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倭国大乱  作者: 明石辰彦
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第二話 そして現代

大学生活が始まって、まだ数か月。

正直、特に不満はない。親も普通、友達もそれなりにできて、授業もまあまあ面白い。

だけど、心の奥底にいつも小さな棘みたいなものが刺さっている。


「……このまま、何も成さずに歳を取っていくんじゃないか」


そんな不安が、ふとした瞬間に頭をよぎる。

何か大きな夢があるわけじゃない。やりたいことが明確にあるわけでもない。だから余計に、未来が空っぽに感じられる。


唯一、俺が本気で興味を持てるのは歴史だ。

遠い昔に名を残した偉人たち。国を作った者、戦を指揮した者、文化を築いた者……。

自分みたいに「特別な何か」を持たない人間からすれば、彼らは眩しすぎる存在だ。


それでも――いや、だからこそだろうか。

彼らの生きた痕跡を知りたいと思う。

彼らが積み重ねてきた歴史というドラマの全体像を、この目で見たいと思う。


だから俺は、史学科のある大学を選んだ。

現実逃避だって自覚はある。それでも、もし本当に過去を見つめ直すことができたら……そのとき俺は何かを掴めるんじゃないか、なんて、勝手に想像してしまう。




その日も俺は机に向かっていた。

ノートの上には、ぎっしりと年代や人物名が並んでいる。

「紀元前一世紀……邪馬台国……卑弥呼……」

口の中でぶつぶつ唱えながら、眠気と戦っていた。


歴史の勉強は嫌いじゃない。むしろ楽しい。だけど、夜の静かな部屋でひとり延々と書き写してると、どうしても集中が途切れる。

「ふあぁ……。俺、こんなんで大丈夫かね……」

ペンを置いて天井を見上げた、そのとき。


ふいに、視界の端がちらっと光った。

最初はスマホの通知でも点いたのかと思った。でもすぐに間違いだと気づく


「……は?」


部屋の扉が開いている。

その向こうにあるはずの廊下が見えない。

なぜなら扉の向こうは眩い光に包まれいて、それ以外の物が何も映らないからだ。


「え、どうなってんの……?」


煌々と輝く光で視界が潰されそうになった時、僅かに影が見えた。

その影が少しずつ大きくなってくる。


「……人?」


大きくなるにつれそのシルエットは人間のそれに近いと気づき、自分の方に近づいて来ているのだと理解した。

それ以上の状況が分からない俺の脳は思考を放棄し、怖がればいいのか驚けばいいのかの判断すらもできないのか、感情を置き去りにしたまま、ただ俺は呆気に取られてその人影を見つめていた。


そして、


「こんばんは〜!!」

「………ッ!?」


驚くほど明るく元気なかけ声とともに、遂にその人物が姿を現した。


その声に思わずのけぞった俺は、次の瞬間、光の中から現れた姿に息を呑んだ。


緑――。 いや、ただの緑じゃない。草木の朝露みたいに透明感のある髪が、さらさらと波打って腰まで流れている。 その髪の合間に小さな花飾りがのぞいて、光を受けてきらきら輝いていた。


肌は淡く光沢がかって、ほとんど発光体みたいに見える。


そして服。 ミント色のワンピースっていうかドレスっていうか……。布地がやたら軽やかで、風もないのにふわっと広がっている。 リボンで結ばれたウエストがやけに愛らしく、全体のシルエットも妙に神秘的だ。


顔は――やばい。 緑の瞳がこっちをまっすぐ見て、にっこり笑っている。透き通るような肌に少女漫画のヒロインかってくらいの破壊力。


なのに、なんだ…?

人間として心惹かれない。

息を呑むほど美しいと感じてはいる。ただ、その感情は雄大な山々を、青く輝く大海原を、綺羅びやかな星空を眺めた時のような感動だ。


「俺は、彼女を人間として認識していない?」


よく見たら尖ってる耳の形とか、そんな理由じゃない。

本能が、DNAが、遺伝子レベルで彼女を生物ではないと理解しているような。

初めての感覚なのに、なぜか俺は確信してしまっている。


口を半開きで、さぞかしだらしない顔をしているであろう俺に向かって、彼女は相変わらず微笑みながら口を開く。


「はじめまして!わたしはナビゲーター。」

「………?」

「名前とかはないから、適当にナビって呼んでいいよ!」



あまりにも軽快な自己紹介に、俺は思わず固まった。


……いや待て。今の状況を冷静に整理しよう。 部屋の扉の向こうから謎の光が溢れ出し、そこから現れた美しすぎる存在が、満面の笑みで「ナビって呼んでね☆」とか言っている。


「……あの、君……えっと、神様? 妖精? 宇宙人?」 「ん〜、そういうのじゃないんだな。君たちの主観での宇宙人はいるけど、神様はいないし。わたしはこの世界の必要に迫られて発生した現象でしかないの。風とか雨とか炎とか、そういうのと一緒。単なる自然現象」


自然現象?じゃあ何か?今俺はお空に浮かぶ入道雲さんとしゃべってるってか?

そんなバカな話しがあるか。と言いたい所だが、最初にこいつを見た時の俺の感覚にピッタリ当てはまってしまう。頭では理解できないのに、魂が納得してしまうような。


「えーと……ナビさん?」 「さん付けいらない! 友達みたいに話して!」


「えっと、じゃ、ナビ……?」 「はいっ♪」


妙に可愛い返事だ。 ……いやいや、なんでこんなやり取りを素直にしてるんだ俺。そもそも状況おかしいだろ。光! 発光体! 突然現れた! なのに言葉のノリは完全に陽キャ!

いや、光ってりゃそりゃ陽キャか?


俺の頭の中は、疑問符とツッコミで飽和状態になっていた。



どう返したもんか。

とりあえず雰囲気に似合わず、意外と陽気な話し方だ。



「……で、その自然現象さんが、なんで俺の部屋に?」


「あ、それは簡単! 君を呼びに来たんだよ!そのために私はここに遣わされたんだから」


「遣わされた……? 誰に?」


「誰とかはないの!さっきもだけど、神様なんていないんだから。あるのはこの世界に存在する理だけ。そこに意志なんてない。そして必要なのが“君がそこに行くこと”なの」


「『行くこと』ってどこに!? 俺いまレポートの締切に追われてんだけど!?」


「この状況でよくそんなこと気にしていられるね?」


確かにこんな超常現象にみまわれて、レポートどころの騒ぎでないのは確かだが…、どこまでいっても俺は現実を忘れられないのだ。

少し悲しくもあるが…。


「当たり前だろ!俺の単位の方が大事だわ!!」


ナビはきょとんとした顔をして、次の瞬間ニヤリと意地悪そうに笑った。


「心配しなくても君が来てくれないと単位どころか世界丸ごと消えちゃうよ。そうしたらどのみち単位なんかどうでも良くなるでしょ?」


「は?どういうことだよ?」


「その前にさっきの質問の答えだけど、キミには過去へ行ってほしいの。はるか昔から今に至るまでの歴史を観測してほしいの!」


「観測しろって……何で俺が、そんなことを?」


俺の問いに、ナビは腰まで流れる緑の髪をふわっと揺らしながら、わざとらしく人差し指を立てた。


「ふっふっふっ、あるんだな〜、これが」


なんでそんなノリノリなんだよ……とツッコミかけたが、彼女は続ける。


「いい? 歴史ってね、完成品じゃないの。高次の世界から見れば、まだ“織りかけのタペストリー”みたいなもの。  人が見る・語る・書き残すことで糸が締まって模様がくっきりする。でも、誰も見なければ解像度が落ちて“綻び”が広がっていく。  放っておけば、その部分の歴史は……最初から無かったことになるの。」


背筋がひやりとした。 歴史が、無かったことに?


「だから君みたいな観測者が必要なんだよ。穴の空いた区画を歩いて、ちゃんと“見る”。それだけで糸は締まって、歴史は強固になるんだ。」


「見るってどうやって……。あんたみたいに色んな所に瞬間移動しながら、タイムトラベルして周るのか?」


「え?……いやいや、そんな人間離れしたことできるわけないでしょ!?」


そういうとナビは変なツボに入ったのか爆笑しはじめる。

理不尽な羞恥心に苛まれながらも、コイツの笑顔はやはり可愛いな。なんて思ってしまうのが悔しい。

ていうか、過去に行くって時点で充分現実離れしてるだろ。


「キミには実際に過去の世界に降り立って、その場所の住人として生活してもらいます」


「実際に生活って。あの、先生。どの時代の何処に行くのか知らないけど、いきなりそんな過去の世界に放り出されても何にもできないんじゃ……。最悪死…」


「だ〜いじょうぶだから!その辺はナビゲーターであるこの私が、うまいことやってあげるから!」


不安だ。


「……でもさ。俺が干渉したら、その歴史、変わっちゃうんじゃないか?」


ナビはにやっと笑って、まるで用意していたかのように言葉を返す。


「いい質問!そう、過干渉は分岐を生む。でもね、歴史ってのは大きな川の流れみたいなものなの。石を投げ込めば波紋は広がるし、支流もできる。だけど結局、川は同じ海へと流れ着く。つまり細かい分岐はあっても、大きな結果は収束するようにできてるの。」


「……じゃあ、もし俺が何かを助けたり、邪魔したりしたとしても?」


「別の誰かがその役を担って、結局は似たような歴史に落ち着くよ。でも、波紋が多すぎると観測が追いつかなくなる。そうなると逆に“綻び”が広がっちゃう。だから君の役割は、川を動かすことじゃなくて、流れをちゃんと見届けることなんだ。」


俺は黙り込んだ。 なんだそれ、聞けば聞くほど胡散臭い……のに、不思議と腑に落ちてしまう。 本能のどこかが「これは真実だ」と囁いているようで、余計に逃げ場がなかった。

またあの謎の「確信」だ


ナビはそんな俺の戸惑いをよそに、にっこり笑顔を浮かべて言った。


「そんなに悩んでてもさ、私がここに発生した時点で、キミはもう私と一緒に時間の旅に出ることは決まってるんだよね」


「どういうことだよ?」


「キミさ、歴史だ〜いすきでしょ?」


その一言に、俺は反射的に言葉を失った。


「……っ」


たしかに、俺は歴史が好きだ。偉人の生き様を知るのも、時代の流れを追うのも、過去と今とが一本の線でつながっていると実感できるのも。 それが唯一の救いで、現実からの逃避でもあった。


でも、それをこの状況で指摘されると――まるで心の奥を見透かされたようで、背筋がぞわっとする。


「……だからって、だからって俺が“観測者”にならなきゃならない理由にはならないだろ!」


「なるんだな〜、これが♪」


ナビは人差し指を俺の胸にちょんと突きつける。

「キミが歴史を愛してるからこそ、“見届け役”に選ばれたの。別に神様の意志とかじゃなくてね。単純にこの世界の理が、キミの性質とピタッと噛み合っちゃっただけ」


「理……? いや待て、そんなスピリチュアルな……」


「違う違う。むしろ科学的。三次元より高い次元から見れば、時間は一本の線じゃなくて織物みたいに広がってる。そのタペストリーに“穴”が空いたら、誰かが糸を締め直さなきゃならない。で、それがたまたまキミだったってわけ!」


……たまたま、で世界の命運背負わせるなよ。


俺は額を押さえて天を仰いだ。もう笑うしかない。


「ね?行こうよ!これは君のやりたかったことでもあるんだよ!?」


「やりたかったこと?俺にそんなもの…」


目標もなく、それなりに楽しいって思える物に夢中になったフリをして、充実してるって自分を騙して……。

でも、ふとした時に虚しくなって。

このままは嫌だと思ってるのに、自分が何をしたいのか分からなくて。


「そんな俺に、したい事なんてないだろ」


「違うよ?キミはずっと願ってた。同時にキミの願いが叶わないことも痛いほど分かってしまっていた。閉じ込めて、見ないようにしていた」


そしてナビは柔らかく笑った。さっきまでの人をからかうような笑い方ではなくて、優しく包み込むような、慈しみに満ちた笑み。


「キミはどうしようなく、この世界の物語を観てみたいんだよ」


そしてナビは俺に手を差し出す。


こいつの言葉は何でこうも俺の心の核心を突いてくるのか……。


「あー、もう、」


俺は差し出されたナビの手を握った。


「決まりだね。私もしっかりナビゲートするから、これからよろしくね」


今度はまた満面の笑みを俺に向ける。

まったく、表情豊かなやつ。

オレもつられて笑顔になってしまう。


そして、






ギラリ、とナビの瞳が光ったーー気がした。



いきなり掴まれていた手をぐいっと引っ張られ、もう片方の手で肩をガシッと押さえ込まれる。

あっという間に背後を取られて、俺は慌てて振り向こうとした、その瞬間――


ガンッ!!


「ぶふぉっ!?」


後頭部に衝撃が走った。目から火花、いやホントにバチバチっと火花が飛んだ。

絶対飛んだ。そしてオレは部屋の床に倒れ伏す。

ナビに殴られたのだと理解するのに時間がかかった。

ヤツは笑顔のまま拳を握り締めていた。そしてその拳は光り輝き唸りを上げていた。


絶対ヤバいやつじゃん。それ


「ちょ、な、なに…を…」


「あ、安心して? これが一番手っ取り早い転送方法なの」


「絶対もっと、優しい方法……あっただろ……」


床に突っ伏す俺の視界がぐらぐら揺れ、意識が遠のいていく。

なんかもう、部屋の天井が二重三重に見える。


「え、これ……俺、ほんとに死ぬんじゃ……」


眼をとじる直前、ナビを見上げると、ナビは相変わらず優しい笑みを浮かべていた。

でも何故だろう。ひどく悲しそうに見えた。


「ごめんね。多分凄く、辛い思いをさせる…。」


最後に何か言っていたが、その声は俺の耳にははっきりと届かなかった。




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