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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第三章

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第百二十五話 難升米

難升米なしめは憂鬱だった。

目的地へ向かう足取りも、自然と重くなる。

それは、肌を灼くような太陽の陽射しのせいばかりではなかった。


「よう、難升米」


掖邪狗えきやく……」


大げさに腕を何度も振りながら、掖邪狗が近づいてくる。

能天気そうな友の顔が、自分と違う世界にあるのだと見せつけてくるようで、余計に気持ちが沈んでくる。


「どうした、難升米。辛気臭い顔して」


持衰じさい様に呼び出されたんだよ」


狗奴国くなこくとの戦の後始末が一段落した今になり、突然持衰からの呼び出しがきた。


どういった要件かは分からない。

あの戦の折の独断を、今になって責められるのか。

それとも、また持衰のしごきが始まるのか。


「持衰様にお会いできるのか。羨ましいな」


「羨ましい?」


掖邪狗の言葉が信じられなかった。

一体何が羨ましいのか。

代われるものなら代わってほしいというのに。


「だってそうだろ?持衰様と直接お話しできる機会なんて、そう滅多にあるもんじゃない。恵まれてるよ」


「確かにそうかも知れないが……」


十歳の頃に、突然持衰から声がかかった。

なぜ自分が目に止まったのかは、全く分からなかった。


唯一の心当たりは、持衰と祖父の関係だった。

難升米の祖父は持衰の部下だったらしく、大昔に漢の地で、共に戦っていたのだと、祖母から聞いた。

だが、祖父はその戦いで命を落とした。

父が産まれた年の出来事らしい。

その翌年、祖母は幼い父を連れて、持衰らと共に倭国へと渡った。


かつての部下の孫だというので、持衰は難升米の世話を焼いているのだと思っている。


「お前は持衰様の恐ろしさを知らないから、そんな事が言えるんだよ」


「恐ろしいのか? 持衰様は」


「持衰様にじっと見つめられただけで、俺は身が竦むんだ」


「……持衰様が嫌いなのか?」


「そんなわけないだろ。寧ろ敬重している」


難升米は慌てて否定する。

決して、嫌っているわけではない。

難升米にとって、持衰は憧れなのだ。

それは他の皆と変わらない。


だが、それとこれとは話しが別だ。

実際会うとなると、恐ろしく緊張する。

特に持衰の目だ。

全ての感情を沈み込ませたような、乾いた瞳。

あの瞳に、難升米はいつも射竦められてしまうのだ。


「まあ、頑張れよ」と、掖邪狗に軽い調子で見送られ、難升米はとうとう持衰の屋敷に辿り着いてしまった。

心細い。

あんな軽い男でも、傍にいてくれたら幾分か心強かったのに。

だが、呼ばれたのは自分一人だ。


「難升米です。お呼び出しにより、馳せ参じました」


「入れ」


持衰の住居内の奥、仕切り布の向こう側に入った。

膝をつき、持衰の前に平伏した。


持衰の視線を感じるが、直視する度胸はない。

初めにちらりと目を合わせただけで、あとは頭を下げて床を見つめ続けた。


「難升米」


「はい」


「魏へ行け」


「は?」


思わず顔を上げてしまった。

はっきりと、持衰と目を合わせることになった。

だが、疑問を口にせずにはいられなかった。


「それは、朝貢ということでしょうか…?」


「当たり前だ」


「も、申し訳ございません。ですが、魏への道は……」


今より三十年以上も前の話しだ。

まだ、魏ではなく漢と呼ばれていた時代。

遼東の地を支配していた公孫康という男が、楽浪郡の南を帯方郡とした。


これにより、からの国、そして倭国は、漢への北東からの道を絶たれ、国交は断絶した。


それは漢の最後の皇帝が、魏王曹丕に禅譲し、漢が滅亡した現在でも変わってはいない。


「状況が変わった。いや、変わり始めている段階か…」


難升米の思考を読んだかのように、持衰がぼそりと呟いた。


「確かに昨年、魏の武将が遼東の現太守、公孫淵を攻めたことは存じております。ですが、敢えなく撃退されたと、聞き及んでおりますが」


「ああ。だが、公孫氏はもう終わりだ。間もなく奴らは敗北し、遼東の地は魏の物となる」


「公孫氏が負ける? 何故それが、お分かりになるのですか?」


聞きすぎていると難升米は思った。

だが、いくら持衰とは言え、遠く離れた地での行く末など、正確に分かるわけがない。


「決まっていることだからだ」


「決まっている……」


確信。

持衰の態度に、それが表れていた。

だが、その論拠はどこから来るのか。


持衰は鬼道の御子、日御子の側近でありながら、神の力に縋ったことは無かった。

常に理で、物事を推し量ってきたのだ。


「ああ、分かっている」


少し苛立たしげに、持衰が何か呟いた。

一瞬自分が声をかけらたのかと思ったが、そうではないようだ。


まるで誰かが隣にいるかのように、持衰は横を向いていた。


「……難升米、もういいだろう。お前には大夫として、次の夏になる前に魏に渡ってもらう。次使つぎのつかいには都市牛利を着けよう」


「じ、持衰様……」


「黙って聞け」


静かな口調だったが、難升米を黙らせるには十分な効果があった。

開いた口が固まり、その後の声は出てこなかった。


「お前が成すべきは二つ。期日までに使いに向かう水主かこを集めろ。そして貢物と生口せいこうの用意だ。生口は十人ばかりでいい。だが、何かの技能に特化した者を選りすぐれ」


「……承知致しました」


もう、そう答えるしか無かった。

船の用意など、種々(くさぐさ)の問題はあるが、持衰が敢えて何も言わないのであれば、難升米が懸念する必要は無いということだろう。


持衰の元を辞し、難升米は外に出た。

ようやく解放されたと安堵する気持ちは、それ以上の重圧に押し潰された。

突然与えられた、国運を左右する大任に。


「何で俺が……」


肩を落とし、思わず溜息をついた。

すると突然、背中に衝撃が走った。


「あれ、難升米。終わったのか」


掖邪狗だった。

彼が難升米の背中を叩いたようだった。

ぼうっとしていた為に、近づく気配に気づけなかったようだ。


「掖邪狗、まだ彷徨うろついていたのか」


「非道い言い草だな。心配してやっていたのに」


掖邪狗が笑顔を作る。

その能天気さは、今の難升米にとっては鼻に付くものだった。


「持衰様に怒られたのか、難升米?」


「そんなんじゃない」


「じゃあ、何だよ」


難升米は掖邪狗に話ししまっても良いものか、僅かの間に考えた。

次使つぎのつかいは天照軍の長である都市牛利だ。

彼の耳にもいずれ入る。

ならばその副官の掖邪狗に伝えても、さして問題はないだろう。


というか、この幼馴染に話しをして、少しでも気持ちを紛らわせたかった。


「なるほど。うってつけだな」


話しを聞き終えた掖邪狗は、そう言って何度も頷いていた。


「うってつけ? 俺がか?」


「だってお前、漢語使えるじゃん」


確かに掖邪狗の言う通りだった。

十歳で持衰の元に通うようになった時、まず最初に叩き込まれたのが、漢の字の読み書きだった。

言葉自体は、祖母から元々、多少教えられていた。


だが、倭国で漢の言葉など何の役にも立たない。

字に頼ったりもしない。

一体何の役に立つのかと、子供心に思っていたものだ。


「漢語が使える人間なんて、俺以外にも……」


「それにお前は、持衰様の一番弟子だからな。お前が遣いに行くのが、一番恰好がつくだろ」


「一番弟子って……」


そもそも、持衰が直々に教えを施しているのは、難升米だけだ。

一番も二番もない。


「けど、魏へ渡るのか。スゲーな。やっぱ持衰様は器が違うぜ」


掖邪狗が目を輝かせる。


「倭国が漢に遣いに行ったのなんて、大昔の話しなんだろ? それを俺たちの代で復活させようってんだもんな」


「行けると決まったわけじゃない。からに交易に向かう時でさえ、稀に難破することもあるんだぞ。俺たちが無事に辿り着けるなんて分からない」


「その分、命を賭ける価値はあるだろ?」


子供のような無邪気な口調だった。


「魏には、俺たちが見たこともないようなデカい建物。広い平原。美味い食いもんに珍しい物が一杯有るんだろ?」


「どうもそうらしいな」


そう言った話しは、祖母から聞かされた。

そのどれもが、難升米の想像も出来ないような途方も無い規模の物だった。

一度この目で見てみたい。

その気持ちは、掖邪狗と同様に持っている。


「そんな世界を知らずに死ぬなんて、勿体ないじゃないか。もし俺がお前だったら、今ごろ滅茶苦茶喜んでるぞ」


皮肉でも何でもなく、掖邪狗は心の底からそう思っているようだ。


「確かに、またとない機会ではあるな」


掖邪狗の前向きさに当てられたのか、難升米の気持ちも、少し前向いてきたようだった。


「だろだろ。 それにさ、船が沈む心配なんて不要だぜ」


「何でだよ?」


「だって、持衰様じゃん」


思わず、吹き出した。


「本来の意味での、“持衰”か」


意外にも、掖邪狗に話しをしたのは正解なようだった。

成否は分からない。

ならば、そのことを考えるのは無駄だ。


だったら精々楽しんでやろうと、難升米は踏ん切ることが出来た。

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