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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章

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第五十三話 魔性

玉座の奥に、もうひとつの出口があった。

王を先頭に、俺たちはそこから外へ出た。


外はひんやりとしていて、夜の気配が濃くなり始めている。

出口からは、石を敷き詰めた細い参道が丘の方へと続いていた。

その先――

白い建物が、薄闇の中にぼんやりと浮かんでいる。


「……あそこが、御子様の神殿」

ヒミコが囁くように言った。


神殿へと至る道の両脇には、等間隔に小さな火鉢が置かれていた。中で火がくすぶり、煙が細く立ち上っている。


ヒミコと王は口を開かず、ただ黙って、ゆっくりと歩いていく。

俺達も何となく声を発するのが憚れて、静かに後をついていった。


やがて丘の傾斜がゆるやかになり、前方の木々の間から建物の全体が見えてくる。

白い布で囲まれた長方形の建物。


「ついた、ここ」


ヒミコが立ち止まり、静かに言った。


建物の前には石でできた浅い壇があり、

中央には青銅の香炉が据えられている。


「この先は、父上と私だけ……。他の人は、外で待って」

「そういう決まりか?」

「うん…。中に入れるのは、限られた者だけ…」

「御子の姿を見れるのもな」


最後に王がそれだけ言って、2人は神殿の中へと消えていった。


「スゲーなここ……。普通の人間が踏み込むことを拒んでいるような……、まさに“聖域”って感じだ」


2人が中に入ったのを確認して、俺は呟いた。


「ああ。さっきまでいた村の中とは思えない……」


タケルも驚嘆しているようだった。


「なあ、持衰。やっぱり、ここには神様がいるのか?」

「え、何で俺にそんなこと聞くんだ?」


普通の人間である俺にそんなことわかるはずがない。

いや、違うか。この世界に神様はいないんだった。あるのは“そういう風にできてる”っていうことわりだけ。


「だってお前、持衰じゃん。普通の人間には見えないものが見えたり、感じたりできるんだろ?」

「あ、いや。それは」


俺は言葉を探す。

漢にいた時、幾度か俺は自分のことを“神の化身だ”と言った。“持衰は神の声が聞こえる”って、人々の言葉も特に否定はしてこなかった。

でも、それは皆の士気を高めるためであったり、ナビとの会話を誤魔化すために致し方なくだ。

当然、タケルの思うようなスピリチュアルな力はない。


「いや、ほら。こっちの神様と俺の神様だと別の神様っていうか……。まあ、神様って一口に言っても?色々なんだよね〜」


俺は必死に誤魔化す。別に、持衰っていう自分の立ち位置に執着はないが、みんなをがっかりさせたくない。

騙しているようで胸が痛むが、人に見えないものが見えるってのは、まるっきり嘘ではないから……許してほしい。


「あれ? この音……」


神殿の奥から、突然――鈴の音が響いた。

微かに、けれど確かに耳に届く。

風の音、木の葉のざわめき、虫や鳥の声。

そのすべてに鈴の音が溶け込み、神域全体が静かに揺れる。

ひとつ、またひとつ。

その音が重なるたび、空気が澄んでいくようだった。

そして、その奥から――

かすかに、女性の声が聞こえた。


「これは……祝詞のりとか?」


おそらくこの声が、ヒミコと王が言っていた“御子”の声なのだろう。

言葉の内容までは聞き取れない。

けれど、鈴の音と風のさざめき、虫や鳥の声が溶け合い、その中に御子の祝詞が重なって響いていた。


それは祈りというより、ひとつの歌のようだった。

この時代に来てから、音楽に触れることはほとんどなかった。

だからだろうか。

この歌声を、ずっと聴いていたいと思った。

俺とタケルは目を閉じ、ただ無心に耳を傾けていた。


やがて声が止み、鈴のの残響だけが耳に届く。

その音も――

少しずつ、少しずつ、遠のいていき、

やがて、完全に消えた。


「……終わったのか?」


ゆっくりと目を開ける。


「す、凄かった……」

タケルも感嘆の声を漏らす。


強烈な余韻のせいで、俺たちはそれ以上、言葉を発することができなかった。


しばらくして、神殿の奥からヒミコと王が姿を現す。


「――神託を得たぞ」


出てきて最初の王の一言がそれだった。

俺はその後の言葉を待つ。


「お主たちを住まわすことを、神はお許しになった」


その言葉にほっとして、肩の力が抜ける。


「それは、良かった。仲間、連れて来る。いいか?」

「勿論だ。お主達を受け入れることは、邪馬壹国にとって益となるだろう。待っておるぞ」


俺は王に礼を告げ、神域、そして王の宮を後にした。

外まではヒミコがついてきてくれた。


「もう、帰るの……?」

「ああ、目的、果たした。仲間に、伝える」


王女様にいつまでもガイドさせるわけにもいかないしな。

それに、そのせいであの侍女集団に詰められるのもごめんだ。


「でも、夜だよ。くらい……。泊まる場所、あるよ?」


顔は無表情だけど、心配してくれているのだろうか。


「いや、今日、月が出てる。大丈夫」

「そう…じゃあ、また。サイ、タケル」

「サイ?」

「じさい。は、言いにくいから。サイ……」

「そ、そうか」


急なあだ名に戸惑いつつも、俺はヒミコと距離が縮まったような気がして、少し嬉しくなる。


……嬉しい?



次にヒミコは、タケルの方に向き直る。


「これ、あげる……」


そう言ってヒミコは腰に提げていた皮袋を外し、タケルに手渡した。

タケルはぎこちない動作でそれを受け取る。


「いいのか?」


何も言えないタケルに代わって尋ねる。


「うん……。この子は、山の恵み。あなた達に受け取ってほしい」


あ、そうか。中身ウサギだった……。

年頃の女の子からのプレゼントにしては中々厳ついな。

けど、タケルは顔を紅潮させ、肩を震わせている。

……嬉しそうで何よりだ。


「あ、あの。ああと、あ、ありが、とう……。ヒミコ……殿……」

「ヒミコで、いい……」


背はタケルの方が頭一つ分は大きい。

ヒミコがタケルを見上げる。


「は、はい。えと、ヒミコ……」

「うん……」


ほんの一瞬、ヒミコが微笑んだ。

注意して見ないと気づかないほどの、かすかな笑み。


でも確かに、ヒミコは笑った。

まずいな……。


「えと、じゃあ、俺たち、これで」


俺はタケルを引っ張り、ヒミコに背を向けて歩き出す。

タケルは茹でダコのようになっていた。

無理もない。

俺も今のヒミコの笑顔には、思わず見とれてしまった。


彼女と離れがたくなる前に、さっさと別れた方がいい。


「――流石は、後の邪馬台国の女王だ……」


邪馬壹国でもらった松明と月の灯りを頼りに、自分達の船に戻った。

北に向かって岸に沿って進めば、自然と細島に行き着く。夜でも何とか帰れそうだ。


「あのまま泊めて貰っても良かったかもしれないけど……」


まだ、ヒミコに情を移しすぎるのは危険だ。


「まだ、邪馬壹国に腰を落ち着けると決まったわけではないしな……」

「な、なんだって」


タケルが大声で叫んだ。

……びっくりした。


「何を驚いているんだよ。元々そういう話だろ?他の人たちも別の国を調べてるんだ。まず、みんなの情報を持ち寄って、話し合ってからじゃないと」

「神託まで受けといて、そんなこと許されないだろ」

「そうなんだよな……。それが、ちょっと気まずいんだよ。あれよあれよと話が進んじゃって、言い出せなかったんだよな」


それにまだ倭国語に慣れてないから、ちゃんと説明できる自信も無かった。


「勿論、不義理になるようなことはなるべくしないよ。邪馬壹国に移住できなくても、技術提供はなるべくさせて貰うし、同盟だって……」

「だ、ダメだ。ヒミコ殿は俺たちに“また”って言ったんだぞ」


タケルが興奮して立ち上がろうとする。

舟が激しく揺れる。


「こら、動くな。ちょっとヒミコに入れ込みすぎだぞ、タケル」


俺がタケルに注意すると、憮然としながらも座り直した。


「確かに、ヒミコは魅力的だし、お前が異性として意識するのはわかるけど……」

「いせ、異性としてなんて」


また舟が揺れる。


「やめろ。落ち着け。でも相手が悪い。小さいとは言え、向こうは一国の王女なんだから」

「わかってる。そもそも俺は、ヒミコ殿とどうにかなろうなんて……」


タケルにしては歯切れが悪い。

めちゃくちゃ意識してるな、思春期さんめ。


「だったら、冷静になれ。まずは話し合いだ。それに、邪馬壹国で暮らさなくても、日向ひむかの地に住み着くのは間違いない。また会える機会もあるさ」


タケルは返事をせず、月明かりに照らされた海を見つめている。


俺は軽く溜息をつく。


少しときめくくらいなら、いいだろう。

タケルだって若者だ。

突然出会った美しい少女に、憧れを抱くのはむしろ健全だ。


でも、彼女はよくない。


ゆくゆくは邪馬壹国の女王となる人物。

そして卑弥呼は、生涯、誰とも結ばれることがなかったと言われている。

どう考えても、タケルと結ばれることはない。


いや、それだけならまだいい。

ほろ苦い青春の一ページで済まされる。


だけど、ヒミコが最後に見せた、あの笑顔。


あの瞬間、タケルだけじゃない。

俺までもが、心を鷲掴みにされたような感覚に陥った。


彼女は、人を惹きつけすぎる。


このままでは、タケルは、

ヒミコのためなら死をも厭わない、信奉者になってしまうかもしれない。


いや、タケルだけじゃない。

多くの人間が、やがてヒミコのために血を流す。

そんな予感がした。

だからこそ、無理矢理にでも、ヒミコと別れたんだ。

孫堅から聞かされた、黄巾の乱での地獄。

狂信に駆られた者たちが、何万人もの命を奪い合った。


俺は、人の盲目なまでの信奉心を、無意識のうちに、嫌悪してしまうのかもしれない。


細島に辿り着いた頃には、空が白み始めていた。

自分達の大型船に、舟を横付けして岸に立った。


あの後、タケルとは終始無言だった。

少し、気まずい。


「なあ、持衰。腹減らないか」

「……減る」


俺が答えると、タケルは舟の中を漁り、石で造った小刀を探し当てる。

腰に大事そうに提げた皮袋から、ヒミコにもらった野ウサギを取り出し、石のナイフで器用に皮を剥ぎ始める。


「燃やせるもの、探してきてくれ」

「わかった」


俺は周囲を見回して燃やせそうなものを集めた。浜に打ち上げられた細い流木、枯れた海草、乾いた藻。


石で作った小刀は、予想以上に切れ味がよく、毛皮を剥ぐ作業がみるみる進む。皮と脂のにおいが風に乗ってきて、腹の虫が鳴く。


「燃えやすいやつ、ここらへんにまとまってる」と俺が言い、タケルは小さな山を作る。火打石と金属片から出る火花を受け止めるため、布を細かく裂き、細い藁を用意する。


火花が散り、藁がくすぶる。ゆっくり息を吹き入れると、小さな炎が立ち上がった。炎はあっという間に流木に移り、やがて安定した焚き火になる。火の上に石を並べ、平たくした石で簡単な受け皿を作る。そこへ切り分けたウサギを置くと、肉がじゅうっと熱を受け、旨そうな匂いが立ち上った。


枝で肉を刺し、黙々と口に運ぶ。脂の甘みと野性の香りが広がる。


「持衰、俺やっぱり、住むなら邪馬壹国がいい。だってこの肉、すげえ美味えもん」

「わかったよ」


こんなに美味い肉があるなら、仕方ない……。

焚火と朝日に照らされながら、俺とタケルは笑い合った。


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