↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭国大乱 観測者は全ての歴史を見届ける  作者: 明石
第一章 後漢末期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/264

第十六話 戦場の記憶

さらに進むと、街道から南へと細い道が分かれていた。

そこが倭人どもの村へ続く唯一の道である。


三日前と同じように馬を進めるが、道は狭く、十騎も並んで通ることはできない。

やむなく一列になり、李魁はその中ほどに位置した。


木々に囲まれた狭道を抜けると、視界が開ける。

そこに広がっていたのは、三日前とはまるで違う光景だった。


村の入口に、粗削りながらも太い丸太を組み合わせた柵が築かれている。

その背後には見張り櫓が新たに建ち、上には倭人の男が立っていた。

弓を手に、こちらを鋭く睨み下ろす。


「止まれ」


声が森に反響する。


「ここは我らの村だ。これ以上断り無く進むのはご遠慮願おう」


三日前まで無防備に近かった小さな集落が、短い日数で牙を剥いていた。

李魁は鼻で笑い、馬上からその光景を見据えた。


「我は先日訪れた、陽明皇帝配下の将軍、李魁である。約束通り許昌様に盟するかの返答を伺いに参ったが……、どうやら返答は聞く必要もないようだな」


李魁はそこでニヤリと笑う。

期待通りだ。

手を頭上に掲げ前に振る。突撃の合図だ。

騎馬九騎が一斉に柵へと突進する。

地を蹴る蹄の響きが轟き、土煙が上がった。その瞬間。


先頭を走る三騎のうち二騎が、前のめりに転倒した。

馬の脚が斜めに突き出た逆茂木に絡まり、勢いのまま横倒しになる。

騎手は地面に叩きつけられ、呻き声を上げた。


残りの兵も目を見開き、柵の前で慌てて手綱を引く。


「な、何だこれは」


その刹那、柵の上から矢が一斉に射かけられた。

鋭い風切り音と共に矢が雨のように降り注ぎ、馬上の兵が次々とよろめく。

一人は肩に矢を受けて落馬し、土の上を転げ回った。


「下がれ」


李魁の怒号に、残る騎馬は矢の届かぬ位置まで退く。

戻ろうとした兵の一人が胸を射抜かれ、泥に崩れ落ちた。


李魁は鼻を鳴らし、口端を歪めた。


「……逆茂木か。蛮族の分際で、なかなか知恵が回るじゃないか」


苛立ちよりもむしろ愉悦が勝っていた。

こうでなくては意味がない。血を流させてこそ、戦は愉しいのだ。

李魁は部下に角笛で合図を送らせる。

これで今ここにいる兵以外にも、この状況が伝わるだろう。




見張りの報告では李魁は10騎でやってきたそうだ。

仲間が牽制した途端に突撃してきたようだったが、逆茂木と矢が効果を発揮して、止めることができたようだ。


このまま諦めてくれればいいんだけどな……。


そう思った矢先に角笛の音が辺り一面に鳴り響く。


「援軍への合図であろうな」


俺の隣にいた首長が呟く。

その言葉通り、長い静寂のあと再び柵の外が慌ただしくなる。


「射かけろ」

「ありったけ撃ち込め」


仲間の怒号も響いてくる。

そして、門が激しく揺れる。


「柵にとりつかれたか」


俺の剣を握る手に力がこもる。

そして、


大きな音を立てて門が破られ、兵が殺到してくる。

20人以上はいるか?

いや、その奥にも兵が見える。

数は同数か?

李魁は?

後ろで指揮を。


瞬間の思考の後、駆け、敵に肉迫する。

目の前の兵が剣を振る。

見える。

横に避け、敵の剣を思い切り弾く。

火花が散って相手の剣が宙に浮く。

右脚で蹴り込み吹き飛ばす。

次。

今度はこちらから攻めかかる。

近くの別の敵兵の頭を剣の側面で殴打する。ある程度加減したから死んではいないはずだ。


他の仲間も、李魁の兵達と斬り結ぶ。

全体に瞬時に目を走らせ、押されている味方の援護に素早く回る。


いける。観測者補正が働いて、戦場全体がスローに見える。2年ぶりの戦だが、あの時より遥かに冷静に動けてる。

これなら1人も死なせずに、この場を乗り切れる。


そこに馬蹄の響き。

何だ?

俺の方に向かってくる。

反応が遅れる。すんでで避ける。

李魁。

もう一度突っ込んでる。

どうやら俺に狙いを定めたようだ。


持衰じさい


仲間の叫び声がする。

すれ違いざま、馬の腹を薙ぐ。

嘶きが耳をつんざく。

李魁は馬が倒れるより先に飛び降りる。


「てめぇが一番強そうだな」


後方に待機していたのは指揮をするためと、最も自分が当たるべき敵を見定めていたためか。

振る舞いは粗暴だが、指揮官としての適性は持っているようだ。


俺の頬に冷や汗が流れる。

他の兵とは威圧感が全く違う。

ただ、こちらとしても好都合だ。

俺がコイツをさっさと倒せば、この戦いはそれで終わりだ。誰も死なせずに済む。


「ちょ、ちょっとあんまり過信しないでよ。前も言ったけど観測者補正は万能じゃないんだからね」


ナビの言葉に構わず、俺は裂帛の気合を込めて挑みかかる。

右上から袈裟斬りに振るが、難なくかわされる。

李魁は胴薙ぎに俺の身体に剣を走らせる。


速い。


スウェー気味に上体を反らして剣の軌道から外れる。

観測者補正が働いてるはずなのに、李魁の剣速は並の兵と変わらない速度だ。


尚も李魁は剣を振り回してくる。

確かに速いが、なんとか目で追える速度だ。それに動体視力だけでなく、反射速度も俺は強化されている。相手の動きを見極めてから動いても、十分間に合う。

李魁が剣を振り上げる。

真っ向斬り。俺は剣を横に倒して受け止める。


重い衝撃。腕が痺れる。

しまった。相手との体格差を考慮していなかった。

俺の剣を意に介さず、李魁の剣が頭上に迫ってくる。

咄嗟に後ろに飛ぶ。李魁の剣先が地面に突き刺さる。

あのまま、受けようとしてたら真っ二つだったな……


「持衰」


他の敵に当たっていた首長がこちらに駆けてくる。

どうやら自分の敵は片付けたようだ。

首長が李魁に襲いかかる。

2対1なら。

李魁が思い切り剣を振り抜く。首長が剣で弾くが、軽々と吹き飛ばされる。

でもチャンスだ。

俺は剣を握っている李魁の太い右腕に取りつく。

このまま腕を捻り上げ、剣を奪い取る。


「……は?」


びくともしない。こっちは両腕と身体中を使って李魁の片腕をとってる筈なのに、全く極まらない。

チャンスは一瞬だったのだ。李魁がもう片方の腕で俺の首を絞め上げる。

息ができない。これでは観測者補正が何の役にも立たない。


「舐めた真似しやがって」


凶悪な笑みを浮かべながら、李魁の腕に力が入る。息ができない。このままでは首の骨をへし折られる。

首長が李魁の首を狙って剣を振る。

避け様に俺はぶん投げられる。何とか受け身を取るが、酸素が足りずに目眩がする。

押されている仲間が目立ってきている。

しまった、コイツに時間を取られ過ぎてる。早く決着をつけなければ。


突然村の南側から鼓の音が鳴る。

女達に何かあった時に鳴らすようにと首長が渡した鼓の音だ。


「敵襲」

「舟だ。川からやってくるぞ」


東西に配していた10人の兵が、口々に叫んでいる。女子供を護衛するため、そちらに駆けていくのが見える。


嘘だろ。まさかそんな用意まで。

でも川からだと急斜面の下側になる。どこにこの村があるかなんて川辺からは分からない。

仮に正確な位置が分かっても、とてもじゃないが登れないはずだ。

俺達の動揺を誘う策だろうが、実際に到着するまでかなり猶予がある。


突如、李魁の哄笑が戦場を震わせる。


「あ?何嗤ってやがる?」


「三日間、お前らだけが準備していたと思ったか? 俺たちだって考える。舟で関所を抜けたんだろ? なら川筋に通じる道があるに決まってる」


確かに、川までスムーズに辿り着くための抜け道は用意してある。でも、まさかそれを……。

首長が血走った目で俺を振り返る。


「持衰。お前は南だ。女子どもを守れ。ここは私が抑える」


「だ、だけど――」


言いかけた俺の声を、首長の怒号がかき消す。


「行けぇッ」


その姿は、命を賭してでも皆を守るという決意そのものだった。

だが俺には見えている。北の柵は既に押され、首長一人で李魁を止めるなど到底不可能。

南を守れば北が崩れる。北を助ければ南が壊滅する。


どちらも捨てられない。

頭の中で何度も策を巡らせるが、答えは出ない。

胸が張り裂けそうな焦燥の中で、俺はただ走るしかなかった。


村の反対側に辿り着いた。

先に向かっていた仲間に追いつく。

良かった。間に合った。


「奴らに抜け道が知られている。そこから現れるぞ」


仲間達がハッとする。俺と一緒に抜け道まで走ると、丁度敵が出てきたところだった。

数は20人ほど。

倍の数だが、俺がいれば問題ではない。

とにかく早く片付けなければ。

相手の武器を弾き、殴り、無力化していく。

だめだ。時間がかかりすぎる。倒れた敵も、他を相手にしているうちにまた起き上がってくる。

遠くで仲間達の叫びが聞こえる。

だめだ。これ以上は無理だ。


もう、殺すしか。


突然二年前の、吉備国の兵を殺した時の手の感触が蘇る。一瞬俺は戦場にいるのも忘れてしまった。


白刃が煌めく。間一髪のタイミングでかわす。

剣を握る相手の手を引き寄せ、近づいてきた鼻柱に剣の柄を叩き込む。

よろけて背中から倒れ込む。


それでも兵が俺の周りに湧いてくる。一向に減らない。

守れない。また同じだ。


半ば絶望しかけたその時、


北側から何か大きな塊が突っ込んできた。敵味方問わずその塊を避けて左右に広がる。

それが騎馬の集団だと理解するのに時間を要した。


この上更に援軍か?


騎馬集団は突如弾けると、なんと李魁達に襲いかかっていく。

僅か10騎ほどだろうか。

先頭の男の赤と金に彩られた鎧が朝日にきらめき、統率の取れた動きで賊兵をなぎ倒していく。

李魁の兵たちが混乱し、叫び声を上げる。


「よく分からないがチャンスだ」


俺も呆気に取られつつも、味方を叱咤し攻勢に転じる。敵は俺達以上に動揺しているようだ。先程までの勢いを失っている。

だが、こちらも疲労が蓄積している。手に力が入らない。また徐々に押し返され、倍近くいる敵兵に包囲されつつある。

刹那、

目の前を風が駆け抜けた。

その一瞬で、三つの首が宙を舞う。


単騎で駆けてきた男はそのまま走り去ったかと思えば、馬首を返し、再び突き抜けた。

その瞬間、今度は四つの首が弾け飛ぶ。

残った敵はわずか十人にも満たず、慌てて北側へ走った。


俺も追いすがる。

だが既に本隊も李魁が必死に防戦している最中だった。

その背後に、先程の男が馬から飛び降り、李魁へと斬りかかる。


強い。


李魁の剣速は、兵の中でも群を抜いていた。

だが、その男の剣はさらに速く、正確だった。

流れるような連撃に、李魁は致命傷を防ぐのがやっとのようだ。

その体に次々と斬撃の跡が刻まれていく。


「……撤退だ」


李魁の絶叫が戦場に響いた。

その声を合図に、兵たちは我先にと逃げ出す。

柵の外で馬に飛び乗った李魁が、最後に悔しげにこちらを睨みつけ、そのまま土煙を上げて走り去った。


「追え」


男の声に応じ、騎馬の兵が後を追っていく。


残されたのは俺たち倭人と、賊兵の死体、そして彼だけだった。


その男が俺の方を振り返る。

年の頃は俺と変わらぬように見える。

たが、澄んだ瞳は、血と土にまみれたこの場には不釣り合いなほど無垢に見えた。もしかしたらもっと若いのかもしれない。


そして、男は笑った。

底抜けに明るい、陽光のような笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。