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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第三章

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第百二十四話 想い人

都市牛利としごりは最終局面で戦闘に参加できなかった自分を恥じていた。

失態を犯した己を罰して欲しいと申し出てきたのだ。


そういう所は、三十年以上前から変わらない。


奇襲部隊が、逆に不意を突かれた。

しかも、十騎とはいえ卑弥弓呼が駆る騎馬隊だ。

壊滅、そうでなくとも奇襲攻撃自体が間に合わなかったはずだ。


それを都市牛利一人で引きつけることで、天照軍を主戦場にまで間に合わせた。

寧ろ称えられて然るべき働きと言える。


責めを負うとすれば、埋伏を読まれることまで想定に入れていなかった、この私だ。


私は都市牛利を、弥馬升みましょうという位に就けた。

邪馬壹国内の臣下における位で、第二位の位置にくる。

大率だいそつはそれとは別で、連合国全体での最高位だ。


勿論、王族はこの序列には組み込まれない。


都市牛利は固辞しようとしたが、私はその言い分に耳を貸すことはなかった。


難升米なしめ。都市牛利が外れていた時、代わりに指揮していた者を知っているか」


吉野ケ里にある私の屋敷の中だった。

狗奴国が去ったあとも、我々は戦後処理で忙殺されていた。半月経ったところで、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


「はい、掖邪狗えきやくという名の男です。私と年齢も同じです」


「親しいのか」


「はい。“船の民”出身ではありませんでしたが、集落が一緒でした。掖邪狗の祖母ばば様がその昔、女王に治療をして頂いたことがあったそうで。それで移り住んで来たとか」


王位に就く前の女王は、各地を回って怪我人や病人を治療しながら、医療技術を伝え歩いていた。

四十年以上も前の話しになる。

邪馬壹国に来たのは、おそらく掖邪狗が産まれる前の話しだろう。


「それにしても、掖邪狗か……」


難升米、都市牛利、掖邪狗、そして伊声耆いしょうぎ

この四人は、ずっと探し続けていた。


都市牛利は初めから知っていた。

難升米も船の民出身であったため、容易に見つかった。


掖邪狗。まさか天照軍にいたとはな。

これも“歴史の強制力”とやらの思し召しか。


伊声耆は、まだ見つかっていない。

だが、いずれは出会える。


「持衰様、掖邪狗が何か……?」


遠慮がちに、難升米が問いかけきた。


「いや、見事な指揮だったと思ってな。覚えておこう」


「……持衰様に目をかけて頂けるとは、掖邪狗も大層喜ぶことでしょう」


良いことのように言っているが難升米。お前、そうは思っていないだろ。

口には出さないが、難升米の愛想笑いを、白い目で見つめた。


しかし、それも仕方がない。

私からの手ほどきは、難升米にとっては辛い日々であっただろう。

なにせ、一切手を抜かなかったからな。


「もういい。私は本来の役目に戻る。お前しばらくはここに来なくていい。後のことは万事任せる」


「承知いたしました」


口ではそう言ったものの、難升米は動こうとしなかった。

何やら、言いたげな様子だ。


「どうした。何かあるのか?」


「あ、いえ……、その」


目線だけで、私は先を促した。

なるべく柔らくするように心がけたが、難升米は脂汗を滲ませている。


「此度の戦、お見事でした」


そう言って私を見つめる難升米の瞳は、いつものような恐怖心だけでなく、羨望のような物が籠っていた。


私は何も言わずに手だけ払って、難升米の退出を促した。

今度こそ頭を下げ、屋敷をあとにしていった。


私も間を空け、外に出て吉野ケ里の最奥にある、女王の屋敷の方へと向かった。

この集落自体が、二重の環濠と、柵によって覆われている。女王の住まいは、更に周りに柵で囲み、人々に対して隔絶した存在であると知らしめている。


「あら、持衰殿。お帰りなさい」


長年、御子長みこのおさを務めている於登だった。

今年で七十だったろうか。


すっかり頭髪は白く染まり、顔の皺も増えている。

しかし、闊達さはあいも変わらずだった。


「夕餉には間に合ったか?」


私がそう言うと、於登は訳知り顔で微笑する。


「ええ、持衰殿が今日には見えられるとのことだったからね。少し遅らせてあるよ」


そう言って手を叩くと、板に並べた膳が運ばれてくる。

私はそれを受け取った。


「済まない」


「女王も首を長くして、待っていらっしゃるよ。何年経ってもラブラブだよね」


「馬鹿を言うな」


於登のにやけ顔から逃げるように、私は足早にその場から離れた。

会う度に、今のように私をからかってくる。

困ったものだが、ああやって気さくに話しかけてくる人間は、もう於登くらいなものだ。


気易い人間の殆どは、先に逝ってしまった。


「待っていました。持衰……」


女王の住まいの中にいる。

この時代の屋敷には、現代のような“部屋”と言えるようなものは無い。 そのかわりに、布で仕切って空間を分けている。

最も奥の仕切りの中に祭壇があり、私と会う時、女王は大抵そこにいる。


「申し訳ありません。只今、膳をお運びに上がりました」


「それだと……」


女王が少し俯く。

しまった。食事のことでは無かったようだ。


「あ、いえ。帰参していながら、拝謁が一度切りとなってしまい、申し訳ございませぬ」


再び私は頭を下げる。


「謝らなくても、良いです。顔を上げて……」


言われた通り、私は顔を上げた。

女王は真顔で、こちらをじっと見つめている。

慣れない人間が見たら、感情の無い人形のようにしか思えないだろう。


だが、私は女王と出会って五十年以上だ。

微かな表情の動きで、ある程度の心の機微は読み取れる。


気を損ねた様子はない。

むしろ、少しだけ機嫌が良さそうだった。


「……落ち着きましたか?」


政務は、ということだろう。


「はい、恙無く。狗奴国くなこくから取り返した土地も、今は安定しております」


「そうですか、ご苦労さまです……」


「恐れ入ります……」


卑弥弓呼ひみくこと最後に三人で会ったあの時から、私と女王は、互いを名で呼び合うことは無くなった。

たとえ二人きりの時でも、主君と臣下としての関係性は、決して崩れることはない。

それが私なりの、友に対する筋の通し方だった。


女王自身も、私に対してわだかまりがあるのかも知れない。

あの時の私の行いは、彼女にとっては裏切りと等しいだろうから。


それでも、女王は私を側に置くことをやめなかった。

私も、彼女の側を離れようとは、どうしても思えなかった。


「那美様も、お見えですか?」


「やっほー、日御子ちゃん。ちゃんといるよ」


手を上げて、ナビが返事をする。

こいつだけは変わらない……。


「こちらに控えております」


ナビの姿や声は、私以外には認識できない。

それは女王も例外ではない。


だが、私の脳に残った、ナビの観測波の残滓を読み取って、女王はナビの感情を読み取ることが出来る。

共感覚を持つ、女王だからこそ可能なことだった。


毒見を通し、冷めてしまった膳を並べる。

その間はナビが女王の相手をする。

女王はナビの言葉が聴こえないので、結局は私が口を動かさなければならないのだが。


女王の前。そして正面の近い場所に、私の膳も並べる。

初めて女王に食事を運んだ時、そのまま辞去しようとした私を、女王が引き留めた。

なぜ共に食さないのかと言われてしまい、その後は二人で食事をするようになった。


準備が整い、箸で料理に口をつける。

この時代、倭国にはまだ箸は無いが、私と女王は、木材師に木を削って作らせた物を使用している。


かつて女王が宮崇きゅうすうという道士に伝授された、“太平清領書”。

その中に、手には不浄が宿るとの教えがあったそうだ。


女王は口数が少ない。

二人で向かい合って食事をしていても、時々思い出したように、ぽつりぽつりと言葉をかわす程度だ。


今も、無言で食事をしている。


けれど私は、この時間が一番が好きだ。

戦いは、嫌いだ。

実権を握りたいとも、思わない。

平和に国を動かしてくれる人間がいるなら、喜んでその人物に全て委ねよう。


女王の、彼女の傍にいたい。

想いは、日々積み重なって、大きくなっていった。


ただ、彼女と共にいることに、幸福を感じれば感じるほど、激しい痛みを伴う。

罪悪感。

私と同様に、女王を思っている人間が、ここにいられないのだから。


私は、自分の感情に、心を委ねてはならない。


「持衰」


「はい」


涼やかな声も変わらない。

女王は、六十一になっている。


髪は白に近づいているが、元々灰褐色なので、そこまで印象を変える要因にはなっていない。

肌の皺も少なく、まだ四十そこそこに見える。


ただ、女王自身は、歳を重ねることに対して、特に頓着していないようだ。

於登辺りは、会う度に「いくつに見えるか?」と質問を浴びせては、一喜一憂しているというのに。


「いよいよですか……」


「はい。魏への使者を立てます。これで、連合国に同調する国も増えるでしょう。狗奴国がそれで大人しくなるとは思えませぬが、成功すれば、我らが優位に立つことができます」


女王は僅かに肯いたあと、窓の外を見上げた。


「持衰、東にも、目を向けて下さい……」


出雲いずも吉備きびも、おいそれとは手を出せなくなると思いますが……」


「いいえ。もっと、東です……」


その言葉で、女王の言わんとしていることは察した。


「承知いたしました」


私は女王に叩頭した。


「母上にも、お顔を出して上げて……」


「そう、ですね……」


確かに、母とも随分と会っていない。

事が動き出せば、多少は身体も空くだろう。

久しぶりに、母に会いに行くのも悪くない。


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