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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第一章

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第三十七話 王者の覚悟

孫堅は再び陽人聚に入り、陣を立て直した。 胡軫と呂布を全軍で洛陽に帰還したようで、陽人の街はもぬけの殻だった。


「胡軫の首は取れなかったな」

孫策が残念そうな声を出した。

「被害は最小限、戦果は最大限だった。これ以上は望むべくもないだろう、伯符」

公瑾だ。

「しかし、後方から見ていたが、タケルの武勇には目を瞠るものがあるな」

「持衰が指揮をするようになってから、目の前の敵だけに集中できるんだ。全部コイツのお陰だよ。公瑾殿」

タケルが俺の方に顎をしゃくる。 今、俺は孫策、公瑾、タケルとの、同い年4人組での食事を取っている。


幕舎の中、粗末な木の器に盛られた粟粥の湯気が立ちのぼる。

副食は塩気の強い干し肉と、豆を煮潰した餡のようなもの。

酒の代わりに、薄い麦湯がぬるま湯のように回し飲まれていた。


孫策が器に口をつけて匙をかき込む。

タケルは干し肉を丸かじりしながらその様子を見て笑い、

俺は粟粥の素朴な甘みに、少しだけ故郷の味を思い出していた。


「それにしても公瑾。何で途中で軍を下げたんだ?被害を抑えて、迅速に勝利するためとは言ってたけど、あの撤退がなぜそれに繋がるんだ」

「ああ、そのことか。胡軫と呂布が離間していたからな」

「離間?」

「伯符が敵を引きつけた時、胡軫軍は目の色を変えて追いかけてきた。だが、呂布は全く動こうとしなかった」

そうだ。呂布軍は小さな小蝿を無視するかのように、孫策の騎兵隊に全く反応していなかった。

「伯符の意図を察していたにせよ、本隊が動いてしまっているんだ。本来なら後方について、いつでも支援できるようにして然るべきだ」

「けど、呂布は助けに入ったよな」

「あれは前線が押し込まれて、自陣に近づいてきたからだと思う。目の前に火の粉が降りかかってきたら、手で払うくらいのことはするだろう?事実、君たち倭人隊を一度牽制したら、さっさと帰陣してしまった」

公瑾の説明に対し、俺はなおも疑問をぶつける。

「呂布が通り過ぎた時、俺はすぐに後ろから追撃しようとした。その意図を察して、ひとまず退避したんじゃないのか?」

「それもあるかもしれん。だが、君たちは歩兵部隊。向こうは汗血馬のいる騎馬隊だ。十分距離を取ってから反転すれば後ろから叩かれる心配などはない」

「そのまま逃げ去る理由にはならないってことか…」

「呂布は本気で戦うつもりが無かったのだろう。理由までは分からん。分かるのは胡軫と呂布の考えが全く逆だということだけだ。だが、それだけで充分だった」

そこまで聞いて孫策が口を挟む。

「なるほどな。公瑾、お前の言いたいことはわかったぜ」

俺も公瑾の意図は察した。

よく戦場で、そこまで敵の心理を汲み取れるな。

「どいういことだ?」

タケルだけは、まだわかっていないようだ。

「いいかタケル。あのまま押し込めば、胡軫軍を打ち破れただろう。だがそうなれば後方の呂布の陣に行き当たる。そうなれば、流石の呂布も反撃せざるを得ないだろう。そこであの撤退だ」

公瑾の目が少し輝く。軍略の話しをしている時の公瑾は楽しそうだ。

「我々が後ろに下がれば、胡軫軍だけが突出してくるのは目に見えていた。そうなれば勝手に胡軫と呂布は離れてくれる。我々は呂布を警戒せずに、胡軫軍と戦うことができるというわけだ」

そこまで聞いてようやくタケルも納得したようだ。

「凄えな。そこまで考えて戦ってるのか」

うん、うんと頷きながら、干し肉を口に運ぶ。


だが、俺は公瑾の話しをここまで聞いて、違和感を覚えた。


「なあ、ナビ。今回の戦って、史書に載ってる?」

俺は小声でナビに問いかける。3人はそれぞれの話しや食事に夢中で、こちらのことは気にしていない。

ナビとの話し声を聞かれることはないだろう。

「まあ、そうだね。載ってる……」

「なんて書いてあるんだよ?」

「胡軫と呂布が仲が悪くて、そのせいで胡軫軍が敗走するって……」

「おまえ、最初からこうなるってわかってたな?」

「いや、史書に載ってることが全てではないから。多分そうなるんじゃないかな〜?位だよ?」

ナビはしどろもどろだ。

「呂布が来るって言うのに、いつにも増して落ち着いてるとは思ってたけど、そういうことか。何が“馬中の赤兎、人中の呂布”だよ。脅かしてくれやがって」

「な、なにおう!キミがわたしの言うこと聞かないで無茶ばっかりするのが悪いんでしょ!?」


……コイツ、逆ギレしやがった。


「日本人は創作物の影響で呂布が最強ってイメージが強いからね。それを利用すれば怖気づいて逃げ出してくれると思ったの!失敗したけどね!」

それだけ言い捨てて、ナビは姿を消してしまった。

アイツは歴史の修正の為に、俺の安全を第一に考える。だからこその言動だとは分かってはいるけれど……。

今後はナビの言うこと全部を全部、鵜呑みにはできないな。


俺は軽く溜息をついて、麦湯を呷った。



一晩を明かした後、孫堅はすぐに軍を進発した。

陽人聚の勝利に酔う間もなく、兵たちは列を組み直し、洛陽を目指し北上する。


そして――大谷関たいこくかん


洛陽八関。

都を護る八つの関門のひとつであり、南方からの侵攻を防ぐ要害。


俺たち倭人隊は、まず大谷関周辺の地形、そして伏兵の有無を探るため、偵察に出た。


南から北へ走る道は谷底に敷かれ、その両側を切り立った岩壁が覆っている。

岩肌には狭い山道が縫うように走り、そこには既に董卓軍の弓兵が並んでいた。

こちらが一歩でも踏み込めば、上から雨のように矢を浴びせられるだろう。


「なるほど……だから“関”ってわけか」

俺は思わず息を呑む。

狭隘な道を鉄壁の門で塞ぎ、両翼の山に兵を潜ませる。

守るには理想的な立地だ。


さらに目を凝らすと、谷の出口に広がる平地に董卓の本陣が構えられていた。

翻る“董”の旗。その周囲には幾重にも柵がめぐらされ、黒鉄の甲冑に身を固めた親衛隊が槍を構えて立ち並んでいる。


「いよいよ大将のお出ましか」

タケルが低く唸る。

だが俺の視線は、そのさらに前方にあった。


整然とした陣形。

重厚な盾列。

――そして、その中心に翻る“徐”の旗。


「徐栄……」

思わず口をつく。

曹操を打ち破り、孫堅にさえ煮え湯を飲ませた男。

ただでさえ険しい大谷関を守るに、これ以上ない指揮官だった。


「厄介だな……」 谷を吹き抜ける風が冷たく、背筋にぞくりとした震えが走った。


俺たちは一度本陣に戻り、敵の陣容を孫堅に伝える。


「当然だが崖上の弓兵が目障りだ。真っ先に潰したいが、そんなことは向こうもわかっているだろう」


俺の報告に孫堅はそう答え、思案する。

崖上の道は隘路で、数を頼みに打ち破るのは難しい。 おそらく弓兵を守る伏兵も配されているはず。 では、どうするか? 俺は孫堅の判断を待った。


「黄蓋、祖茂をここへ」

孫堅が近侍の兵に命じた。

間もなく、祖茂さんと黄蓋が現れる。

「二代目、倭人隊を二手に分けろ。両側の崖上の弓兵にそれぞれ当たれ」

やはりそれがセオリーだろう。

敵の抵抗は激しいものになるだろうが、弓による援護を防がないと、進軍すらままならない。

少数で当たるしかないが、やるしかないだろう。

「祖茂は倭人隊の半数を率いろ。どうせこの谷間では、軍を展開できぬからな」

「はい」

「ただし、適当に相手をしたらすぐに切り上げて戻ってこい。相手に諦めたと思わせる」

「弓兵を倒さずに引き返す?それに何の意味が?」

孫堅は俺の問いに答えず、黄蓋に目を向ける。

「黄蓋、兵にありったけの盾を持たせろ。重歩兵隊は倭人隊が引いた後に進軍。敵の注意を引け」

「なに言ってんだ孫堅」

「お任せくだせえ。将軍」

黄蓋がこともなげに返事をする。

「黄蓋、お前分かってんのか?いくら盾があっても、相手は弓兵だけじゃないんだ。徐栄の本隊に攻められたらいくらお前らでもーー」

「黄蓋が囮になっている間に弓兵の注意を向けさせる。伏兵まで出させれば尚良いだろう。機を見て倭人隊が再突入。徐栄の弓隊を殲滅しろ」

「おい、孫堅。臣下に死にに行けって言うのか?こんな作戦なら倭人隊は協力しない」

横っ面に衝撃が走った。孫堅は拳を振り抜いている。

殴られた。

頭に血が登っていて、観測者補正を使う間もなかった。


「勘違いするなよ。倭人隊は俺の軍だ。お前はただ俺から預かっているだけだ。これ以上喚くなら、お前は指揮から外す」


それだけ言われ、俺は沈黙するしかなかった。

殴られた左頬がじんじんと疼く。


「黄蓋。囮だと敵に悟られるわけにはいかない。本気で徐栄の本隊を崩すつもりで進撃しろ」

「心得てますぜ、将軍。なんならそのまま董卓の野郎の首も取ってきてやりますよ」

強がりだろう。董卓をどころか、まず自分たちが生きて帰れるかもわからないのだ。

これが戦争。俺は、仲間を守るために戦ってきた。なのに孫堅は、その仲間を死地に向かわせようとしている。

だが、そうしなければ戦には勝てない。本当に大事なものを守れない。時には臣下に「死ね」と命じる。その覚悟がなければ、上には立てないのだと痛感した。

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