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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第三章

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第百二十七話 台与

決して広いとは言えぬ構造船に、私は腰を下ろしている。

かつては会稽かいけいで用意された大型船と中型船が邪馬壹国やまいこくにはあった。

だが、長年の劣化は、修復作業だけでは追い付かなくなる。

二十年以上前に、それらの船は解体せざるを得なくなった。


漢から渡ってきた倭人、“船の民”達は、現在の倭国と比べれば、進んだ造船技術を持っている。

何とか小型帆船を用意することはできたが、流石に中国の進んだ技術を、そのまま倭国で再現するのは不可能だった。


だが、ナビに言わせれば、日本で帆船が登場するのは、早くとも古墳時代。

この小型帆船だけでも、五十年は技術を先取りしたものなのだ。

文句は言えない。


「じじ様、お魚だよ」


「ああ、そうだね」


私の膝の上に座った台与とよが必死に海に向かって指を差す。

勢いあまって落ちないように、私は軽く支えてやる。


この子に会ったあと、私は穂北彦ほきたひこに、台与を預かりたいと申し出た。


この子を女王に会わせるべきだと、会わせなければならないと、私は感じたのだ。


穂北彦もそのつもりだったようだ。

あっさりと承諾してくれた。


問題は台与自身がどう思うかだったが、邪馬壹国を離れることに、特に抵抗は示さなかった。

むしろ、船に乗れることや、知らない土地を見れること、そして女王に会えることの方が嬉しいようだった。


好奇心が強く、肝が据わっている。

こういう所も女王と同じだ。

似ていないようで、二人は通ずる所が多い。


吉野ケ里への帰還は、二日遅らせた。

台与の両親と、しばしの別れの時間を与えたかったからだ。

二人も共に迎えようと提案したが、それは断られた。

両親も台与に対して、何か感じる所があったのだろう。

だがそれでも、神の領域へと踏み出そうとする我が子に対しての、寂しさと、諦めの感情が、台与を見送る顔には浮かんでいた。


「じじ様、あれ、あれ」


今度は空に指を向けた。


「ああ、あれはさぎだね」


「あれは、さぎ。さぎ」


私の教えた言葉を、嬉しそうに復唱する。

胸の奥が、じんわりと暖かくなる。


久方ぶりに、味わう感情だった。


「じじ様、海すごい。船、楽しいね」


台与は私のことを“じじ様”と呼ぶ。

持衰と名乗った時、上手く聞き取れなかったのか、舌が回らなかったのか。

彼女の口から出てきた私の呼び名がそれだった。


決して、“爺”様という意味ではない。決して。


海路は順風満帆だった。

風と波が凪いでいる。

船の穏やかな揺れも気持ち良く、私は自然と目を閉じかけた。


「じじ様、いや、いや」


突然、台与が騒ぎ出した。


「どうした、台与。少し眠るだけだ。他の者が相手をしてくれるから、寂しくはないぞ」


「違うの、違うの。海が嫌なの」


「どうしてだ。さっきまで楽しそうにしていたじゃないか」


「今はやだ。今は居たくない」


子供特有の癇癪だろうか。

周りの者も苦笑している。


だが、台与の目を見た私は、背中に悪寒が走ったような気がした。

台与の目。

琥珀色の瞳。

女王と同じ……。


「ねえ、ねえ。これもしかしてヤバいんじゃない」


「ナビ、私もそう思っていた」


「あれ、じじ様、誰かいる?」


私の背後を指差した。

ナビの存在を感じ取った。

間違いない。


「うえ。こ、これ共感覚。 日御子ちゃんと一緒の」


ナビが叫び声を上げた。


「船を岸に着けろ。今すぐだ」


私も水主に向かって指示を出した。

初めは戸惑っていたが、私が真剣だと分かり、慌てて指示に従った。


直後、東の空から我々を追うように、黒雲が立ち込めてきた。

台与がそれに気づいて怯えはじめる。

私は台与を強く、胸に抱いた。


豪雨が叩きつけられ、波が荒れ狂い、雷鳴が轟く。

船の帆を急いで畳んだが、良いように津波に翻弄される。


「うわー、懐かしいこの感覚。久しぶりだ〜。全然嬉しくないけどねー」


ナビが喚き散らす。

私が飛ばないと思えば、ナビは吹き飛ばない。

そんな風に出来ているらしい。

頭では理解していても、中々上手くいかない。


ナビは必死に帆柱にしがみついているが、旗のように、暴風によって翻っている。


「ちょっと、ちょっと。イメージして。イメージ。私は飛ばない。嵐に遭っても、重石のように動かない。そんな私をイメージして。お願いだから〜」


「やかましい。もうやっている」


だが、無理だ。

目に飛び込んでくる情報が、脳の認識を支配してしまう。


「岸は近くだ。耐えろ」


嵐の咆哮に負けぬよう、私は喉を枯らした。

ナビに言ったつもりだったが、水主たちも反応し、懸命に櫂を漕ぎ続けている。


そしてとうとう、岸へと辿り着いた。


私はなるべく台与が濡れぬよう、懐に抱いて、自分の羽織で上から覆った。

幸い、雨を凌げそうな木陰がある。

全員でその下に駆け込んだ。


観測者補正による動体視力で、素早く仲間を見渡す。

全員いる。ついでにナビも。犠牲者は無かった。

だが、あと少しでも判断が遅れていたら、ただでは済まなかった。


「あー、マジ死ぬかと思った。あ、これキミの真似」


「台与、やはりこの子は……」


私は懐で震えている台与を、じっと見守り続けた。



――程なくして嵐は去った。

先程の光景が信じられないほどに、空は晴れ渡った。


そこからは何事も無く、伊都国いとこくに辿り着いた。

その後、川船を乗り継ぎ、ようやく吉野ケ里に戻ることが出来たのだった。


「なになにこの子。超絶可愛いんだけど」


私たちを迎えた於登おとが、台与を見て絶叫した。

周りの巫女たちも、少女を眺めて騒ぎ立てている。


「お嬢ちゃん、お名前は何て言うの?」


「とよ」


「台与ちゃんか〜。台与ちゃんはお幾つ?」


「よん」


元気よく、指を四本立てて、於登に手を伸ばした。

途中あんな目に遭ったのだ。

台与の疲労を懸念していたが、この様子では大丈夫そうだ。


ここに来るまでにぐっすり眠っていた。

それで体力をかなり回復したのだろう。

これが若さか……。


「於登もう良いだろう」


「え〜、もうちょっとお話しさせてよ。こんなちっちゃい子がここに来ることなんて、珍しいんだから」


「女王にお目通りしたいのだ。それに臺与はしばらくここに滞在する。またいつでも会える」


「ちぇっ、はいはい」


不服そうだが、ようやく於登と巫女達は、台与から離れた。


「あのさ、持衰殿」


すれ違い様、於登が誰にも聞こえないように、私に耳打ちをした。


「台与ちゃんて、何者なの。王族、ではないよね? でもあの目は、まるで……」


「また説明する。今は女王に会わせるのが先だ」


「分かった……」


私は女王の屋敷へ、台与と二人きりで入った。


「台与、ここは女王、日御子様のお屋敷だ。私と、限られた巫女達しか、女王と直接会うことは許されない。台与も会っていいのか、それを女王にお伺いしてくる。だから、ここで少しだけ待ってくれるか?」


膝を立てて台与と目の高さを合わせ、言い聞かせるように伝えた。

駄々を捏ねるかと思ったが、台与は素直に頷いた。


「わかった」


「いい子だ」


「うん。とよ、ここ好き」


少し微笑んで、立ち上がった。

私は一人で、絹布で仕切られた向こう側に、足を踏み入れた。


女王は既に高座たかくらの上に座していた。


「本日、帰国いたしまた。帰参が遅れましたこと、お詫び申し上げます」


女王の前で、平伏した。


「謝るのは、私の方です……。東の空に、嵐の気配は、僅かに感じていました……」


「女王にご指示された旅程に従っていれば、何ら問題は御座いませんでした。偏に、私の不徳の致すところです」


こうべを垂れ、もう一度女王に詫びた。


「ですが、その窮地を救った者がおります」


「それが、あなたの後ろに控えている者……」


「左様に御座います」


「分かりました。通しなさい……」


「宜しいのですか」


あまりにもあっさりとした女王の決断に、かえって私が念を押してしまった。


「あなたが、私と引き合わそうとしている。それだけで、十分会う理由になります……」


「承知致しました。……台与」


私の呼びかけに反応し、仕切り布から、臺与が顔だけを覗かせた。


「お許しが出た。こちらへ来なさい」


「はい」


子供は何故か一々走る。

また、はたはたと駆けてきた。


そして転んだ。


だが、すぐにむくりと起き上がり、私の隣まで走ってきた。

そして、私の姿を真似するように、女王の御前で跪いた。


「弟君、穂北彦王よりお預かりしました。名を台与と申します。……台与、ご挨拶を」


「とよ、です」


舌っ足らずだが、はっきりとした声で名乗った。


「日御子と、申します…」


「台与は、女王のかなり遠縁に当たるそうです。王族の系図ではありませんが」


「御子様と、母上の血筋……」


「左様で御座います。台与が天災の予兆に気付いたことで、我々は辛くも難を逃れたのです」


私たちの話しの内容が理解できないのだろう。

台与は頭を下げながらも、忙しなく私と女王を盗み見ている。


「台与…、顔を、良く見せて…」


私は台与を促し、顔を上げさせた。

二人が向き合う。

琥珀色の、同じ色の瞳が、互いの姿を映し出している。


「そう…、あなたも……」


「ひみこさま、きれい」


共感覚者同士の二人。

視覚は視覚だけでなく、音は音だけではない。

複数の五感が連動しあい、事象を捉える。


この二人にお互いがどう映っているのか、私の想像が及ぶべくもない。


「ひみこさま、痛いの? 泣いてるの?」


「ううん、ただ、あなたに謝りたくて……」


困ったような顔で、台与が小首を傾げた。

私は見ていられず、ずっと目を伏せていた。

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