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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第ニ章

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第六十八話 西の動乱

伊比井の地は油津と比べて平地が少なかった。

その代わり、山を切り拓いて集落を作った。

高地に拠点を構えた方が防御力は高い。

油津より住み辛く、田畑も開墾し辛いが、国境防備に重きを置いた場合、悪い場所ではなかった。


前回の戦いで課題となった、都との連絡路も改善した。

距離が近づいた分、伊比井と都の道を繋げるのは、油津と比べれば多少楽だと思ったが、急峻な山道を拡幅していくのは、かなり骨が折れた。

海路も利用したかったため、狭い港湾を広げる工事も必要だった。

このような作業を進めていく内に、あっという間に一年以上が過ぎた。


月に一度は都に戻り、母さんや宮崇、そして密かに、御子とも私的に会っていたが、日御子と顔を合わす機会には恵まれなかった。

そもそも日御子が都に留まっていることが珍しいらしく、常に邪馬壹国内をお忍びで回っているようだった。

そこで日御子が何をしているのか。都萬彦によって距離を取らされている俺には、知る手立てがなかった。


伊比井の整備がようやく形になり始めた頃だった。

都からの急使が駆け込んできた。

都萬彦からの呼び出しで、至急都に向かうようにとのことだった。



港の作業などを部下に任せ、俺は構造船に乗り込んだ。

入り江を越え、半日ほどで邪馬壹国の都へ入った。


政庁に通されると、そこには都萬彦つまひこ、王、そして穂北彦ほきたひこが揃っていた。

空気が張り詰めている。

若い兵の訓練の声が外から微かに聞こえていたが、この部屋の中では一切の音が消えていた。


穂北彦、日御子の弟。

生意気な子供だった穂北彦も、今では18歳になっている。

穂北彦が北の警備軍の指揮官になってからだから、会うのは2年ぶりか。

北方は比較的落ち着いているから、激しい戦いは無かったそうだが、前線に身を置いた2年間の日々は、少年を大人にさせるのには十分だったのだろう。

日御子に似ている綺麗な顔立ちはそのままだが、武人が纏う精悍な気配を携えている。


「遅いぞ持衰。重役出勤とはいい度胸だな。姉上に会える時は呼んでもないのに飛んで来るクセに。このスケコマシが」


前言撤回。やっぱりただのクソガキだ。


「うるさい。南からいきなり呼びつけられたんだぞ。寧ろ速い方だ」


俺は穂北彦に言い返す。

タケルは現在穂北彦の指揮下に入っている。こんな口の悪い坊っちゃんとずっと一緒なんて、アイツの気苦労は絶えないだろう。


「すまんのう、持衰。穂北彦はシスコンでな。日御子ちゃんに目をかけられているお前に、妬いておるのだ」

「父上、私は何も」

「いいから、いいから。穂北彦。分かっておる。持衰も座ってくれ」


王に促され、穂北彦と睨み合いながら下座に腰を降ろす。



「久しいな、持衰」


次に声をかけてきたのは都萬彦だった。


「伊比井の整備、聞き及んでいる。手際が良いと評判だ」


都萬彦の言葉は一見穏やかだが、目は笑っていない。


「ありがとう……ございます」


心から褒められた気はしないが、取り敢えずお礼は言っておいた。

俺はひょこっと首を下げる。


「さて、挨拶はこれくらいで良いだろう」


頃合いを見て、王が話る。


「実はな、西が騒がしいのだ」

「西、ですか?」


穂北彦が声を出す。コイツも何も知らされていないようだ。

偉そうにしていた割には俺と一緒か。

俺は軽く鼻で笑った。

無論わざとだ。穂北彦の苦々しげな視線が飛んでくる。


筑紫島つくしのしまの中部は長年、中立国が散立しておった。周辺四国の顔色を窺いながらな。四国の方も強引に併呑しようとすれば、他国の不興を買う。水面下では睨み合いが続いておったが、表面上は安定しておった」


その辺りの事情は漢にいた時から、時折やってくる倭の交易人や使者から聞いていた。

だが、と言って都萬彦が王の言葉を引き継ぐ。


「周辺の四国も、そうそう静観しているわけにもいかなくなったらしい。筑紫島の中部西側諸国の取り合いが激化しつつある。我々に先を越される前に、自分達の物にしよういう魂胆だろう」


そこで言葉を切って、俺の方に一瞥くれる。

俺はいたたまれなくなり、肩をすぼめる。


「日御子は調子に乗りすぎたな。神の御使いだ何だと持ち上げられ、後先考えずに他国を受け入れすぎた。結果、邪馬壹国は未だ纏まりを欠き、伸びた国境線の防備のために、無駄に人員を割かねばならなくなった。終いには他国の警戒心を煽ってこのざまだ」


都萬彦は淡々と、だが冷たく言い放つ。

俺だけでなく、日御子に対しても非難を向けた。

あいつは心の底から民の平穏を思って行動したんだ。

その思いやりを否定するのは、いくら兄とは許せない。

俺は抗議の声を上げようとした。

だが、先に口を出したのは穂北彦の方だった。


「兄上。いくら兄上と言えども聞き捨てなりません。姉上の行いは、全て民を思ってこそのものです。利権と保身のみに重きを置く国々とは違う。だからこそ、多くの支持を得て、血を流さずにここまでの連合国を築き上げることが出来たのです。そもそも、姉上に他国の受け入れの判断を任せろとは、正式な神託によって下されたものです。姉上を否定するということは、神さえも否定することになる。それは例えこの国の王であっても許されないことのはずです」


凄いぞ、穂北彦。よく言った。

神権政治には密かに反対の立場だが、日御子の件に関しては全く同意見だった。


「二年の間に弁は立つようになったようだな。戦の腕も同じくらい上がっていればいいのだが」


都萬彦は薄く笑った。挑発とも、余裕とも取れる笑みだ。

弟に対してはそれなりに余裕があるようだ。


「やめんか、お前たち」


王の声が政庁に響いた。

その声は穏やかでありながら、年輪を重ねた重みを帯びている。

「喧嘩ばかりしてどうする。穂北彦、兄上に対してちと言葉が過ぎるぞ」


「……申し訳ありません」


穂北彦が頭を下げる。

まだ肩で息をしていたが、王の言葉には逆らえない。


「都萬彦もだ」


王の視線が長子へと向けられる。


「お主も弟を責めすぎるな。日御子ちゃんに関しては儂も認めたことだ。それに関しては穂北彦の言う通りだぞ」


「……御意」


都萬彦も一歩引くように頭を下げた。


喧嘩両成敗。

流石は王の威厳と言った所か。2人がすっかり大人しくなった。


「見苦しい所を見せたな持衰。そういうわけで、筑紫島内勢力の統一をはかる動きが活発になっておる。きっかけは確かに邪馬壹国だろうが、いずれこうなることは必然だった。我々も小国のままであったなら、同様にこの奔流に巻き込まれ、どこぞの属国になっていただろう。だからな、日御子ちゃんの行いと、それを手助けしたお主たちの行いは、間違っておらぬと思うぞ」


優しい眼差しで、俺に目を向ける。

俺は王の思いやりに感謝をし、静かに頭を下げた。


「では父上。西側が他の国に奪われる前に、彼の地の小国に救いの手を差し伸べましょう。そうすれば、また姉上の威光のもとに、西側の多くの国が、我々につくでしょう」

「バカなことを言うな、穂北彦。いたずらな領土拡大が愚策だと伝えたばかりだろう。それに、我々まで陣取り合戦に参加すれば、こちらも無傷ではすまん。わざわざ火中の栗を拾うバカがどこにいる」

「兄上……今二回バカって言いましたね……」


穂北彦が青筋を立てる。


「都萬彦〜。だからそういう言い方がダメなんだと言っておるのだ。わざわざ相手の気を逆撫でするような物言いをするでない」

「失礼しました」


微かに笑いながら詫びを入れる。

悪いと思ってないのが良くわかる。


「持衰の考えも聞かせてくれるか?」


今度は俺に意見を求めてきた。


「穂北彦の言っていることは正しいし、気持も分かる。けど、都萬彦……様の言うことも尤もだ。現状、邪馬壹国にこれ以上の国を抱える余裕はない。それに、頼まれてもいないのにこちらも乗り出せば、邪馬壹国も結局野心の国だと思われてしまう」


俺の言葉に王が頷く。


「俺も、無理矢理に強国に帰順を強いられる小国の気持は良くわかる。自分たちがそうだったからな。何とかしてあげたい。それは穂北彦と同じ思いだ。けど、出過ぎた真似をすれば、日御子が築き上げた邪馬壹国の信頼を壊しかねない。だから穂北彦、わかってくれ」


俺の言葉に、穂北彦が渋々頷く。

日御子の名前を出したことで、納得してくれたようだ。


「つまりだ。西側の混乱に介入するよりも、この状況を活用したほうがいい。それが、俺と父上の意見だ」

「どういうこと?」


都萬彦の言葉の真意がわからず、素直に疑問を口にする。


「実はの、持衰。北の小国の一つ、不弥ふみ国から密使がやってきたのだ。内容は、我らに国からの独立を手助けしてほしい。そういったものだった」

「不弥国?」


確か、大分市辺りの海沿いの国だ。

現在、俺の時代でいう大分県は、大部分が奴国の支配下に置かれている。

不弥国もその国の一つだ。


「不弥国は奴国の支配を拒み、独立を保っておった。だが、西側の争乱の前に、奴国はまず自国近辺の統一を無理矢理進めた。無論、反発も大きかったが、奴国はそれを無理矢理、力でねじ伏せた。不弥国もその中の一つだ」


その辺りの事情は把握していた。

南からのプレッシャーに比べ、北側が落ち着いていたのはこういった事情からだ。

奴国は邪馬壹国を攻める前に、九州北東の統一を優先していたのだ。

だが、それもほぼ終焉した。


「領土固めを終えれば、いよいよ奴国は我々に攻勢を仕掛けてくるはずだった。しかし、」

「なるほど、今回の西の争乱か」

「そういうことだ。奴国は儂らの方から攻めて来ぬと高を括っておる。多少の警戒はあるが、まずは他国に奪われそうな地を優先しておる」


邪馬壹国は日御子による慈愛の国だ。

要するに侵略戦争は絶対に行わない。

それが強みに繋がっている以上、自分達からそのブランドイメージを崩すような真似はしない。

奴国はそう判断したのだろうし、実際それは正解だ。


「だが、その騒乱も収束すれば、より領土を拡大した奴国が攻め寄せてくると言うわけですか」


穂北彦にも話しが掴めてきたようだ。

都萬彦が軽く頷く。


「そういうわけだ。ならば、奴国や、他国の目が西に向いている間に、不弥国を独立させ、あちらの力を削いだ方がいい」

「しかし兄上、それでは騙し討ちになってしまいませんか……」

「我らは請われて戦いに赴くのだ。大義名分は立つ」


かなりこじつけがましいけどな。

けど、乱世の大義名分なんてそんなものだ。

綺麗事だけでは民を、国を守れない。

それを俺は孫堅の元で学んだ。


孫堅。これはお前と約束した、“守るための戦い”になるのだろうか……。


「王と都萬彦様の話しはわかった。そして、俺がその話し合いの場に呼ばれたってことは……」

「ああ、お前には不弥国へ赴いてもらう。そこで策を練り、不弥国と共に奴国に当たれ。必要な兵数はお前から改めて報せろ。但し、各国が西に躍起になっているとはいえ、防備を手薄にできん。動員数に限りがあることは肝に銘じておけ」

「承知した」


俺は都萬彦に応える。


「それとな、持衰」


今度は王が口を開いた。


「穂北彦も同行させる」


「はあ?」「父上、何でコイツと」


俺と穂北彦のリアクションが同時だった。


「穂北彦、お主、北の防備ではあまり戦の経験を積めんかっただろう。これはまたとない機会だ。持衰のもとで学んでこい」

「……御意」


王からの命とあっては逆らえない。

穂北彦が嫌々と言った様子で同意する。


「持衰、厄介をかけるが頼んだぞ」

「……わかりました」

「最悪だ……」


穂北彦がぼそりと呟いたが、はっきりと俺の耳には届いた。

それはこっちのセリフなんだよ。穂北彦。


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