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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第一章

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第二十話 決戦

実際、孫堅軍の勢いは凄まじかった。

一時は万を超えるとも言われた許昌軍も、句章県ほか三県に及んでいた影響力を削がれ、数々の根城を制圧されていた。

徐々に徐々に締め上げられた結果、いまやその活動範囲はほぼ句章の内に限定されつつある。


「……だが、まだ油断はならん」


その夜、俺は首長の家にひとり呼び出された。

「隣のぼう県やぎん県の許昌の勢力はほぼ完全に一掃された。一見押しているように見える。が、その分許昌は句章の地盤固めに専念している。」

「闇雲に広がらずに密度を増すことで、寧ろ許昌軍は手強くなってるってことか?」

「その分的を絞りやすいがな。決戦が近いということだ。」

確かにそうだ。許昌が固まってくれているのなら、そこを突けば一網打尽にすることができる。


「今は中秋、刈り入れの最中だ。農を捨ててまで決戦に出ることはあるまい。

まずは収穫を終えて兵糧を蓄えるのが先決だろう。となれば、兵を大きく動かすのは早くとも冬以降になるはずだ。」


つまりは来年か……。

許昌が閉じ籠もっているおかげで、句章以外の民は平穏を取り戻しつつある。

だが裏を返せば、この地の人々にその分の被害が集中しているということだ。

孫堅も、早く決着をつけたいと考えているはずだ。


「そういった事情で、一旦は調練を打ち切る。外に出ている仲間も召還し、まずは農事に専念してもらう。それが終わり、準備が整えば――」


最終決戦か……。


「首長、その際に俺は……」


孫堅は月に一度ほど、この村にも顔を出す。

だが俺と彼が言葉を交わすことはない。

孫堅は俺など意に介さず、俺も俺であの一件以来気まずくて、自分から話しかけることができなかった。

その違和感には、首長なら気づいているだろう。


「うむ。司馬殿は“持衰の従軍は不要”と言っていた。

だが我らにとってお主は心の支柱だ。大戦の場にその姿があれば、それだけで士気は上がる。

お主が殺生を嫌っていることは分かっている。だからこそ、神より特別な力を賜ったのだろう。ゆえに前線に出ろとは言わぬ。後ろから我らを見守ってくれるだけでよい。……頼まれてくれぬか?」


首長は深々と頭を下げた。こんな俺に。


「俺に、まだできることがあるなら」

「感謝する」


――感謝するのは、俺の方だ。


この時代に馴染めず、村の人間とも打ち解けられなかった俺を、あんたは常に見守ってくれた。

転生後の母親はすぐに死に、父親が誰かも分からない。

そんな俺にとって、あんたは本当に親父みたいな存在なんだ。


孫堅にどう言われようと、俺はこの人のために――俺にできる戦いをしよう。

そう固く、心に誓った。



山の頂からは雪解け水が流れ出し、まだ寒さは残るものの、かすかに春の気配が感じられるようになっていた。


孫堅は冬の間も寡兵を率いて各地を転戦した。

句章県下の民は許昌の横暴に辟易しており、しかも農閑期ということもあって人の集まりは良かった。

新兵の調練を進めつつ部隊を編成し直し、総勢――およそ一千人にまで膨れ上がっていた。


しかし、漢に不満を持つ人間はそれ以上に多い。許昌の叛徒に加わる者も多く、許昌軍は本拠とその近辺において六千を超える規模にまで回復していた。


「これ以上は数を増やせまい。句章の外への糧道は断ってある。……そろそろ、亀の首を出す頃合いだな」


孫堅の読み通り、許昌は軍勢を城外に繰り出してきた。

句章を包囲する孫堅軍を蹴散らし、再び支配範囲を外部へ広げようとする動きだった。


「数を増やせば食い扶持に困る。だが規模を縮小すれば俺に叩き潰される。――許昌に残された道は一つしかなかった、というわけだ」


孫堅は倭人を含め、自らの全兵力を結集させた。

許昌の根城を背に展開する敵を迎え撃つ形で、両軍は対峙する。


――いよいよか。


西暦174年。孫堅は、いやおそらく許昌も。この戦いを最終決戦にするつもりだろう。


俺も首長の願いに従い従軍し、孫堅の麾下とともに、全体を見渡せる小高い丘の上に陣取った。

孫堅は俺に一言だけ声をかけた。


「余計なことをするなよ」


それだけだった。

従軍すること自体は、どうやら首長が話をつけてくれていたらしい。この場にいることまでは拒まれなかった。


孫堅とその麾下は皆、騎馬隊。全員が馬上にある。

だが俺は馬に乗れないので、ただその場に立ち、観戦するしかなかった。


ここからなら、許昌の城がよく見える。

山間の盆地に築かれ、柵は二重に張り巡らされている。正面には川が流れ、橋が一つ架けられていた。有事の際は橋を落とし、侵入を阻むのだろう。

素人目にも、簡単に攻め落とせる構えではないと分かる。


――あの孫堅が、二年かけても落とせなかったはずだ。


だが今は、奴らの方から出てきてくれている。

イタチごっこのように、外へ打って出てきた敵を少しずつ討ち取り、包囲の網をじりじりと狭めていく。

二年に及ぶ孫堅たちの気の遠くなるような戦いが、ようやく実を結びつつあった。


「かかれ!」


孫堅の合図とともに、戦鼓が腹に響き、軍旗が大きく振られた。

前列にいた歩兵部隊が一斉に突進する。

その数、およそ九百。残りの百騎は孫堅自らが率いる騎馬隊だ。


あの歩兵の中に、首長が率いる倭人隊の姿もあった。


やがて、許昌軍が正面から進撃してくる。

数は二千ほど。報告によれば、指揮は李魁が執っているらしい。

さらに敵歩兵の後方には数百騎の騎馬隊。その中に李魁本人がいる可能性が高い。


今、外へ打って出ているのはこの二千。

残る許昌の兵力は四千足らず。城の周囲には砦が張り巡らされており、その四千がどの割合で分散しているかまでは分からない。

だが、何か動きがあればすぐに察知できる。


この二年の間に、丘陵だらけの周辺は調べ尽くしてある。

伏兵はいない。

――今は目の前の敵に、全力をぶつければいい。

敵は倍の兵力。すぐに包囲されそうになる――だが、地形が味方した。

小高い丘が戦場を区切り、許昌軍は左右に広がりきれない。


さらに兵の練度が違いすぎた。

孫堅軍は次々と敵を薙ぎ倒し、前へ、前へと押していく。


その時、鉦が打ち鳴らされた。

歩兵の前進がぴたりと止まり、味方の前衛が後退を始める。

勢いづいた敵軍が遮二無二追いすがる。だが進軍速度はまちまちで、足の速い兵だけが突出し、先端が細い矢の形になる。


そこへ、入れ替わりで前進してきた味方の後衛が包み込み、突出した兵を殲滅。

前に出すぎる前に鉦の合図で下げ、前衛と後衛を交代させる。

兵を休ませつつ、後退の動きすら誘導として利用する。


――完璧なタイミングで指示を出す孫堅も流石だが、一糸乱れぬ動きで応える兵たちにも惚れ惚れする。


劣勢と見たか、敵の騎馬隊が動いた。

先頭を駆けるのは、やはり李魁。数は百数十騎、こちらより幾分か多い。


「行くぞ」


孫堅が短く叫び、半数を残して飛び出した。

五十騎の騎馬が李魁の馬群に真っ直ぐ突っ込む。


――まただ。あの時、俺が見た風のような動き。

一陣の嵐のように駆け抜け、瞬く間に李魁の騎馬隊に迫る。歩兵部隊から引き剥がし、その間に味方がさらに押し進めていった。


すでに、外に出ていた敵兵の半数は討ち取られているようだ。


「こっちにも多少は被害が出ているが……倭人隊は無事らしいな」


孫堅軍の構成は、騎馬隊百、主力三百、寡兵五百余、そして倭人隊七十ほど。

数は少ないが、倭人隊も一年近くみっちり訓練を積んできた。

寡兵や許昌軍のゴロツキどもとは雲泥の差がある。


だが――ここで戦況が動いた。


城門の左右の川に舟が並べられ、橋と化す。

さらに正門が開かれ、新たな敵兵が雪崩を打って飛び出してきた。

正面の橋と、左右の舟橋。三筋の渡河路から次々と敵兵が押し寄せる。

舟橋を渡った兵は丘陵の影に姿を消すが、その列は途切れない。

やがて正面の橋を渡った五百ほどがこちらに殺到し、味方の陣形を大きく揺さぶった。

先程までの敵とは段違い――遠目にも分かる。おそらく許昌の主力だ。


だが孫堅軍も負けてはいない。すぐに陣を立て直し、踏みとどまる。


その間に舟橋を渡る列はいつの間にか途切れていた。全員渡りきったのか。

すると左右の丘陵に、敵の影が現れる。

橋を渡った兵と合わせて二千ほど。丘の上から一斉に駆け下りてくる――逆落としだ!


戦鼓が激しく鳴り響き、旗が振られる。

歩兵の両翼が素早く側面へ向きを変え、不意討ちは防がれた。

だが衝撃は絶大で、右寄りに展開していた倭人隊にも敵が肉迫する。


「斬られた……!」

遂に倭人にも被害が出た。敵の攻撃はなおも続く。

全体としてはまだ優勢だが、このままでは損害が膨らむ。


李魁の騎馬隊の相手をしていた孫堅が援護に回る動きを見せる。

その時、信じられないことが起こった。

李魁は騎馬を半分にわけ、自分のいない方の部隊を孫堅に突っ込ませた。

50騎対100余騎でようやく互角だったんだ。半分にしてしまっては殲滅させられるだろう。

だが、李魁構わずに孫堅を無視して、歩兵隊の方へ駆けていく。

僅かに足止めすれば十分。その間に先に歩兵を潰滅させるつもりか。


味方を捨て駒にする。

思えば開戦時、主力隊を先に布陣させなかったのも、精鋭部隊の被害を抑えるために、わざと先に雑兵を当てたんだ。

兵力が減っても、最終的に孫堅を倒せれば、味方の被害などどうでもいいのだ。


孫堅は残された騎馬隊を瞬く間に蹴散らし、李魁を追う。

速度では孫堅が勝る。だが歩兵への襲撃は目前――追いつけるか。


孫堅が剣を振り上げると、俺の側で待機していた騎馬隊が一斉に飛び出した。

前線へはここからの方が近い。このタイミングなら援護は間に合うだろうが……。


「伝令!」

早馬が駆けてくる。

「近隣の砦から増援が出た! 総数は千五百!」

「……何だと!?」


見上げれば、城から狼煙が上がっている。――増援への合図だ。

孫堅も気づいているのだろう、視線を城へと向けていた。

このままじゃ……


「おい! お前!」

俺は伝令に怒鳴った。

「敵の動きは伝えたな!?役目は果たしたろ!?なら次は俺を馬で前線へ運べ!」

「な、何を言ってる……お前は誰だ!?」


クソッ、一秒でも惜しいのに!


「俺は持衰じさい!神と通じ、その力を顕現せし者!倭人の救世主だ!」

――もう勘違いでも出任せでもいい。

目の前のこの男を納得させるためなら、俺は何にでもなってやる!


「神の化身であるこの俺が――お前らを救ってやる!!」



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