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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章

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第七十五話 海原の癒し

外に出た俺たち3人は、海岸に留めていた構造船に乗り込んで沖合に出た。

小舟に乗りたいという、日御子たっての要望だった。


俺とタケルが左右で櫂を漕ぐ。


「大きな船は、海が遠いの。この舟は、近くで感じられる。海の声を……初めて聞いた」


日御子がそっと目を閉じる。

潮風が静かに日御子の髪を揺らしている。

共感覚を持つ彼女には、この波の音がどう聞こえているんだろう。


「タケル、久しぶりだね……。また会えて、嬉しい」

「ああ。俺も、凄く嬉しい……。でも、毎回そう言うんだな」


以前再会した時も、確かに日御子は同じ言葉を口にした気がする。


「いつも、会えたら嬉しいって、感じるから……」


首を傾げながら、日御子が微笑んだ。


暗くて表情ははっきりと分からないが、タケルの顔が赤くなっていることは、容易に想像がついた。


「皮袋、まだ持っててくれてるんだね……」


日御子がタケルの腰に目をやった。


「ああ。一生大切にするって言ったろ?」


櫂を漕ぎ続けながら、タケルが照れ臭そうに日御子に応えた。


「けどさ、タケル。大切にするって言うなら、戦場には着けて行かないほうが良いんじゃないか?」


俺が2人の会話に入る。

前回の南での戦いでも思っていたのだが、タケルは戦場においても、皮袋を腰に提げていた。


「返り血なんかで汚れちゃうだろ?」

「何言ってるんだ、持衰?皮袋に血がつかないように、敵を斬ればいいだけじゃないか」


お前が何を言ってるんだ?


こいつ、今までそんな事を気にしながら戦っていたのか。

しかも、当たり前のような顔をして言ってのける。

最近、こいつが敵じゃなくて本当に良かった。心底そう思う。


「というか、持衰。そんな物騒な話しを日御子の前でしないでくれ」


タケルが少し眉をひそめる。

うう、確かにそうだ。


「失言だった……。ごめん」


俺は日御子に向かって頭を下げた。


「大丈夫……。戦っている人がいるから、国は守られる。私は、目を背けない」


日御子の目は静かだが、その奥に揺るぎない意志を感じた。


「けど、血を流さずに済むなら、そうしたい。そのために、父上とわたしは、ここへ来た……」

「それって、まさか」


俺の呟きに対して、日御子が頷き返した。


「父上と、奴国王に会って、お願いする。争いを止めてほしいって。不弥国の独立も、認めてもらう……」

「ここまで戦が表面化したこの段階でか?いくら日御子とあの王様でも、それは難しいんじゃ……」

「済まない、俺がやり過ぎたせいで」


タケルが悲痛な面持ちで唇を噛む。

月明かりに照らされ、夜でもその表情が見て取れる。

しまった。タケルの気持を考え切れていなかった……。


「いや、タケルは都萬彦の命令に従っただけだ。お前が責任を感じることではないって」


俺は慌ててフォローを入れる。

だが、タケルは俺の言葉を否定するように、首を横に振る。


「あの時の俺は、また自分を見失っていた。いや、わざと忘れるために、戦の中に心を沈めたんだ。だから、俺にも責がある」

「また、例の日御子ロス……」


俺が言い切る前にタケルに口を塞がれた。

舟が大きく揺れる。


「おいこら、危ない」

「お前が余計なことを言おうとするからだろ」


タケルが尚も声を荒げる。

無理矢理に元気を出させた。俺にはこんなやり方しか出来ない。


「タケル、手を出して」


突然、日御子がタケルに声をかけた。

俺とタケルは言い合いをやめ、日御子の方に目を向けた。


「日御子、何を……」

「いいから、タケル。手を出して……」


言われるがまま、タケルが日御子に手を差し出す。

その手を、日御子が両手で覆った。


「え、え、え?な、なななな、何を?日御子?」


突然の日御子の行為にタケルが慌てふためく。

ただ、それに驚いたのは俺も同じだった。


「日御子ちゃんと握手してる。羨ましいな〜、タケル」


ナビ、お前もいたのか。


「タケル、落ち着いて……。目を瞑って」

「えっ、あ、ああ……」


言われた通り、タケルはゆっくりと目を閉じた。

日御子の声が静かに夜風に溶けていく。


「大きく息を吸って……ゆっくり、吐いて……」


タケルの肩が上下する。

荒かった呼吸が、少しずつ穏やかになっていく。


「上手だよ。呼吸と、手の温もりだけに、集中して……」


于吉の太平清領書に、似た記述があったのを思い出す。

おそらく、宮崇に学んだ癒やしの技だろう。

タケルの顔から、少しずつ緊張が抜けていく。


「タケルの中に、黒い色が、深く沈み込んでいる……。それは、タケルにまた会えた時から気づいてた……」


タケルの肩がわずかに震えた。

図星を突かれた、そんな反応だった。


「大丈夫。静かに聞いて……」


日御子の声は、凪いだこの海のように静かで優しい。

聴く者の心を包み、ほどいていく。

タケルだけでなく、俺もナビも、その声に吸い込まれていった。


「タケル、あなたの黒い色は、誰の中にもあるの。でも、あなたの色は、誰よりも透き通っていてる……。だからこそ、あなた自身が、それを強く感じすぎてしまう。と、思う……」


彼女は瞼を閉じたままのタケルを、まっすぐに見つめた。


「あなたが苦しんでる理由は、分からない。わたしに知られたくもないんだよね?だから、これだけ伝える……」


日御子の指が、タケルの手をほんの少しだけ強く握る。


「タケルの色は、初めて会った時のまま。綺麗で、まっすぐで、何も変わってない。汚れてなんかいない。だから、大丈夫。わたし達は、ずっと、このままでいられる。タケルと、わたし、そしてサイも。ずっと……ともだち」


タケルが目を開く。

その瞳は滲んでいる。歪んで、切ない。救ってほしいと、日御子の姿を求めている。


「日御子、ごめん……。俺は、キミを。キミのことを……」


日御子がゆっくり首を振る。


「何も、言わなくていい……。あなたは、わたしを思ってくれている。でも、それと同じくらい、わたしも、あなたを思ってる……」

「日御子が、俺を……」


今度は……頷いた。


「タケル。もう、一人にさせない。兄上の下にも、行かせない。あなたは、あの人と一緒に、居てはいけない……。わたしの側にいて……」


タケルの横顔を見ると、その瞳から、大粒の涙が、次から次へと零れ落ちていた。

日御子のような共感覚がなくても分かる。

その涙と一緒に、タケルの中の黒い何かが、溶け出していくのが。


そして、俺は友として恥じた。

タケルの苦しみが、これほどまでだったと、気付いてやれなかったことに。


「わたしは、宮崇先生と約束した……。多くの人を助けるって。けど、タケルは、わたしを助けてほしい。わたしには、あなたが必要」

「俺が、必要……」

「うん」

「キミの側に、いていいのか」

「うん」


タケルは日御子の手を、もう片方の手も添えて握り返した。

その手に顔を埋めるようにして、子供のように泣きじゃくる。

肩を震わせ、いつまでも、いつまでも……。


日御子と俺は、そんなタケルを、静かに見守り続けた。

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