第二十三話 黄巾の乱
倭人の村の外れ。
俺は9歳となった。
一人である程度自由に動き回れるようになってから、俺は頻繁にここを訪れる。
倭人塚。首長達の墓。
小高い丘に、丸く盛り上がった土の塚が鎮座していた。
高さは人の背丈を超える。周囲を一巡すれば一抱えで収まる規模。
表面は草が覆い、ところどころに低木が根を張っている。
正面には平たい石を組んだ簡素な祭壇があり、土器の破片や香炉の跡が残る。
「倭國王安厝於此」
石に銘がうたれている。首長の墓だ。
首長、首長から王様になったんだな。
俺は首長の墓に手を合わせる。
その後方を見やると、
デカい。倭人塚の丘そのものがなんと1人の墓になっている。いや、仲間達も殉葬されているから、正確に言えばみんなの墓なんだけど。
小さな丘を削り整え、段を重ねた大きな墳丘。
高さは十メートル近くに及ぶ。
石で固められた正門があり、墓道が奥へと続いている。
墓道には獣や日月を刻んだ石碑が守護のように並んでいた。
こちらにも銘が刻まれている。
「東方來神之墓」
持衰の、俺の墓だった。
気合い入りすぎだろ!?遂に神様になっちゃったよ俺!!
「孫堅が埋葬に手を貸してくれたんだけど、よっぽど大切な友達を手厚く葬りたかったんだね」
ナビの言葉で、死に際の出来事が思い起こされる。
孫堅が俺のことを友達を呼んでくれた。
嬉しかった。ほんとに。
それだけで十分だったのに……。
コレはやり過ぎ。なんかもう、この辺の観光スポットみたいになってるもん。
時々この辺りを訪れた旅人や商人が見物にくることもある。
村の人間が勝手に観光案内して、あることないこと吹き込むもんだから、倭人の英雄伝説が1人歩きしているらしい。
俺は自分以外の眠ってる人達のために手を合わせ、塚を後にする。
西暦184年。
俺でも知ってる。許昌の乱なんて比較にならない、激動の時代の幕開けだ。
「黄巾の乱。張角という人物が太平道っていう道教の宗教組織を作り上げ、信者と共に蜂起。宗教団体が起こした本格的な反乱としては、中国史上初となる」
ナビが黄巾の乱についての説明をする。
「ナビ、歴史が好きな男の子はイコール三国志が大好きなんだ。それくらいは知ってるよ」
小説はもちろん、漫画やらゲームやら、現代日本において三国志を扱ったコンテンツは枚挙にいとまがないからな。
ナビが生意気な。という顔をする。
「ただ気になるのはさ、この時代に道士って本当にいたのか?雨降らしたり、火起こしたり……、なんか超能力的な?昔の人は現代人が失ってしまった力を持っているとか」
「ファンタジーじゃないんだから。そんなこと現実にあるわけないでしょ?バカだな」
ナビに一蹴される。
ファンタジーの権化みたいな奴が何言ってやがるんだ。
「いい?道教っていうのはね、
空を飛んだり火を操ったりする“仙人”イメージが広まってるけど……あれは後世の脚色。
現実の道士は病を治したり、薬を調合したり、祈祷で人心をまとめたり――もっと泥臭い存在だったの」
「へえ……つまり医者兼シャーマンみたいな?」
「そうそう。太平道もその一つ。張角は“符水”っていうお札を焼いた灰を水に混ぜて飲ませ、病を治すって宣伝した。
もちろん符水そのものはまやかし。でも同時に薬草を煎じたり、清潔にする習慣を広めたりしてたの。
だから人々には“神の力で治った!”って思われたのよ」
「……なるほどな。プラシーボ効果と実際の薬効の合わせ技か。けど、それでも効かないやつはどうすんだ?」
「お、鋭いね。そういうときは――“お前の信心が足りないからだ”って患者のせいにするの」
「なんだよそれ。インチキすぎるだろ」
「でしょ?でも、そうすれば教団は絶対に負けない。“効いたのは張角様のおかげ、効かなかったのはお前のせい”っていう最強ロジック」
凄まじい理屈だが、こんなろくに情報も行き渡らない時代では絶大な影響力があったのだろう。
事実は関係ない、信じこませれば勝ち。それについては、現代もそんなに変わらなかったな。
母親がよく買っていた、飲むだけで痩せる薬だとか、謎の健康器具の数々を思い出す。
……いや、あれらが全部嘘っぱちだとは言わないけどね?念の為。
「黄巾の乱は今どんな様子なんだ?
孫堅は?
あいつ全然顔出さないから、今何やってるのかさっぱりなんだよな」
そう転生して10年近くたつが、孫堅がこの倭人村を訪れることは殆どなかった。数年前、倭人塚を訪ったと人づてに聞いたくらいだ。
「うーん、本来は直接キミに観測してもらいたいんだけど……。」
ナビは考え込む。
「いや、でもそれなら歴史の強制力が相応しい舞台に転生させるか……。ということは今回観測すべきは黄巾の乱自体ではないということで……」
「何ブツブツ言ってるんだ?」
「何でもない。こっちの話。OK。じゃあ現在に至るまでの簡単な乱の経緯を解説しちゃう!」
ナビが指をひらひらさせながら、光を散らす。
「まずは後漢王朝衰退の大きな要因は――宦官の専横だよね。
宦官っていうのは、去勢した官吏。後宮に安心して出入りさせてもらえるから、最初は皇帝のお妃さんとかに取り入って力をつけていった。
そして皇帝の縁者である外戚と、どんどん力をつける宦官との権力争いが何度も起きた。そのたびに政権はグダグダ。
宦官たちは十常侍なんて呼ばれるグループを作って、皇帝の身近で好き放題やってたの」
「十常侍……たしか、めっちゃ嫌われてる奴らだよな」
「そうそう。彼らは官職を金で売り買いし、政敵を陥れては処刑する。
結果、地方官は無能か賄賂まみれの連中ばかりになり、民衆の生活はどんどん苦しくなった」
ナビは光る指で空中に円を描き、宦官、十常侍などとワードを記していく。 エアー黒板授業。
「加えて、飢饉や疫病も相次いだ。田畑は荒れ、食べるものもなく、病を癒す術も乏しい。
そんな絶望の中で現れたのが、張角率いる“太平道”ってわけ」
ナビが視えない黒板にでっかく太平道と書く。
「なるほどな。腐敗した政府に天災……。そこにカリスマ道士の登場、か。
そりゃみんなも縋りたくなるよな……」
「そして、孫堅は会稽の黄巾軍を討伐してるところ。
中原の本隊じゃなくて模倣反乱だけどね。倭人達も何人かそれに付き従ってる」
「そうか……。あいつらしい」
ナビの軽口とは裏腹に、俺の脳裏には十年前の許昌の乱が浮かぶ。
あの時も民の怒りは確かにあった。
だがそれを焚きつけ、利用し、結局は見捨てた連中のことを俺は忘れない。
張角が実際にどんな男かは知らない。
だが、飢えた人々をただ怒りのままに駆り立て、死地へ追いやるだけのやり方には、俺はどうしても嫌悪感を覚えた。
「俺がヘマしなければ、孫堅の助けになれたのにな」
「子供に戻っちゃったからね。仕方ないよ」
「ま、今回は孫堅達に任せて、俺は大人しくしてればいいってことだな」
「うん。そうなんだけど……」
ナビが何やら思案する。
「なに?なにか気になるのか?」
「キミは観測者。許昌の乱で死んじゃったのはイレギュラーだけど、今キミが存在を消されずここにいるということは、必ず何か意味があるはずなんだよね……」
「どういうこと?」
「今歴史は大きく動いている。このタイミングで何も無いっていうのは考えづらいってこと。何かキミが観測するべき事象、或いは……人?それが、必ず現れるはず。」




