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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第三章

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第百二十二話 都市牛利

山にへばりついて離れない。

狗奴国軍は、そう思っている。


「進軍」


持衰じさいの叫びが、耳に届いた。

兵たちも、声を上げる。

難升米なしめも、あらん限りに、喉を震わせた。


敵は悠々と、反転を行おうとしている所だった。

完全に、意表を突いている。


難升米は左翼の最後尾に位置している。

先頭の兵たちから順に駆け出して行っている。

自分たちが動くまで、まだ幾許いくばくかゆとりがある。


衣に忍ばせてあった石笛いわぶえを取り出し、思いきり吹いた。

甲高い音が鳴り響いた。

兵たちの地を蹴る響き、鬨の声の合間を縫って、山の稜線を走っていく。


離れた山中から、同じように笛の音が木霊した。

待機していた兵が、難升米の笛を受けて鳴らした音だった。


一人だけではない。

等間隔に配置された兵たちが、音の道を繋いでいく。

遥か離れた場所に伏した、天照軍てんしょうぐんへと。


「頼みましたよ。都市牛利としごり殿」


難升米は後方にいる。笛の音は、前線の敵には気付かれなかっただろう。


間もなく、難升米の隊も走り出した。

五百の兵たちが、突っ込んでいく。


後方から、山中に残っていた七百も姿を現した。

内五百は後方につき、残り二百は左翼、東側に着いた。


味方の側面を守る盾のように展開した。

西は海だ。

守るのは東だけでいい。


戦闘は始まっていた。

後軍も後ろから押す。

少しずつ、前線を交代していく。


難升米たちが、先頭になった。


敵は既に態勢を整えている。

だが、流れはそのままこちらにある。

敵を斬り、少しずつだが、前に出る。


「代われ」


交代し、背後の兵と入れ替わる。

最後尾に付き直し、しばし気息を整える。


左から、軽い振動が伝わってくる。


狗奴国軍の騎馬隊。

三十騎程か。

卑弥弓呼ひみくこが動き出した。


攻撃部隊を守るために配備された二百の兵が、盾を構える。

攻撃している兵たちは、何があろうと目の前の敵に集中しろと、持衰から厳命されている。

前線の兵たちは、騎馬隊の動きを努めて意識せず、剣を振り続けている。


騎馬がぶつかった。

だが、構えた盾で蹄を受け止められた。

馬の勢いに負けぬよう、背後の味方が支えている。

渾身の力で、押し返す。


勢いを失った馬は、また距離を取らざるを得ない。

馬首を返して、離れていく。


「射て」


防御隊の指揮官が声を上げた。

騎馬隊の背後へと、矢を射掛ける。


二人仕留めた。


何十年も前に、韓に出兵した者たちが、この戦術を目の当たりにしたという。

斯蘆国しろこくの、昔于老せきうろうという将が披露した、騎馬殺しの技だった。


持衰は馬の脚に見立てた棒を使い、ここ数年、ひたすらこの調練を繰り返させてきた。


二度目の突撃。同じように弾いた。

だが、今度は反転も早い。

追撃の矢は、敵に届くことはなかった。


それでいい。

騎馬隊を壊滅させることは目的ではない。

狗奴国の歩兵を叩き潰す時間さえ稼げれば、戦には勝てる。


難升米は刀を強く握り直し、手勢と共に再び先頭に躍り出た。




「聞こえました」


耳の言い換え部下が、都市牛利に伝えてきた。


「良し。進発する」


天照軍三百に向かって、そう声をかけた。


タケルが、いや卑弥弓呼が出奔してから十年は、戦線から退かされた。

大率だいそつの下で働いてきた経験を買われ、都市牛利は伊都国で交易の仕事に就いていた。


理由はそれだけでは無いと、都市牛利は思っている。

戦場に出れば、いずれ卑弥弓呼と見える時が来るかも知れない。

都市牛利を卑弥弓呼から遠ざけるために、持衰はその仕事を任せたのではないか。


戦場に出ることを、持衰に強く願い続けた。

一兵卒でもいい。

狗奴国と戦いたいと。


十年経った時、ようやく持衰は聞き入れてくれた。

そして女王直属の、天照軍に加えられた。

六年目の戦いで、天照軍の将が重傷を負い、退役した。


その時、都市牛利は新たな天照軍の将に任じられた。



遥か彼方に、土煙が上がっているのが視えてきた。

あそこにいる。

卑弥弓呼が。


持衰に軍への参加を願い続けてきたのは、女王への忠義でも、卑弥弓呼を取り逃した責任感からでもなかった。


いや、それもあるかも知れない。


だが、都市牛利の胸の奥にあるのは、卑弥弓呼に対する、愛憎とも言うべきものだった。


なぜ、あの時俺も連れて行かなかった。

なぜ、俺を拒んだ。

なぜ、俺を殺さなかった。


一生仕えると誓った。俺の想いを、踏み躙った。

赦さない。絶対に。


都市牛利が軍に参加した時、持衰は既に消極策に転じていた。

戦場で、卑弥弓呼に対する機会には、恵まれなかった。


だが、今回の戦は違う。

持衰は総力を持って、狗奴国を叩こうとしている。


これでようやく、卑弥弓呼と戦える。



――警戒は、怠っていなかった。


それでも、あまりにも突然だった。

何処から現れたのか、全く分からなかった。


「散れ」


そう叫ぶことしか出来なかった。

兵たちが素早く反応し、散開した。

通り過ぎざま、首が三つ飛んだ。


騎馬。十。


なぜだ。なぜ、ここにいる。


「卑弥弓呼」


吠えた。

埋伏は完璧だった。

だが、奴はここにいる。


「総大将が、指揮を放り出したのか」


騎馬隊の戦力を分散させ、自ら哨戒を実行する。

正気の沙汰とは思えなかった。


再び、騎馬の一団が押し寄せてくる。


「固まれ。剣を突き出せ」


人の手で、馬防柵を模す。

騎馬は瞬時に半分に分かれ、天照軍の左右を横切る。

側面からまた削られていく。


都市牛利は再び兵を散開させた。

止めようせず、受け流す陣形を取らせた。


今度は正面から攻めかかって来た。

都市牛利はその内の一騎に、狙いを定める。


敢えて正面に回り込んだ。

頃合いを見計らい横に避ける。

たてがみを強く掴み、疾駆する馬にそのまま跨った。

騎兵の後ろから首を掻っ切り、放り出す。


幼い頃、馬の抑制を失った都市牛利を救うため、タケルが今のようにしていた。


「俺にも、出来た」


馬の扱いは、身体が覚えている。

手綱を掴み、馬腹を蹴った。


先行していた敵の背後に追いすがり、背中を一突きした。

敵が異変に気付いた。


「俺が援護する。走れ」


天照軍の任は、敵側面を突く奇襲にある。

それが決まれば、勝敗は決する。

卑弥弓呼に拘わっている場合ではない。


歩兵を攻撃しようとした騎馬隊の鼻先を横切る。

その時、また一人斬った。

残り七。


騎馬隊の標的が、都市牛利に移った。

天照軍と距離が開いていく。

ここで自分の命と引き換えれば、狗奴国に勝てる。


棹立ちにして、強引に後ろに向き直す。

疾駆させ、真正面からぶつかる。


卑弥弓呼一人。叶わぬなら、残り六騎を殺して死ぬ。


敵が左右に分かれた。

都市牛利を無視して、天照軍の追撃を優先するようだ。

左へ方向を変える。

片側だけでも潰す。


その間を、一陣の風が貫いた。

卑弥弓呼が、味方を庇ったのだ。


都市牛利の動きが止まる。

六騎は逃がした。

奇襲が成る直前で、天照軍は捉えられるかもしれない。


ここから六騎を追うのを許すほど、卑弥弓呼は甘くないだろう。


「お久しぶりですね。将軍」


「……都市牛利か?」


三十年を隔てた邂逅だった。

懐かしさと、憎しみが、都市牛利の中で湧き上がってくる。


「次は殺すと言ったはずだ」


顔には皺が増え、陽に焼けてくすんでいる。

だが、睨まれただけで、身体を切り刻まれたように思える眼光は、より鋭さを増している。


昔の自分は、それだけで小便を漏らしていた。


「死ぬ覚悟はできたか?」


「ああ、殺す覚悟は出来てるよ」


馳せ違う。

何度も、交差する。

剣でのやり取りを、幾度となく繰り返す。


卑弥弓呼の剣。

速いが視える。何度も、見てきたのだから。

躱す。肩口を斬られる。

首が空いた。

剣を振る。

届く。


馬体が揺れる。地に放り出された。

攻撃に集中しきっていた。

受け身を取れず、背中から打ちつけられた。

息が絞り出され、咳き込む。


目の前に馬が転がっている。

首が、半ばまで斬られ、千切れかけている。


追撃がくる。

気合を入れ、起き上がる。

剣は離していない。

構えを取る。


卑弥弓呼はもう、遥か彼方だった。


いつの間にか、戦場からも遠ざかっている。

ここから急いでも、馬を失った都市牛利は戦いに間に合わない。


手の平の上で弄ばれた。

まだ、貴方は俺を子供扱いするのか。

なぜ決着をつけようとしないんだ。


地に思いきり、拳を叩きつけた。

何度も。何度も。

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