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倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第ニ章

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第五十一話 籠絡

その後、止むを得ず母さんに細島ほそしまの住人と直接やり取りしてほしいと頼みに行った。

本音を言えばそんなことさせたくない。断ってくれてもいいくらいだったのだが、


「わたしで良ければ構わないよ」


と、母さんは快諾してくれた。 本人は平気そうだったが、1人で行かせるのは心配なので、俺も着いて行こうとした。顔が怖いからと周りに止められた。 代わりに何かあった時のために、声が聞こえるギリギリの距離で俺は待機することにした。これが最大限の譲歩だ。


船から降り立った母さんを、細島の住人たちが明らかに警戒している。

網を巻く手を止め、誰もが静かにその姿を追っていた。


だが、そんな空気をまるで気にしていないように、母さんが近くにいた漁師風の青年に笑顔で声をかける。


「こんにちは。良いお天気ですね」


男は母さんに気づいたようだが、軽く頭を下げるだけだった。


「少しだけ、お話をさせて頂いてもよろしいですか?」


その言い方は、まるで旧知の人間に話しかけるような自然さだった。


「は、はい。少しだけなら…」

「ありがとうございます」


にこりと笑顔のおまけ付き。

これは破壊力やばいぞ。男の顔がみるみる赤くなっていく。


「えっと、わたし達は今、この地で住む場所を探しているんです」

「や、やっぱり貴女は、俺たちの土地を奪いに来た漢人なんですね?」


母さんの言葉に男が色めき立つ。話している内容は正確にはわからないが、良くない雰囲気だけは察しがつく。

やはり厳しいか?

俺はすぐに飛び出せるように身構える。


「そんなことしません。故郷を奪われる苦しみは、わたし達は痛いほど知っていますから」


母さんは首を振り、悲しそうに笑った。

その表情を見て、男が口をつぐむ。


「確かに、わたし達は漢からやってきました。でも、わたし達はあなた方と同じ、倭人なんです」


そう言って母さんは、再び笑顔を浮かべた。


「わ、倭人?あなた達が?とてもそうには……」

「元々は、ここより北にある村に住んでいたんです。けど、二十年前の大乱に巻き込まれ、やむなく漢へ向かうことになりました。その時のわたしは、まだほんの子供でした……」


母さんの笑顔がふっと曇る。

目を伏せ、潮風に髪を揺らしている。何とも庇護欲を唆る顔だ。今すぐ飛び出して何とかしてあげたい。


「漢へ渡ってからも、ずっと思い続けてました。いつか故郷へ帰るんだって」


その声はとても静かで優しい響きだったけど、確かな決意を感じさせる。そんな声だった。


「だからわたし、向こうでも国の言葉を忘れないようにしてたんです。

でも、故郷の村はもう別の国になっていました。折角戻ってきたのに、わたしたちはまた、住む場所を失ってしまいました…」


青年は、気まずそうに網を握りしめた。

遠巻きに伺っていた住人たちも、母さんの方を見ている。


「お、お嬢さん。そうだったんですか……そんな大変な苦労を……」


「今はもう大丈夫です。皆で支え合って生きてますから」


そう言って笑った母さんの顔は、太陽の光に照らされて柔らかく輝いていた。


「な、なんて健気な人なんだ…。すみません、お嬢さん。俺は貴女のことを勘違いしていたようだ」


男が両手で母さんの手を握る。

おい。おいおいおい。


「お嬢さん、貴女さえ良ければずっとここにいて下さい。もう、辛い思いはしなくていいんだ。なあ、お前ら」


男はいつの間にか集まっていた他の住人たちに呼びかける。

方々から「そうだ、そうだ」「俺たちが守ってやる」などと声が上がる。


「けど、倭人とは言え慣れない土地で暮らすとなると、苦労も多いでしょう」


男が握っている手に力を込める。


「どうです、お嬢さん。このまま俺と一緒に暮らしませんか?」

「あらあら…」


母さんが小首を傾げる。断片的にしか読み解けないが、アイツの言わんとしていることはよく分かった。

いくらなんでも調子に乗りすぎだぞあの野郎。

みんなの為とはわかっている。


――だがもう限界だ。


「狭い家だが、苦労はかけない。俺が貴女をーー」

「はい、ストーップ」


俺は間に割って入り、男を母さんから引き剥がす。


「な、なんだお前は?良い所で――」

「坊や」

「坊や?」

「息子です」

「息子!?」

「イヤー、アリガトゴザイマス。チカラニナッテクレルンデショ?」


カタコトの倭国語を口にして、俺は無理矢理笑いながら男に詰め寄る。

警戒させちゃダメだからな。あくまで自然なスマイルを心がける。


うまく出来てるか知らんけどな。


俺が飛び出したことで、船から仲間たちがぞろぞろ出てくる。

男の周りを取り囲む。


目の前の男の顔が蒼白になっていく。


「ゴカイモトケタヨウデスシ?ココカラサキハ、“ムスコ”ノボクガ、オアイテシマスネー」


男がぶんぶん首を縦に振った。



その後、俺たちは青年や他の住人達から、この日向ひむかの地に点在する国々について聞き出した。

お互いにコミュニケーションを取り合おうと協力的になれば、多少言葉が伝わりにくくても何とかなった。


そして彼らからの情報を元に、あまり好戦的ではなく、外部にもある程度開けている国に限定し、幾つかの候補地を絞った。

グループに別れてその候補地をそれぞれ見て周り、最終的にみんなの意見を出し合い、どの国に住まわせてもらうかを決めることにした。



翌日。俺とタケルは、細島から南へ50kmほど離れた、ヤマイ国と呼ばれる地へ向うことにした。候補地の中では最も遠いが、海岸沿いの、入り江の奥の丘にある国なので、アクセスはいい。

大型船に搭載されている準構造船に乗り込み、海上から南下をはじめた。


「俺たちだけで大丈夫か?また、おばさんについてきてもらった方がいいんじゃないか?」


船べりに肘をつきながら、タケルがぽつりと言った。


「冗談じゃない。昨日だって、ホントはやらせたくなかったんだ」


思い出して憤慨する。


「比較的安全な国と言っても、どんな奴がいるか分からないんだ。これ以上、母さんを危険な目にあわせられるか」


俺の言葉にタケルが苦笑する。


「変わんないよな、持衰。孫将軍の時もそうだったけど、守ると決めた人間には徹底的に過保護だよな」

「そんなことないと思うけど」


俺はそう返しながら、視線を海に向けた。


「今日は目立たない準構造船だし、俺とお前の2人だけだ。細島の時ほど警戒はされないはずだ」

「そういうことにしておくか」


タケルが白い歯を見せて笑った。


そして、目的地が近づいてきた。


「そろそろ入り江の口だ」


タケルが帆を緩める。

俺たちの船は会稽式の準構造船だった。

この時代の日本では、まだ帆船は一般的ではないが、俺たちの船には簡易の帆が備え付けてある。櫂や棹だけで漕ぎ進むより、ずっと速くて楽だ。


船の向きを変え、入り江へと進入する。

両岸が徐々に迫ってくるが、入口はかなり広い。


「ずいぶん奥まで海が入り込んでるな」

タケルが感心したように言った。


そのとき、ナビの声がした。


「これは後に“古日向こひゅうが湾”って呼ばれるようになる内海だね。君の時代で言えば、宮崎平野の真ん中あたり。西都市さいとしから日向灘ひゅうがなだにかけての平野は、当時は大部分が海の底だったみたいだよ」

「じゃあ、今の時代だと陸地を走ってるようなもんか」

「そういうこと。この時代は海面が3〜5メートルくらい高いからね。後の時代に河川が土を運び込んで、ゆっくり埋まっていったんだ」

「なるほどな……」


俺は船べりから水面を覗き込んだ。

水は淡い青緑色で澄んでいる。

潮の匂いに混じって、草や泥の匂いがした。

この辺りはもう汽水域になっているようだ。


「この時代の入江は、人が暮らすのに都合がいいんだよね。海にも出られて、川の水も使える。だからこういう場所に小国が集まっていたんだよ」

「ヤマイ国も、そのひとつってわけか」

「うん。山の斜面に集落があって、上には神殿か祭祀場があるはずだよ。地形的には、今の西都市の西都原さいとばるの丘陵だね。それにしても…」

「どうかしたか?」

「ううん、ナンデモナイ」


首を横に振る。態度が少し気になったが、それ以上は追及しなかった。

俺は入り江の奥を見つめた。

前方の木々の間から、ゆるやかな丘が姿を見せる。

その頂から、煙のようなものが立ち上っていた。

炊事の煙だろうか。

それだけで、この先に人の暮らしがあることが分かる。


「あれが……ヤマイ国か。」


俺たちは速度を落とし、

そのまま静かに進んでいった。

入り江の奥まで来ると、水深が急に浅くなった。

櫂が底を擦るたび、泥を巻き上げる音がする。

岸まであとわずかだが、このまま進むと船底を傷めそうだった。


「ここまでだな」

タケルが櫂を引き上げる。

「思ったより浅い。これ以上は無理そうだ」


俺たちは船を岸に寄せ、綱を岩に括りつけた。

周囲を見渡すと、入り江の奥には湿地が広がっている。

小舟なら通れそうだが、人が歩くにはぬかるみが深すぎる。


「タケル、正面から行くのはやめよう。道がない」

「なら、山を越えるか?」

「そうだな。丘の上に集落があるなら、背後から回った方が早いだろうな」


俺は地形を確かめるように視線を巡らせる。


「北側の斜面が緩いな。あっちから登れば、上に出られるかも」


俺たちは最小限の荷を持って、腰まである草むらをかき分けながら、斜面の方へ歩き始めた。


足元は湿っていて、踏み出すたびに泥が音を立てる。

背後では、波が岸を叩く低い音が遠のいていく。

海の匂いが消え、かわりに土と木の匂いが濃くなった。


「このまま尾根伝いに行こう。谷を越えれば、ちょうど裏手に出られるはずだ」


さらに先へと進む。

道らしい道はなく、獣道のような細い踏み跡が続いていて、草木が生い茂っている。

すると、茂みがかさかさ揺れた。

俺とタケルは警戒して立ち止まるが、飛び出してきたのは小さな野ウサギだった。


「かわいい」「うまそう」


俺とタケルで全く違う感想が口に出る。

俺たちに背を向け、獣道への奥へと走り去っていく。


が、突如として野ウサギがばたりと倒れる。


見ると首筋に矢が突き立っていた。見事なまでに正確に、急所を射止めている。

野ウサギが飛び出してきた茂みの奥から人が出てきた。

狩猟用の小弓をつがえている。

俺たちの存在に気づいていないのだろう。真っ直ぐに獲物の元へ向かい、背を向けたままウサギを持ち上げる。


「女…?」


俺は呟く。

背中しか見えないが、たしかにそうだった。


腰まで届く長い灰褐色の髪が、陽の光を反射して、淡く白銀に輝いている。

肩は細く、動作は静かで無駄がない。

白っぽい麻の衣が風に揺れ、裾が草を撫でる。


腕には金色の腕輪のようなものが光り、腰には紐のような帯が結ばれている。

服の質も形も、この辺りの漁民が着ているものとは違う。


ウサギの血が服につかないように片手で持ち上げ、もう片方の手で手早く矢を引き抜き、矢筒に戻す。鮮血が流れ出るが、女は気にせず血抜きを行い、ウサギを腰の袋に入れた。


「タ、タケル。どう思う?場所的にヤマイ国の住民で間違いないよな?」

「多分な。けどあの服装に身のこなし、何よりあの矢の腕前。只者じゃないぞ」


武人らしい感想をタケルが口にする。


「?」


女が話し声に気づいたようだ。

顔だけこちらに向けて振り返る。


陽の光が、斜めから頬を照らした。

白い肌。整った輪郭。

長い睫毛の奥で、琥珀色の大きな瞳がわずかに瞬く。


その視線に敵意はない。

だが、かといって好意的でもない。

ただ純粋に、こちらを観察している。


こんな少女が、あの野ウサギを仕留めたのか。

信じられない。


少女がゆっくりとこちらに正対する。

木々の隙間からこぼれる光が、その輪郭を淡く縁取っていた。


森に立つその姿は、まるで自然の一部のように思え、


そして――美しかった。


少女の余りの姿に言葉を失ってしまった。何も言わない2人を見て、彼女が軽く小首を傾げる。


「你们…是谁…?为什么…在、这里…?」


漢語?

彼女に話しかけられ、俺は放心状態から戻る。


「会汉文吗?」


俺も漢語で答える。


「以前…学了…」


凄い。通じる。

俺たちの姿を見て漢人だと思ったようだ。

話さないのは、俺たちが言葉が分からないからと解釈したのかも。

こちらとしては、かなりありがたい。

…けど、ここは彼女に甘えるのは得策じゃないな。


「いや、大丈夫。倭国語、できる」


あー、やっぱたどたどしくなる。

前世では普通に話してたのに。

転生して赤ちゃんの脳みそで言語を習得し直したからか?

かなり喋れなくなってる。


「俺たち、漢人、ない。倭人」


少女が少し目を見開く。初めて彼女が見せた、感情らしい感情だった。


「漢に、住んでた。でも、帰ってきた。住むばしょ、探してる」

「そう…、本当の故郷は…奪われたの…?」


俺はコクコク頷く。


「だから…あなた達を受け入れてくれる国を、さがしてるの…?」


更に強く首を振る。話しが早い。かなり聡明な子のようだ。


「わかった…。案内する…」

「え?信じて、くれるの?」

「あなたの声は…嘘の色が、しないから…」


そう言って彼女は背を向け歩き始める。

こちらの方を振り返らず、先に行ってしまう。

俺は慌てて追いかけようとするが、タケルは突っ立ったままだ。


「おい。おいタケル行くぞ」

「あ、ああ」


タケルの背を押し、少女を追いかける。


「えと、そうだ。俺、じさい。って、呼ばれてる。こっちは、タケル。キミは?」


急いで少女の後ろに追いつくと、俺は彼女に名を尋ねた。


彼女は一度だけ立ち止まると、ゆっくりとこちらに顔を向けた。






「……ヒミコ」



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いよいよ、物語が本格的に動き出しましたね。
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