子の祝詞が流れ出した。

美しい自然と祈りの声が、風に溶けていく。

人々は、王位継承という重大な場であることを忘れ、ただその調べに耳を傾けていた。


やがて、声が途切れる。

人々が現実に戻る。

於登が静かに神殿の中へと足を踏み入れた。


――次の王は、兄か、それとも妹か。


緊張に満ちた沈黙の中、

二つの影が、神殿の奥から現れた。


ひとりは於登。そしてもう一人は、


「御子様……」


ざわめきが広がる。

人々の前に姿を現すのは、これが初めてだった。

その顔の前には薄布が垂れ、表情は見えない。

だがその神秘さこそが、御子を“神”たらしめる演出に一役買っていた。


「神の意は、得た」


静かに、それでいて威厳を帯びた声。

確かに御子の声だ。

けれど、まるで別人のようだった。


人々は息を詰め、次の言葉を待つ。


「邪馬壹国の次代の王は、先代の長子・都萬彦が務めよ。それが、神のご意向だ」


一瞬の静寂。

それはすぐ、ざわめきへと変わった。


だが御子の声が、その喧騒を一瞬で鎮める。


「口を閉じよ。神の御前だ」


その声音は静かで、優しげだ。

なのに、有無を言わさぬ威を持っていた。


「邪馬壹国において、神の意思は絶対。その意は既に示された。余人はただ従え。王でさえもな」


御子の視線が、布越しに都萬彦を射抜く。

「新王は、前へ」

「――はい」


都萬彦は胸を張り、堂々と進み出た。

その姿には、既に“王”の風格が宿っている。


神殿前の段を登り、祭壇に頭を垂れ、再び振り返る。


都萬彦が初めから冷静だった理由。

それは自分が神に、いや、御子に選ばれると知っていたからだ。


当初、王の選定を神に委ねると聞いたとき、都萬彦は激怒した。

兵を起こし、力ずくでも即位しかねない勢いだった。


そのとき、俺は彼に告げた。

御子の真意を。


「御子は日御子のために、神の意志を曲げるつもりだ。“必ず、俺たちが望む神託を告げる”と、そう言っていた」


――つまり、出来レースだ。

神降ろしの儀は、ただの建前。箔をつけるための演出にすぎない。


その話を聞いた瞬間、都萬彦はその顔に、薄ら寒い笑みを浮かべていた。


いま目の前に立つ都萬彦は、一分の隙もない神妙な面持ちになっている。

だが、俺には分かる。

こいつは内心、笑いを噛み殺している。


やがて、都萬彦の宣誓が始まった。



「神の御意により、先王の長子であるこの都萬彦が、新たな王と定められた。

先王は、その仁徳によって筑紫島北方の諸国を一つにまとめあげた。

その偉業を、はたして我が受け継げるのか。

疑念を抱く者、不満を抱く者もいよう。


だが、神が我を選ばれた以上、この身はその意を遂げねばならぬ。

民よ。

諸国の王たちよ。

神が望まれるのだ。

我が王として、邪馬壹国を導くことを。


我は、神の御心のままに、この国を、より大いなる栄えへと導く。


新王都萬彦。

ここに、神の御前にてこれを誓う。」


いけしゃあしゃあと、良くも言う。


散々、神と政治を結びつけることを否定してきた男が、いざ自分が神に選ばれたとなれば、今度はその威光を全力で利用しはじめる。


都萬彦に王になってもらいたかった俺でさえ、その豹変ぶりには、胸の奥に冷たいざらつきを覚えた。

他の人間からすれば、その違和感はきっと俺以上のはずだ。


だが、御子の神託によって正式に選ばれた王。


この一点で、すべての異議は封じられる。

反論は許されない。

疑念も、反発も、すべて飲み込むしかない。


その重い沈黙の中で、都萬彦は宣誓を終え、

兵に囲まれながら、ゆったりと神域を後にした。


「新王誕生を祝う酒宴を開く」


そう告げられ、各国の人間も、邪馬壹国の民も、その言葉に従ってぞろぞろと丘を降りはじめた。



対して、御子たちは粛々と神殿の奥へと消えていく。

布で顔を隠した御子の足取りは、見たところしっかりしている。


——けど。


あれだけ負担の大きい神降ろしをした直後だ。

平気なはずがない。


俺は人の流れに逆らうように、

儀式を終えて退出していく群衆の中を押し分け、そのまま神殿へと駆け込んだ。


「持衰くん?」

「於登、御子様は」


中に飛び込んできた俺に、於登が気付いた。

表情は青ざめている。


「居室で休ませてる。けど……」

「1人か?」

「日御子様がついて下さってる。今、診て頂いてるけど、御子様の状態は分からない」


日御子がついているなら、もうこれ以上俺たちに出来ることはない。

離れた場所で控えているしかなかった。


やがて居室から、人が出てくる気配がした。

俺たちの方へと近づいてくる。

だが、その足音はは一つだ。


「日御子様……」


現れたのは、やはり日御子1人だった。

彼女の暗い表情からは、不吉な予感しか感じられなかった。


「御子様は……」

「いまは、落ち着いていらっしゃる」


その言葉に、全員が胸を撫で下ろした。

だが、日御子の表情は変わらない。


「サイ、一緒に来て……」

「俺が……?」

「御子様が、お呼びになっている」


日御子は踵を返し、先に進んでいく。

俺が於登の方に目を向けると、微かに彼女が頷いた。

その小さな頷きに背中を押されるように、俺は日御子の後を追って、静まり返った神殿の奥へと歩みを進めた。


御子は、薄暗い部屋の中央に敷かれたむしろの上に、静かに横たわっていた。

俺と日御子に気付くと、弱い光を宿した目をゆっくりと開き、ふっと微笑む。


「御子様……」


思わず駆け寄り、その顔を覗き込む。


「持衰殿、心配をおかけしましたね」

「御子様、なぜこんな無茶を」


俺の望む神託を告げるだけなら、わざわざ本当に神降ろしの儀を行う必要はない。

都萬彦を王にすると、神託を賜ったと伝えるだけで十分なのに。

だけど、日御子の前でそれを言うことは憚られた。


「持衰殿……あなたは勘違いをしている。私は決して、神の意を蔑ろにはしません……」

「でも、それじゃあ……」


御子は俺に確かに言った。“俺の望む神託を得てみせる”と。

本当に神降ろしの儀を行ったら、そんな保証はなくなってしまう。


俺の心を読んだかのように、御子が首を横に振る。


「持衰殿、日御子……。あなた達はこの国のために、民のために、懸命に働いてくれました。そんなあなた達のささやかな願いを、神が聞き届けてくれぬわけがありません」


御子の息が荒い。話すだけでも苦しそうだ。

それでも、彼女は言葉を続ける。


「持衰殿、悲しい顔をしないで下さい……。これは、私が望んで行ったことです。……日御子。残念ですが、この時代は、あなたを放っておいてはくれないでしょう。でも、持衰殿はあなたに時間を与えてくれた。その時を、大切にしなさい……」

「伯母上……」

「そうだ。持衰殿……」

「はい、御子様」

「薬、あれからちゃんと飲んでましたよ……。凄く苦かったけど」


苦しそうな顔のまま、それでも御子は笑顔を作った。

それが俺たちへの、この人からの思い遣りなんだ。


「偉いですよ。御子様……。でも、ちゃんと元気になるまで、ずっとずっと、飲んでもらいますからね」


俺も何とか笑い返す。

上手くできたかはわからない。


「持衰殿は、厳しいですね……」


もう一度、かすかな笑みを浮かべると、御子はゆっくりと目を閉じた。


「御子様」

「大丈夫、眠っただけ……」


よく見ると、確かに御子の胸は、ゆっくりと上下していた。


だけどその呼吸の一つごとに、御子の中で何かが、砂のようにこぼれ落ちていくような。そんな音に聞こえた。


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