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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第ニ章

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第五十五話 都萬彦

王たちとの話し合いが終わった後、客人用の広めの建物をあてがわれた。 かなり大きな竪穴の小屋で、3人で入っても十分なスペースがあった。 村民が食事を運んで来てくれた。 俺たちは礼を伝えて、夕餉を囲んだ。


「宮崇とタケルは夜が明けたら、予定通り細島に戻ってくれ。俺は明日から都萬彦つまひこと話しを詰める。取り急ぎ、仲間たちをどの村に配置するかを決めないとな」


タケルは「わかった」と頷き、宮崇は黙々と用意された内の、貝の煮物を口に運びながら、僅かに首を縦に振る。


「けど、宮崇様。いつの間にあれほどの倭国語を習得したんですか?漢人のかたが倭人の俺たちより倭国語が上手いなんて、驚きましたよ」


タケルが口に物を入れたまま、宮崇に話しを振る。


「持衰の御母堂に教わった。于吉先生に言われてな」

「そう言えば、于吉様と宮崇様は倭人村にご滞在の間は、持衰の家で寝泊まりされていたそうですね。そうか、その時に。流石は于吉様だ。こうなることも予見されていたのか」


感心したようにタケルが呟くが、お前はそのことに対して何ら疑問を持たんのか。女一人の家に、男がずっと転がり込んでいたんだぞ。


「……けど、倭国語もそうだけど、宮崇があんなに長く喋れるなんてな。それにも驚いたよ」


気を取り直して、俺も先程のやり取りを振り返る。


「性に合わんのは確かだがな」

「俺たちのために頑張ってくれたってことか。ありがとう」

「いや、私達は既に神意を得ていた。私が何も言わんでも、この国で暮らせることには変わらなかっただろう」

「え、じゃあ何で?」


思えば、邪馬壹国に返答を伝えに行くときも、宮崇自ら同行を勝って出てきてくれた。 自発的に何かをするってことがあまりない宮崇にしては、確かに珍しいとは思った。


「于吉先生との約束を果たすためだ」

「于吉との約束?」


宮崇は于吉との約束を守るために、俺たちについてきた。

“異国の地にて、于吉の教えを継承し、人々を救う人物を探す”

つまりは後継者探しだ。その約束と今回のことが関係あるってことは……、


「それって、もしかして」

「お前達の話していた、ヒミコという少女に興味がある」

「ヒミコ殿?」


タケルがその名に反応する。


「そうか。ヒミコ殿は何か不思議な力を持っている。于吉様の教えを継ぐ者として、これ以上の人物はいないもんな」


タケルが興奮気味に声を出す。 何でお前が嬉しそうなんだ。


「この目で見ないことには、結論は出せぬがな」


そういや、結局今日はヒミコに会えなかったな。 残念な気持ちと同時に、少し安心もした。


「そのヒミコとかいう少女に接触するためには、ある程度この国で裁量を得る必要があると思った」


なるほど、そのために宮崇は宮崇で、自身を“売り込んだ”ってことか。


「けど、宮崇様。持衰も于吉様の弟子でしょ?こいつには何もやらせなくて良いんですか?」


その設定まだ生きてたのか……。 確かに、今の俺は“先代持衰の再来”と呼ばれている。だが元を正せば、そうなるきっかけは于吉の元に身を寄せるようになったからだった。


「こんな薬草の区別もつかぬ男に、于吉先生の教えを継げるわけがない」


一蹴。まあ、そうなんだけどね。


食事が終わる頃には、すっかり夜になっていた。 適当に話しを切り上げて、俺たちは床についた。


翌朝。タケルと宮崇は中型船で細島へと戻っていった。

ここら先は俺1人だ。

小屋に迎えがやってきて、昨日の政庁まで連れて行ってくれた。

中に入ると都萬彦つまひこが1人佇んでいた。


「あれ、都萬彦様1人か?」


昨日のように王や弟の穂北彦ほきたひこの姿が見えない。


「そちらもな」

「後は、仲間たちの受け入れ先を、決めるだけ。水夫かこ達も待たせたままだった」


タケルと宮崇をいつまでも残しておく理由は無かった。細島のみんなに情報も共有したいしな。


「なるほど。だが、残ったのが宮崇道士ではなく、お前の方だとはな。本当に船の民の長のようだ」

「船の民?」

「巨大な船でやってきただろう。丘の上からでも見えていた。お前たちの総称があったほうが呼びやすいからな。取り敢えずそう呼ぶことになった」


これから邪馬壹国の一員になるのに。余所者扱いされているようで、少し気分が悪い。

けど、思えば孫堅の所でも“倭人”“倭人”と呼ばれていた。しばらくは仕方がないのかもしれない。


「わかった。俺たち、船の民の受け入れ先だけど、先に、邪馬壹国の支配下の村の数、規模を知りたい」


俺は情報提供を求めた。

すると、都萬彦は軽く溜息を漏らした。


「ど、どうした」

「その無礼な物言いは何とかならんのか」


あれ?無礼だったかな?一応“様”はつけてたんだけど。


「倭国語に不慣れということで、見逃してやるが、そんな拙い言葉ではまともに話しもできんぞ」


確かに、まだスラスラとは言葉が出てこないけど、倭国に戻ってからもう6日目。なるべく現地の言葉を使っていたから、大分思い出してきたとは思うんだけどな……。


「先ほど一人かと聞いたな?こうなると思って、もう一人呼んでおいた。入れ」


都萬彦が奥の物陰に向かって声をかける。

白布の影がゆらりと揺れた。

そこから姿を現したのは――


「ヒミコ……?」


思わず声が漏れた。

まさかここで会えるとは思っていなかった。


昨日の狩りの時とは違い、今日は薄い白衣を重ね、その上に淡い赤の帯を締めている。

灰褐色の長髪は後ろに流れ、額の前髪が風に揺れた。

目元は相変わらず無表情に近いが、どこか柔らかさがある。


「サイ、また会えて……嬉しい」


ヒミコが俺に声をかける。

澄んだ、綺麗な響き。耳にするだけで心地良い。


「ヒミコ、余計なことは口にしなくて良い。お前は通訳のために呼んだのだ」

「通訳?」

「お前は漢語の方が話しやすいだろう。ヒミコに通訳させれば、無駄な時間がかからん」


なるほど、確かに初めて王と話した時も、ヒミコがいてくれて助かったしな。


「わかった」


俺は都萬彦に頷く。


『よろしくなヒミコ。俺も会えて嬉しいよ』


俺は漢語でヒミコに挨拶を交わす。


『うん……』

「ふん、神に怪しい祈りを捧げ、人々を誑かすよりも、こちらの方がよっぽど役に立つ」


ヒミコのことを言っているのか?


『おい、ヒミコ。随分な言われようじゃないか。兄貴だからって、ちょっと酷いんじゃないか』


何も言わないヒミコに代わって、俺はいきり立つ。

都萬彦を軽く睨みつける。


『兄上は、人が……神の意志に支配されるのを、嫌っている……』


確かに、そんな素振りは昨日からあったな……。


『けど、だからってお前にまで辛く当たることないだろ』

『わたしが……、神の意志を利用して、人々を惑わすと……兄上は考えている』


その言葉を聞いてどきりとした。

それは、俺がヒミコに対して抱いていた危惧と同じようなものだった。

そして、持衰という身でありながら、俺は神の名を利用こそすれ、自分の意志を神に委ねたりはしない。俺は寧ろ、都萬彦寄りの考え方をしていることにならないか。


『けど、だからってあんな言い方……』

『わたしは、平気……』


言葉通り、ヒミコの表情はいつも通りの無表情だけど……。


「黙れヒミコ。余計なことを口にするなと言ったはずだ」


俺とヒミコのやり取りを都萬彦が両断した。


「貴様もだ。持衰。若い女にうつつを抜かしに来たわけではあるまい」


都萬彦の言葉が、あながち間違いとも言い切れなくて、俺は顔を赤くする。


「昔から、妙な言動の多い子供ではあった。それを周りが勝手に曲解して、神聖視し始めたに過ぎん。愚かなことだ。まさか倭国よりも進んだ国からやってきたお前たちまでもが、そんなまやかしを真に受けるとは」


ヒミコと、彼女を慕う者たちへの嫌悪感を隠そうともしない。

いくら現実主義者だからと言って、ちょっと行き過ぎてないか。

何か他に理由があるのだろうか。


ヒミコは俯いたまま、ただ静かに都萬彦の言葉を受け止めている。

反論する気配も、悲しみを見せる素振りもない。

けれど、その沈黙が、どこか痛々しく感じられた。


「……まあ、いい。始めよう」


彼は話を切り替えるように姿勢を正し、炉の向こうの卓上に手を伸ばす。

そこには、粘土板に刻まれた邪馬壹国の地形図が置かれていた。

山、川、入り江、そしていくつもの集落を示す印。


正直、こんな物を見せられても、もう前向きに都萬彦と話し合いをしたいという気持ちは萎えてしまっている。


だけど仕方がない。仲間たちに住む場所を提供するためには、やらなければいけないことなのだから。


重たい気持ちを押しのけるように、何とか地図に集中する。


今いるこの村落が、俺の時代でいう西都原さいとばる古墳群の丘陵地帯にあたる。

周囲を見渡すと、少し高台になっているのがわかる。北も南も緩やかに傾斜しており、まるで台地がそのまま村を抱きかかえているようだ。


「その東、西都さいと市の妻町つまちょうあたりを中心とした村が一つ。さらに新富町の南側と、佐土原の北側の平野の半分くらいを浸食している古日向湾に沿って、南北に3つずつ。計8つの村々からなるのが、今の邪馬壹国みたいだね。

他の四強国――末盧まつろ国、伊都いと国、国、投馬つま国、――に比べれば小さいけど、中部九州の小国の中では、中々広い地域を治めていると言えるね」


ナビが空中に光の線を描き、古代と現代の地図を重ねて見せてくれる。

丘の線が浮かび上がり、そこに古日向湾の水域が青く広がった。


なるほど、こうして見ると一目瞭然だ。

現在の西都盆地一帯は、当時まだ海に沈んでいた。

この時代の「湾」は、ただの海辺ではなく、内陸に深く食い込む巨大な入江。

それが今の平野地帯の多くを飲み込んでいる。


この8つの村に俺たち、都萬彦が言うところの船の民達を割り振るわけだが……


『都萬彦様、ただ闇雲に分けるのも芸がない。土地の特色に合わせて、配置する海の民を選定したい。各村々を、一つのジャンルに特化させ、一つの村で一つのことを集中して学ばせた方が効率がいいと思わないか』


俺の言葉を、ヒミコが瞬時に倭国語に直してくれる。

その言葉はとても機械的で、兄の言いつけどおり、通訳だけに徹するつもりのようだ。


「ああ、俺も同じことを頼むつもりだった」

『それで、具体的にどの村を、何に特化させるかだけど……』


俺は地図の上に指を滑らせる。


『まず、南北の東端の村、ここは水運と造船に適している。

海に近く、材木も川から流せる。ここでは船を作り、修理する技術を集中させたい。

港湾も整える。

俺たちの持つ3隻の船を無理なく停泊させたいからな』

「お前たちが乗ってきた大型船、あれと同じような船がまだあるのか?」

『いや、あれは中型船だよ。中型船2隻と、2回りは大きい、大型船が1隻だ』


都萬彦が唸る。


「あれが旗船だと思っていたが……、流石は船の民だな」


都萬彦が腕を組み、頷く。


『続いて、北側だけど、中央と西側は森林地帯だ。材木や薬草が多く採れそうだし、川沿いで土壌も豊かだら栽培にも運搬にも適してる。真ん中を薬草採取と栽培に特化させて、西側は材木所にしたい。南側の中央は養蚕を担わせる。養蚕は、絹を得るだけでなく、医療や交易にも使える。

俺たちの持つ“織り”と“染め”の技を教えれば、近隣との交易品にもなるしな』


「交易……か」

都萬彦の目が細くなる。

その言葉に興味を示したようだ。


「南側の西端の村は鍛冶場を置こうと思ってるんだけど……、鉱山なんてないよな?」


俺が問うと、都萬彦はしばらく地図に目を落としたまま、腕を組んだ。

火皿の炎がその横顔を照らし、思考の深さを映すように影が揺れる。


「山そのものは多いが、鉄の“石”は出ぬ。西の山裾に赤土はあるが、鍛えるに足るほどではない。今使っている鉄器も、ほとんどが北の国との交易で得たものだ」


『やっぱりか……』

予想はしていたが、やはり九州南部では鉄資源が乏しい。

このままでは、製鉄よりも再利用の方が現実的だ。


『今ある鉄を溶かして再利用するしかないな』

俺が呟くと、都萬彦が首を傾げる。

「溶かす?鉄を?鉄は火を通しても変わらぬものと思っていたが」

『そっか、倭国はまだ“鍛造たんぞう”だけで作ってるわけか』


俺は呟き、地図の端を指で叩く。


『火力を上げれば、鉄は溶かせるんだ。鉄鉱石を高温で熱すれば、液体になる。そうすれば、鋳型に流して、同じ形の鉄器を大量に作ることができる』


ヒミコがそれを訳すと、都萬彦は眉をひそめた。


「液体の鉄……?聞いたこともない。鉄が、流れる……?」

『そう。鍛えるよりもずっと早く、同じ形のものが何個でも作れる。槍でも鍬でも、同じ型に流し込めばいい』


都萬彦は腕を組み直し、しばし沈黙した。

焔の音だけが小屋の中に響く。

やがて、低く唸るように口を開く。


「……夢のような話だな。だが、そのような高温をどうやって得る?」


『炉を改良するんだ。空気を強く送り込めるようにして、木炭を燃やす。火の温度は、風の力で変えられる。漢では、足踏みの“ふいご”を使っている。』


「ふいご……。つまり、“風”を鍛えるわけだな。……面白い」


都萬彦の口角が僅かに上がる。最先端の技術を得られることに、喜びが隠しきれないようだ。


『そういうこと。風が火を生み、火が鉄を変える。』


ヒミコが訳し終えたあとも、その言葉を小さく繰り返した。

「風が火を生み、火が鉄を変える……」


その声は、まるで詩の一節のように響いた。


『最後に、丘の麓の村だけど、ここは隣の材木場の村と連携させる。土木職人を置いて、インフラを担当してもらう。取り急ぎ各村を繋ぐ交通網の整備と港湾の建設を手伝わせたいかな。今いる丘の上のこの村はそのまま。邪馬壹国の中央行政区域だ』


ここまで言い切ってようやく俺は一息つく。


『ど、どうかな?』


夢中になって喋っちゃったけど、都萬彦はお気に召したのだろうか?

都萬彦の方を窺い見る。


「なるほど。ただの子供ではないということか、認識を改めよう」


……OKだったみたいだ。


「ただし、貴様ら船の民は飽くまでも邪馬壹国の一員だ。その技術をどう扱うかは、王と俺が決定する。いいな」

「兄上、……それと御子様も」

「わかっている。黙っていろ」


忌々しげに呟く。ここまで来ると神様アレルギーだな。


『俺の方も異論はないよ。これからよろしくな、都萬彦様』


返事をせず、鼻を鳴らして都萬彦は立ち上がった。


「話しは終わりだ。俺は早速、船の民の受け入れ準備を整えさせる。ヒミコ、持衰殿を外までお送りしろ。お前もそのまま戻らなくていい」

「はい……兄上」


王族の妹に向かって、まるで下僕しもべか何かに対するような物言いだ。

また憤慨しかけたが、ヒミコの静かな目に制止されてしまった。


『お前の兄ちゃん、ちょっと塩対応過ぎないか?』


怒りが収まらず、外に出て2人きりになると、都萬彦の先程の言動を非難した。


『わからない……。でも、兄上がわたし達姉弟に出す色は、幾つも混ざり合って、暗くて、重い……』


そう言って、ヒミコは目を伏せる。


それはきっと、嫌悪や憎しみ、嫉妬。

けど、ヒミコはおそらく、そんな感情を兄以外からぶつけられたことがないだろうし、人に抱いたこともないのだろう。

自分に向けられたその感情をヒミコは理解できずに戸惑っているのかもしれない。


『サイ……』


ヒミコにかける言葉を選びかねていた俺に、彼女の方から声をかけてきた。


『なんだ?ヒミコ』


『……このまま、わたしの家に来て』


……何ですと

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