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倭国大乱  作者: 明石辰彦
第一章

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第十三話 進化と悪しき予兆

2年のうちに俺達の生活は様変わりしていった。



ナビと合流した後も、俺達はあの偉そうな役人の長、ナビの説明では句章の県令だろうとのこと。から与えられたこの土地での生活と、のために必要なインフラを進めていった。


初めの頃こそ自分達なりのやり方で、田を耕したり、住居を建てていったが、次第に漢人との交流も持つようになった。

句章の住人達はもちろんのこと、県令が派遣した役人や技術者達に漢のやり方を叩き込まれたりもした。

お陰で漢語もそれなりに解するようになってきた。


言語の壁を越えてからは、俺たちが漢の文化を吸収する速度は飛躍的に増した。


まず取り組まされたのは、県令から課せられた条件の一つ、絹布の生産だった。

女たちは派遣されてきた技術者から、蚕の飼い方を一から叩き込まれた。

桑の葉を食わせ、繭をつくらせ、それを煮て糸をほぐす。

倭で使っていた麻布とはまるで違う、細く光沢のある糸が指先にまとわりつくたび、女たちは歓声を上げた。

やがて糸車を回し、織機を操って織り上げられた布は、まるで光そのものを織り込んだように輝いていた。

せっかく作った絹布のほぼ全てを取り上げられるのは悔しかったが、僅かではあるが自分達用の物も生産できた。首長は希少な絹布を自分のためでなく、女達の衣に使用することを許した。


続いて農事。

倭では基本的に木製の鍬や石器を使っていた。馬韓などから仕入れた鉄製の農具もごく少数用意があったが、いずれにせよ手作業で行われる。漢人は鉄の犂を牛に曳かせ、一気に土を割っていく。

仲間達はその方法に唖然としていた。自分達もなけなしの保存食や工芸品と、一頭の牛を取り替えてもらい、犂牛りぎゅうを導入してみた。お陰で田は見る見るうちに広がっていき、

収穫はこれまでの比ではなくなった。作った米の半分は持っていかれることになるが、全体の収穫量が上がれば、その分自分達のものが増えるのもまた事実だった。


住まいも変わった。

土壁に瓦を載せた家は雨風を防ぎ、冬は暖かく、夏は涼しい。

井戸を掘れば清水が絶えず湧き、遠い川まで往復する手間が無くなった。

倭から持ち込んだ土器などは、次第に過去のものとなっていった。


そして何より俺たちを震わせたのは、鉄の扱いだった。

炉に風を送り込み、赤く灼けた鉄を槌で打ち延ばす光景は、まるで雷を手にした神を見ているようだった。

農具も武器も、鉄に置き換われば比べ物にならぬほど強く、頼もしかった。

村の若者たちはこぞって鍛冶場に入り浸り、漢人の職人に食らいつくように技を学んだ。

やがて、自分たちの手で小さな鍛冶炉を築き、鉄を打ち出すまでになっていった。


そして2年後の西暦172年。この時代の俺は24歳となっていた。


この日の俺は村の仲間と一緒に句章から舟で川を下って、別の街に向かっていた。

舟には麻袋や木箱がいくつも積まれている。

中身は、この二年で得た余剰の産物だ。

女たちが織り上げた絹布、収穫が増えてわずかに余った米、そして鍛冶場で作った鉄の小道具。


「これを市に出せば、銭に換えられる。塩や油、頑張ればその内、新しい牛も手に入るはずだ」


仲間がそう言って鼻を鳴らす。

俺たちは句章からさらに先へ、物を売りに行くつもりだった。


舟で下ってしばらく行った頃、見慣れぬ木柵が川を横切っていた。

両岸には粗末ながら櫓が立ち、武装した男たちが鋭い目でこちらを睨んでいる。


「舟を止めろ!」


怒声が響き、縄で塞がれた川面の前で俺たちは舟を寄せさせられた。


櫓から降りてきた役人風の男が、にやりと口を歪める。


「ここを通りたければ、関銭を払え」


「関銭だと? こんなところに関所など、つい先日までは無かったはずだ」


「フン、今はある。この一帯は許昌様がお治めになる。この川も許昌様のものだ。通りたければ銭を納めてもらおう」


「……許昌? 新しい県令か?」


「違う! 許昌様は陽明皇帝として帝位に就かれたのだ! 漢王朝から独立し、この句章は許昌様の国となった!」


な、なんて無茶苦茶な理屈だ……。田舎の川っぺりで皇帝気取りとは。


「さあ、話は終わりだ。出すものを出せ」


差し出されたその箱には、丸くて真ん中に四角い穴の開いた青銅の銭――五銖銭が何枚も入れらている。


仲間が不安げに俺を見る。

「持衰……どうする?」


観測者補正を使えば力尽くで押し切れるかもしれない。だが後々の面倒を思えば、この場で仲間を危険に晒すわけにはいかない。


俺は黙って腰の袋から数枚の銭を取り出し、箱の中に放った。銅がぶつかり合い、乾いた音を立てる。


「……いいだろう。通れ」


縄が解かれ、川の流れが再び目の前に開けた。

県令からの税は重いが、この2年間の暮らしはこれまでと比べれば平和そのものだった。しかし今の俺の胸には、不吉な影がじわりと広がっていった。

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