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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第一章

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第十四話 許昌の手

俺達は街で絹布や米を金に変え、市場で肉や香辛料を仕入れた。

 そこで許昌について聞いて回ると、何人かはその男のことを知っていた。やつらは句章を根城に暴れ回り、腐敗した漢から民を解き放つと吹聴しているらしい。

 だが実際は、俺達からもそうだったように、いわれのない金を力ずくで奪うだけ。街の連中も義など感じてはいないようだ。

 ただ、一度仲間に入れば食い扶持には困らず、手柄を立てれば褒美が出る――そう聞きつけて、句章の内外からゴロツキや、中には軍人崩れのような者までが吸い寄せられるように集まっているそうだ。それにより、一味の規模がここ最近で急速に膨れ上がっているとのことだった。


舟で来てるので、帰りも同じ川を遡上して帰らなければならない。行きと同じように関で金を払わされた。 クソ、折角の儲けが。 これじゃあ物流も滞る。 街道のいくつにかにも同じような関が造られているのだという。


「なんで句章は、国は何もしないんだ?」 村に帰り着き、俺はイライラしながらナビに問う。 ちなみに俺の家には誰もいない。 一人暮らしを希望したら、あっさり通った。 ーー持衰殿はお一人きりで、神への祈祷を行うのだろう。 などと村人達は勝手に納得してくれたからだ。 いつまでも神聖視されるのは堪らないが、今回ばかりは感謝だ。


「後漢は前漢時代と比べて軍を縮小していたの。常備兵は都にいる近衛軍とその他3県のみ。徴兵制も形骸化して、辺境守備に際してのみ、国境沿いの郡で行われるくらいだったみたい。」

ナビが解説を挟んでくれる。

「そのせいで今回のケースみたいに、地方で反乱のようなものが起こっても、すぐに軍を回せなかった。中央からわざわざ軍を動員しないといけないからね。」

「だったら地方にも常備兵を置けば良かったじゃん。」

「ま〜、正論。でもメリットもあったんだよね。軍費が抑えられるから国庫が潤うし、何より管理が楽。地方官吏が勝手に軍を私有化して、変に力をつけることもなかった。お陰で後漢王朝は末期まで軍による内乱は無かったの。皮肉だよね。」

「それじゃあ、このまま許昌ってヤツは野放しにするのか?」

「それはこの句章県を管轄する会稽郡太守や、もっといえば揚州刺史がどう動くかだね。こういった場合、地方役人が在地の民に寡兵を行い、兵を掻き集める。」

「要するに、自分達で何とかしろってことか」

後漢末期に世が乱れ、それが滅亡に繋がって三国時代へと移っていくのは知ってたけど、こういった背景もあったのか……。

昔、首長が「漢は一つの国が広大な地を治めていて、倭国のような小国同士の争いはない」と言っていた。

もちろん、現代人の俺は、そんな時代はもう長くないってことも分かってだけど、まだまだそれは10年以上先の話で、こんな地方ではそれほど影響も出ないと踏んでいたけど……。

世の乱れはこんな所まで、しかもこんなに早く波及していたなんてな……。



翌日、それは突然の来訪だった。騎馬が五騎、先頭の男は李魁と名乗った。

陽明皇帝ーー許昌配下の将軍とのことだった。


李魁は岩のようにごつい体躯をしていた。

日に焼けた顔には濃い眉と深い皺が刻まれ、ぎらつく眼光がこちらを射抜く。

顎から頬へと伸びる黒々とした髭は、荒々しい性格をそのまま表しているかのようだ。


頭には緑の布兜を巻き、中央には真鍮の飾り金具が光る。

鎧は分厚い鉄札を幾重にも連ねたもので、緑を基調としながらも随所に真鍮の縁取りが施され、戦場を駆ける猛将の威圧感を放っていた。

馬上から見下ろすその姿は、まさに野武士を束ねる頭目。



許昌……とうとうここにも来やがったか。



物陰から窺う者、槍や鍬を手に震えながら警戒する者、家の戸を固く閉ざす者――村人たちはそれぞれの形で恐怖に身を固めていた。


ただひとり、首長だけが前に進み出る。

「李魁殿と申したかな? 私はこの村を取りまとめる者だが、此度はどういったご用件かな。」


鉄の札鎧を軋ませ、李魁は馬から降りた。土を踏みしめる音だけで人々の背が竦む。

彼は首長へと一歩近づく。首長は倭人の中では最も身体が大きいが、李魁と比べると少し小柄に見える。しかし、首長に怯む様子はない。


「陽明皇帝のことは、耳にしておろうな? 腐りきった漢王朝から民を救い、この地を新たに治められるお方だ。既に句章一帯は陛下の御旗のもとにある!」


黒々とした髭の下、口端が吊り上がる。

「だが陛下は慈悲深い。異民族である貴様ら倭人とて、この地に根を下ろす以上は同じく陛下の民よ。……此度はその大恩を伝えるべく、将軍たるこの李魁自らが足を運んだのだ!」


「なるほど、ありがたいお申し出ですな。」

首長、もちろん皮肉だよな……?

「しかし、我々は句章県令殿にご厄介となり、この地に住まわせてもらっている身。貴殿らと争うつもりはありませぬが、陽明皇帝陛下が漢に対して弓引くと言うのであれば、句章県令とも敵対することになる。世話になった県令殿に不義を働くような真似はできぬ。ご理解頂きたい」

首長の言葉に、李魁は鼻で笑った。

「世話になった、だと? 荒地を耕させ、畑になったと思えば重税で根こそぎ吸い上げる。そして全てを自身の懐に収めて私腹を肥やす。これが今の腐りきった役人どもの姿だ。そんな者どもに何を義理立てする必要がある?」


よく調べてやがる。ざわめいた村人たちの視線が、首長と李魁のあいだで右往左往する。


李魁はわざとゆっくり歩み寄り、地面に長柄の槍を突いた。

「そう警戒するな。俺は話をしに来た。力ずくで従わせに来たわけじゃない。……選べ、ということだ。」


首長が眉を寄せる。

「選ぶ、とは?」


「簡単だ。」

李魁は指を一本立てる。

「陛下の軍門に下れり、共に戦え。役所を襲って、金品や食糧を奪うのだ。民から搾り上げた物を民へと返す。もちろん奪った物はお前達にも分け与える。それと、若い女は陽明皇帝の後宮に入れてやる。倭人は珍しいからな。陛下もきっと寵愛して下さるだろう。」

そこで下卑た笑いを浮かべ、怯えている女達を眺め回す。

「或いは、」

そこで2本目の指を立てる。

「どうしても漢に義理立てするというなら、敵と見なす。略奪だなんだと喚く前に、力の差というやつを骨身に刻むことになる。」


最後の一言だけ、声がひどく低かった。皆が気圧され、身を強張らせる。

何が力づくで従わせるわけじゃないだ。脅しと変わらないじゃねえか。

街で聞いた、従わない村に対しては容赦なく略奪を行うという話しが頭に蘇る。

同じような『交渉』を他でもしてきたのだろう、こいつらは。


首長は一拍置き、堂々と応じた。

「唐突な大義名分を掲げ、力を盾に条件を並べる。……それを選択だと言うのか?」


李魁は口端を吊り上げる。

「選べるだけ、まだ温情だ。陛下は慈悲深い。だから俺は猶予を持って来た。」

彼は懐から赤い布片を取り出し、首長の手に押しつける。

「三日だ。三日のうちに村の真ん中にこれを掲げろ。受け入れる印だ。掲げなければ……拒絶の印と見なす。日の出とともに、また来る。」


そう言って李魁は馬に戻り、手綱を引いた。

「賢い選択をしろ。倭の衆。」


五騎は土埃を巻き上げ、村外れの道へと消えていく。


残された静寂の中で、誰かが小さく息を呑んだ。

俺は掌を握りしめる。

折角命がけで海を渡ってきたってのに。弱者は強者に搾取され、食い潰される。

倭国にいた頃と同じことが、ここでも起きようとしている。

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