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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第一章

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第二十一話 終結

「神の化身であるこの俺が、お前らを救ってやる!!」

「ちょちょ、ちょっとちょっと!!」

それまで静かだったナビが騒ぎ出す。

「な、何を言い出すの!?キミ、自分でも言ってたでしょ!?戦いは孫堅たちに任せればいいって!」

うるさい。今はお前と言い争う時間さえも惜しいんだ。

「あ、あんたが持衰?」

「そうだ!お前だって仲間の命を救いたいだろう!?だったら、俺の言うことを聞け!!」

「わ、わかった……!」

「知らないからねー!!!」

ナビの怒号と、鼓と鉦の係りの兵が呆然と見送る視線を背に受けて、俺は伝令兵と共に馬に跨り、前線へと向かう。

孫堅の言葉とか、俺が行ってどうこうできるのかとか、今はそんなことどうでもいい。

とにかく仲間を、首長を死なせたくない。


先に駆けていた後詰めの孫堅騎馬隊は、既に李魁の騎馬隊とぶつかっていた。

李魁が直接操っているだけあり、先程孫堅に当てた部隊よりも何倍も手強そうだった。

その剣筋は鋭く、刃が閃くたびに冷ややかな殺意が迸り、空気まで張り詰めていく。


「首長、首長は?」

見つけた。他の倭人たちとともに必死の形相で剣を振っている。

その身体には幾つもの傷が刻まれていた。

「ここまででいい!助かった!」

俺は馬から飛び降りる。

首長が斬り結んでいる敵を蹴飛ばし、その辺に落ちていた剣を拾う。


「じ、持衰!?」

首長が目を丸くする。良かった、まだ大丈夫そうだ。

「何故ここに!?」

「後ろで見てるより、一緒に戦った方が皆を鼓舞できるだろ?」

俺はわざと余裕ぶって笑う。


「持衰!!」

「持衰殿!!」


倭人達の間で歓喜が起きる。

誰もが瞳を輝かせ、再び力を宿らせていく。

叫び声は次々と広がり、戦場全体を揺らすほどの熱気となった。


「待たせたな!もう一度、海で起こした奇跡を見せてやるよ!!」


倭人達のボルテージは最高潮に達している。

今まではイヤイヤだったが、持衰という立場がコイツらを救う力になるなら、今は喜んで演じてやるよ。


敵が槍を突き出してくる。

躱して、穂先の根元を切り落とす。

足払いして鎧の上から敵の鳩尾を踏みつける。

無理矢理付き合わされた仲間達との模擬戦が活きている。

敵の動きがより見えるようになり、自分の身体をイメージ通りに操れる。


「持衰!」

援護にまわってきた孫堅が俺に駆け寄る。

「余計なことをするなと言ったはずだ!!」

「わかってる!けど、今は一人でも多く戦力が必要だろ!?」

「鉦の合図もわからんやつが混じっては、かえって邪魔になるんだよ!!」


言い争ううちにも斬撃が飛んでくる。

俺はそれらをいなしつつ、孫堅に反論する。


「兵を動かす時は俺のことは無視していい! 一人で取り残されても文句は言わないし、守ってくれなくてもいい!!」

「チッ!」


舌打ちをしてまた馬を走らせる。

これ以上ここで俺とやり合っても仕方がないと思ったのだろう。


次から次へと敵が押し寄せる。逆落としの勢いはもうないが、敵の士気も高い。

だが、俺たちも負けていない。倭人達を中心に迫りくる敵を次々と討ち取っていく。


――このまま押せば勝てる!


だが、


「増援だ!」


目の前の軍勢の更に向こう側で地鳴りが聞こえる。千五百の援軍。

ふっと目の前の圧力が弱まった。

視界が開かれる。敵が二つに割れた。


丘隆。坂。遥か上方に人の塊が見える。

土砂崩れのように迫ってくる。


逆落とし。間近だとこう見えるのか。


現実感が湧く前に塊がぶつかってくる。

観測者補正のせいか、ゆっくり、ゆっくりと。

だが緩やかなその世界にいながら、俺は黙って待ち受けることしかできない。


ぶつかる。いなす。避ける。打つ。

味方が倒れる。次々と兵に踏みつけられていく。


――やめろ。


叫ぶ。通り過ぎた敵を掴み、投げ飛ばす。


衿元からたなびく毛皮。孫堅。

馬群が通り過ぎた刹那、敵の動きが止まる。押し返す。


二度目の逆落としにも、最後の援軍にも耐えた。


――勝てる。


背後で叫び声。何が起こった?

反対側の陣形が乱れていくのがわかる。


左翼が崩れた。挟撃されたのか。

前線では、状況が全く掴めない。


丘の上から鉦が鳴る。

騒がしい。何だ?


味方が去っていく。一人取り残される。


――そうか。退却。


早いな。流石だ。

合図が身体に染みついている。考える前に動けるんだ。

俺も素直になれたら……孫堅に。


追いつくか?

いや、無理だ。ならばせめて残って、僅かでも敵を食い止める。


「持衰!」


首根っこを掴まれる。

広い背中が視界を遮る。

俺に襲いかかってきた敵の首を斬る。


「走るぞ!」


残ってくれたのか? 俺のために。


背後から、左右から、敵が迫る。

時に振り向き、敵を倒しながら後退していく。


――このままなら。


馬蹄の音。騎馬が迫ってきている。槍を持っている。


首長は別の敵に気を取られてる。

刃が吸い込まれる。首長の首に。


緩やかな世界。脚を動かす。憎たらしいほど遅い。


刃が首にめり込む。

少しずつ、胴から切り離していく。


――やめてくれ。頼む。


鮮血を迸らせ、首が舞う。

ゆっくり。くるくる。


顔が俺の方に向く。

大きく見開いた目。

驚いているような。悲しんでいるような。


……俺を呪うような目。




「何が起きた……?」

戦場においても動じることの少ない孫堅が、驚きを隠せなかった。

持衰を救うために首長が戻った。

元々そのつもりだったのだろう。

持衰が退却の合図に気づかぬとわかっていて、自身も命令を無視したのだ。


持衰と共に、こちらに向かって走ってくる。

数人倒しただけでも驚異的だ。

だが、無事に辿り着けるわけがない。


騎馬が首長に追いつく。首が舞う。


――貴重な倭人の指揮官を……。


戦場に感傷は無用だ。孫堅はこの若さでそれを心得ていた。

性根は心優しい男だ。だからこそ、多くの兵の命を救うために、戦いにおいては冷酷に徹する。


倭人隊をどう扱うか?

首長と持衰を同時に失った倭人たちは戦意を喪失するかもしれない。

いや、復讐心を煽ればかえって士気が増すか?

冷静に次の手を考える。


その思考が――止まった。


「何が起きた……?」


二つの首が飛んだ。持衰のものではない。

血飛沫が飛ぶ。


「持衰なのか……?」


体捌きは素人。扱い慣れている気配はあるが、剣筋は滅茶苦茶だ。

なのに、敵の攻撃をことごとく躱し、持衰が剣を振るたびに敵の首が飛ぶ。

「持衰が…、人を殺している…」


いつの間にか、敵の追撃は止んでいた。

持衰ただ一人に、数千の敵が足止めされている。


――美しい。


思わず見惚れてしまう。

それはこの場にいる孫堅軍すべてがそうであった。


孫堅ははっとする。しばし指揮を忘れていたのだ。

「陣を組み直せ! 持衰を救援するぞ!」

兵たちも我に返り、陣形を組み始める。

「ヤツは本当に……神なのか……?」



敵の動きが緩慢になっている。

剣を振り上げる。振り下ろす。


遅いな。じっと剣先を見上げる。

まだ届かない。いいのか?殺すぞ?


剣を一閃する。呆気ないほど簡単に、敵の首が飛ぶ。

もっとマジでやれよ。ふざけてるのか?


どいつもこいつも急にやる気を失ったようだ。

ダラダラ動きやがって。何かの罠か?

少し警戒した。でも簡単に死んでいく。


「持衰!!」


馬。髭面のブサイク野郎。


「李魁……」

「雑魚どもを殺してくれてありがとよ。食い扶持が減って丁度いいぜ。けどな、もう十分だ。そろそろ死んでくれ。」


李魁が馬から降り始める。

その動作も遅い。


早くしろよ。退屈だな。

まあ、いいや。殺そう。


李魁に詰め寄る。剣を突く。身を捻って躱したが、鎧を裂いて傷がつく。


「てめぇ……!」


なにキレてんだよ。お前がのろいのが悪いんだろ?

「てめぇの首も飛ばしてやるよ。そこに転がってる奴みたいにな。」

「転がってる……?」


足もとを見やる。首。たくさんある。それがどうした……。

コツン。つま先に当たる。首。


見覚えがある。コレは。この人は……。


叫び声。やかましい。俺だ。俺の声。


首長。死んだ。俺のせいで。


「気が触れやがったのか。人が死ぬなんて当たり前だろうが。」


笑った。笑いやがった。首長が死んだ。俺の親父が死んだ。それを笑った。


許さない。殺す。苦しんで、泣き叫んで、みっともなく、汚く、恐怖して、後悔しながら死んでいけ。


槍が突き出される、弾く。力の流れがわかる。どこを押せば乱れるのか。

李魁がたたらを踏む。腕を斬り落とす。手には槍が握られたままだ。


絶叫。


周りの奴らが襲ってくる。邪魔するな。後で殺すから。

腹を裂く。首を飛ばす。喉笛に刃を立てる。


李魁が背を向けて走る。

めんどくさいな。脚も斬り落とすか。


そう思ったら、李魁の首が飛んだ。


馬が走り去る。続いて兵が走り去っていく。

倭人達もいる。泣いている。何か叫んでる。首長。


李魁の首を持って孫堅が騎乗したまま近寄ってくる。


「邪魔するなよ。俺が殺すはずだったのに。」

「お遊びではないんだ。お前のつまらん復讐心を汲んでやる余裕はない。」


復讐……。誰の?決まってる。親父の復讐だ。

転がってる親父の首を拾って抱える。


「俺の親父が死んだんだ。」

「……」

「なあ、俺のせいか?俺のせいで親父は死んだのか?」

「ああ」


頬に涙が伝う。泣いてる。泣いてるのか。自分で殺したくせに。


「首長殿の御首みしるしは戦のあと、責任を持って弔おう。他の兵とともにな。」


孫堅を見上げる。顎をしゃくると、孫堅に侍っていた兵が、俺から首を預かる。


「生きてる兵はまだいるんだ。お前にはまだ働いてもらう。これ以上仲間を殺すな。」

「ああ、そうだな。」

「城内に兵は僅かしか残っていないだろう。お前は城に潜入して門を開けてこい。城への潜入経路はわかっている。こいつに案内させる。」


別の兵が前に出る。

「さっさと終わらせて来い。そうすれば、失う命も少なく済む。」

「わかった。おいお前、俺の後ろについてこい」


俺は駆け出した。敵のど真ん中に突っ込んでいく。


「じ、持衰様。迂回路から進めば安全に……!」


何か言っているが、俺は気に留めない。

このまま真っ直ぐ橋を渡ったほうが早いだろ?


味方を掻き分け、前線に躍り出る。そのまま敵陣に食い込み、邪魔な敵だけ斬り捨てていく。


やがて敵陣を抜けた。

「おい、どっちだ?」

「ひ、左です!」


左に折れ、柵の角を曲がる。

「そ、その井戸から」

なるほど、いざという時の避難経路か。

数人の敵が追ってきていた。全員斬り伏せる。


「お前はもういい。その辺に隠れてろ」


一人で井戸に飛び込む。着地し、駆ける。


向こう側は洞窟の出入口のようになっていた。

建物の中、見張りの兵。こちらに気づく前に斬った。


外へ出る。城門は遠い。兵も多い。

反対側に一際目立つ邸。


迷わずそこへ駆け込む。番兵。たたき斬る。

奥から何人もの兵。斬る。殺す。斬る。死ぬ。


奥の間。扉を蹴破る。


女達。奥に一際目立つ巨漢。身なりがいい。


――許昌。


呆けた顔。何が起きているかも分かっていない。首を飛ばす。間抜けな顔のままだ。


手にぶら下げて外に出る。

邸の前に兵の群れ。俺の手元に目がいくと、口々に喚き出した。


「許昌様……!」と聞こえた。


やっぱりこれが許昌か。


兵に歩み寄る。

「門開けろ」


兵はがくがく震えながら頷くと、走り去っていく。

俺は歩いて後を追う。


門が開かれる。外に出る。

兵士達の動きが止まり、こちらを仰ぎ見る。


許昌を掲げる。歓声と悲鳴。


「見よ!貴様らの長、許昌は討ち取った!勝敗は決した!今すぐ武器を捨てろ!」


孫堅が叫ぶ。しばし、躊躇っていたが、やがてそれぞれ武器を投げ捨てる。


「終わったね。」

静かな声。

ナビ。悲しそうな目。


どうしたんだ?いつもだったら、「越権行為」とか言って怒るだろ?


「お疲れ様。ありがとう」


泣いてる。でも、優しい声。包み込むような。

なんで礼を言うんだ?いつもなら……。


「許昭様!」


そう呼ばれたのは若い男だ。どことなく許昌に似ている気がする。

短剣を持っている。俺に向かってくる。


殺す気か? なら、殺さなきゃ。


剣を振り上げようとする。――腕が上がらない。


どうした?

足も震える。

目が霞む。

男の顔が見えなくなる。


腹に激痛。刺されたのか?

そのまま倒れる。


男が馬乗りになる。

また、刃が腹に食い込む。

何度も。何度も。


「持衰!」


孫堅。男の首を斬る。

俺を抱きかかえる。


孫堅。呼びかけようとした。

かわりに血反吐を吐いた。


「よくやったぞ。友よ」


友達?……嬉しいな。

俺、お前に認められたかったんだ。

でも、友達だなんて言ってもらえるなんて、出来過ぎだ。


「しゅ、ちょ……」


咳き込む。駄目だ。しゃべれない。

親父のこと、ちゃんと弔ってくれよ。

墓の場所は俺が決める。

仲間達も何人も死んだ。一緒に埋めてあげれば、きっと寂しくない。


孫堅の向こう側に、ナビの顔も見える。

まだ泣いてる。悪かったよ。心配させて。

ちゃんと謝るから、機嫌なお――


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