第五十七話 鉄の息吹
遂に俺たちの仲間、船の民が邪馬壹国にやってきた。1隻の大型船と2隻の中型船。
たなびく帆と、その規格外のサイズに対して、民だけでなく、王や都萬彦達も度肝を抜かしていた。
予定通り、決めていた村々に船の民を振り分けた。それぞれの村で専門的に技術継承を行い、船の民と邪馬壹国民が一丸となって、邪馬壹国の発展に尽力した。
宮崇は入江北側の中央の村で、薬草の種類と栽培方法を伝え、タケルはその膂力を活かして材木場で働いていた。
俺はというと、船の民の統括という立場で、丘の上の村に拠点を置いて、全体の進捗状況の把握、人の入れ替え、作業の指示を行うことになった。
下手に目立ち過ぎるのは良くないと思い、俺も人々に紛れて汗を流すつもりだったが、都萬彦の方からそういった役割を与えられた。
「人を振り分けただけで終わりではあるまい。各人の能力を知るお前が、そのまま指揮を執ったほうが効率がいい」との都萬彦の言だった。
都萬彦が俺を信頼し始めた。
わけではない。
使えるものは使うという、合理的な判断によるものだ。当然、逐一都萬彦には報告を上げているし、場合によっては都萬彦の方から、優先作業を指示されることもある。
会社で言えば、都萬彦が現場にバリバリ口出しする敏腕副社長。俺はその下で働く中間管理職といった所か。
都萬彦は俺が実権を握らないように最大限の注意を払っている。漢の混乱を散々見てきた俺からすれば、都萬彦のやり方は正しい。
口うるさくて煩わしいとは思うが、不満はなかった。
港湾整備、造船、交通整備に建築。養蚕、薬草栽培。同時進行で様々な仕事を続けていったが、全てに関係し、最も全体に影響を与えるものがある。
――それは“鉄”だった。
港を築き、船を造る。木を伐ったり、建物を建てるにも、全てに道具がいる。
それらの多くは鉄に繋がる。
石や木製品でもやれぬことはないが、鉄があるかないかで、生産と技術の発展速度は大きく変わる。
だから俺は、まず何よりも製鉄所の完成を第一とした。
場所は入り江の南西。川が緩やかに曲がる浅瀬があり、周囲は広葉樹の森で、炭焼きに適した木々がいくらでも手に入る。
村人たちは鍬で土を掘り、足で踏み固め、平らな作業台を整えていく。
炉の基礎となる地面は、何度も水を撒いて突き固めた。
熱に耐える地盤を作るためだ。
そして、炉を造る。
骨格は粘土で作られる。
地元の土に稲藁を刻んで混ぜ、何度も練り直す。
熱を逃がさず、ひび割れない強い壁を作るためだ。
船の民が中心となり、粘土を積み上げ、円筒状の炉を成形していく。
炉の骨格が出来上がれば、次は呼吸を与える作業に入る。
左右には、竹の骨格に獣皮を張り合わせた大きな袋――鞴を据える。
送風の管には、銅の筒を細く伸ばしたものを使った。もともとは船の舵金具として使っていた金属だ。
その先端を炉の下部に穿った穴へと差し込み、粘土で隙間を埋める。
「風を送る道を塞ぐな。ここの締めが甘いと、炉が死ぬぞ」
船大工の経験を持つ男たちが、器用に粘土を指で押し込み、管の角度を調整する。
角度は地面に対してわずかに下向き。熱を逃さず、炎を炉心に集めるためだ。
そして、炉の乾燥焼きを行う。
小枝と藁を詰め込み、火をつける。
ぱちぱちと火が走り、煙が粘土の隙間から漏れ出る。
まだ湿り気が多く、炉の壁が蒸気を吐くように湯気を上げている。
「焦るな。炉が割れたら最初からやり直しだ」
一日かけて、じっくりと熱を通した。
夕方になる頃には粘土の壁がすっかり乾き、淡い灰褐色から赤銅色へと変わっていた。
炉はもう、生き物のように息づいている。
その頃には、風を送る鞴の位置も微調整され、炉の口には木炭が敷かれた。
試しに軽く風を送ると、煙突から細い煙が立ちのぼる。
炉が、呼吸を始めたのだ。
そして、翌朝――。
号令とともに、両脇に据えられた鞴が動き出す。
獣皮と竹で作った送風袋が、まるで生き物のように膨らんでは萎み、
銅管を通して風が炉に送り込まれる。
火は唸りを上げ、橙から白へと変わっていった。
号令とともに、両脇に据えられた鞴が動き出す。
獣皮と竹で作った送風袋が、まるで生き物のように膨らんでは萎み、銅管を通して風が炉に送り込まれる。
火は唸りを上げ、橙から白へと変わっていった。
「完成した……」
俺は整然と並ぶ炉を眺めながら溜息をつく。
これでようやく製鉄作業に入れる。
とはいえ、まだ問題がある。そもそもの材料をどう用意するかだ。
この地では鉄の“石”が採れない。だから、船の民が漢から持ってきた武具や農具の一部を溶かし、再利用するしかない。
更に、数を用意するためにもう一工夫が必要だ。
そこで、木と鉄を組み合わせた道具を作ることにした。
刃の部分だけを鉄にして、柄や芯を木で補う。
鉄の節約にもなるし、何より修理が容易い。
こうして、邪馬壹国には“鉄の文明”が根付いていった。
そして、1年をかけ、邪馬壹国は急速に発展していった。
西暦は、193年となっている。
この1年の間に、俺たち船の民は邪馬壹国にすっかり溶け込んでいた。
俺を含め、本来の言葉である倭国語をほぼ完全に取り戻し、円滑にコミュニケーションを取れるようになった。
何より、ともに邪馬壹国を作り変えていく過程の中で、船の民と邪馬壹国民の間で、確かな絆が芽生えていた。
俺自身も邪馬壹国の人々からも“海神の使い、持衰”として、すっかり周知されていた。
船の民というワードと、海の神が結びついたようだ。
神様嫌いの都萬彦は、勿論気に入らないだろう。俺を重用しつつも、警戒を込めた視線はこの1年の間に変わることはなかった。
そして、うまくいっていないのはもう一人……。
俺は各村の巡回を終え、丘の上の村に戻ってきた。
高台から村々を眺め、今後の計画を頭に描く。
俺の臀部に衝撃。前のめりにたたらを踏み、危うく丘から転げ落ちそうになる。
「何しやがるんだ」
俺は大声を上げる。
振り返らなくてもわかる。こんなことをするのは1人だけだ。
「穂北彦、死んだらどうする」
俺の後ろには、ヒミコの同母弟、穂北彦が立っていた。
「うるさいな。挨拶だよ、挨拶」
「こんな挨拶があるか、このクソガキ」
「クソガキだと?王族に向かって無礼だぞ」
「関係あるか、クソガキ。王族なら王族らしく、気品を持てクソガキ」
このクソガキ、穂北彦は現在14歳。俺は18歳。目上の者に対する敬意ってのは教えてやらないとな。
ちなみに姉のヒミコは16歳だ。
「またクソガキって言ったなクソ野郎……。父上に言いつけて、処断してやる」
「やれるもんならやってみろ。けど、どうだろうな?俺はお前なんかより何百倍もこの国の役に立ってるんだ。お前の一言なんかで、王が俺を処断するとは思えないな」
穂北彦が涙ぐむ。ちょっと言い過ぎたか?ヒミコに似た顔でそんな表情をされると、とんでもなく悪いことをしてしまったような気になる。
「とにかく、俺は忙しいんだから、早く家に帰れ」
喧嘩する気も失せ、俺はしっしっと手を振る。
「偉そうにするな。持衰だなんだって持て囃されて調子に乗りやがって。姉上の家にこっそり転がり込むスケベ野郎のクセに」
「お、おお、お前、何でそれを」
聞くまでもない。御子候補の誰かが告げ口したのだろう。しかも、かなり悪い方向に脚色して。
「お前に虐められたって姉上にも言いつけてやるからな」
捨て台詞を吐いて、穂北彦は駆け去っていく。
「あのクソガキャア……」
穂北彦の背を見ながら、俺は大きく溜息をつく。
この1年で分かったのだが、穂北彦は極度のシスコンだ。
俺にヒミコを取られるんじゃないかと敵視している。
それがああいった態度を取らせるのだ。
ムカつくことこの上ないが、完全には憎みきれない。
それには理由がある。
ヒミコと穂北彦の母は、穂北彦を産んだ直後に亡くなったそうだ。
産後の肥立ちが悪かったのだろう。この時代ではこういったことが多い。
母の愛情を知らぬ穂北彦は、その分ヒミコに母性を見ているのだろう。
穂北彦にとって、ヒミコは姉であり母なのだ。
それに、腹違いの兄には疎まれている。
アイツの境遇を思うと、どうも怒りが萎えてしまうのだ。
ヒミコ……。
今頃どうしているんだろう?
俺はふと、高台にある神殿の方を眺める。
この1年、殆どヒミコを見かけていない。
そもそも、ヒミコは修行の身であり高貴な身分だ。
おいそれと自由に出歩けないのだ。
初めて会ったのは、ヒミコがこっそり抜け出して、狩りに出た時のことだし、あとの2回も王と都萬彦が必要に迫られて引き合わせただけに過ぎない。
そもそもの話し、会えないのが普通なのだ。
タケルも口には出さないが、かなり気になっているのがわかる。
けど、それでいいんだ。
彼女は将来女王となり、より手の届かない存在となる。
情は移さない方が良い。それがお互いのためだ。
神殿へ向けていた視線を戻した。
最近忙しくて、まともに家に帰っていなかった。今日はようやくその日だ。
母さんにも顔を見せないとな。俺は足速に、家路へとついた。




