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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第三章

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第百二十話 開かれる世界

西暦二三八年。

春となり、刈り入れが終わった。

当然だろう、とでも言いたげに、今年も卑弥弓呼ひみくこが攻めてきた。


もう三十年近くになる。

初めは、戦いに対する葛藤が、僅かながらに私にもあった。

だが、五年経ち、十年になる頃には、辟易する気持ちの方が大きくなった。


――もういい加減にしろ。


そう叫びたくなる時がある。


ふとした時、戦を習い性のようにこなしている自分に気付く。

そういう年は、大抵負ける。


あいつは。卑弥弓呼は、手を抜くなどという事は無かった。

常に全力で、挑みかかってくる。

あいつの中で女王に、日御子に対する執念が、色褪せる事は決してないのだろう。


私とてそうだ。

女王の生を、決して否定はさせない。

だが、戦に対する熱意を持ち続けられるかどうかは、私には別の話しだった。

そもそも戦自体、本当には好きではない。


「持衰様、今年は来ましたね」


高地に築いた砦がいくつもある。

その中の一つに、私と難升米なしめはいる。

物見櫓に昇り、二人で卑弥弓呼の軍勢を眺めていた。


「ああ。昨年は無かったからな」


卑弥弓呼は毎年攻めてくるとは限らなかった。

奴が治める狗奴国は、おそらく呉と繋がっている。


そこから物資の支援、技術提供を受けているようだ。

見返りとして、狗奴国は兵を派遣して、呉に軍事支援を行っていた。

そういう年は、狗奴国は攻めて来ない。


狗奴国が何故、呉と繋がったのか。

女王連合国は、朝鮮半島などへ繋がる、北の交通路を押さえている。

畢竟ひっきょう、狗奴国が海外勢力と結ぶには、南に相手を求めるしかない。


だが、果たしてそれだけだろうか。

私は、卑弥弓呼からの当てつけのように感じてしまう。

我々はかつて、共に呉の始祖である、孫堅の下で戦った。


卑弥弓呼と戦うということは、孫堅と戦うという事にはならないか。


「じじいになっても、子供のままだな」


私は思わずそう吐き出していた。


「持衰様、何か…?」


難升米が、訝しむような視線を向けてきた。


「狗奴国の装備。やはり充実しているな」


「はい。我らも弁韓諸国とは交易を行っておりますが、やはり呉の品と比べると一段落ちます。魏と交易を結ぶことが出来れば良いのですが……」


難升米が歯噛みをする。

西暦二二〇年、衰退した後漢は遂に魏王、曹丕に位を譲らされ、名実ともに滅亡した。

三国時代の幕開けだ。

中華は魏、呉、蜀の三国に分かたれ、相争い合っている。

その中でも魏は正式に後漢の後を引く、正統王朝だ。

格式は三国で最も高い。


狗奴国が呉と結ぶのであれば、我々は北の魏と繋がるべきだ。それで狗奴国より優位に立てるかもしれない。


「だが、それは出来ない」


「はい…。余計なことを言いました」


難升米に言ったつもりは無かったが、彼は肩を落としてしまった。


難升米に怖がられているのは、何となく察していた。


私は四十年以上前、漢から倭人の仲間達と共に、倭国へ渡ってきた。

私達はここで“船の民”と呼ばれるようになったが、難升米はその船の民の一人が、倭国で作った子供だった。


難升米の名を聞いた時、すぐに彼を呼び寄せ、ありとあらゆる事を教えた。

兵法、剣の扱い、文字、漢の言葉にその歴史。


難升米は乾いた砂が水を吸うように、私の教えを吸収していった。

公瑾当たりにつかせていたら、あいつは跳んで喜んだかも知れない。


人々は、私の慧眼を褒め称えた。

だが私は、その度に少し罪悪感を覚えた。

私は、彼が有能な人間だと見抜いたのではない。

“最初から知っていたのだ”。


狡い行いをしているという自覚が、難升米に対して距離を作った。

手放しで褒めてやることが出来ず、寧ろ必要以上に冷たく当たってしまったかも知れない。


彼に怖がられてしまうのは当然だ。


「今は、幾つだったか」


「二十二になりました」


「そうか」


「……精進いたします」


また、妙な意味で取られてしまったようだ。


難升米は私の言葉を深読みしすぎる所がある。

気持ちをほぐそうと話しかけても、今みたいに裏目に出ることが多い。

それも全て、自分の責任だと分かってはいる。


私は、今は難升米と他愛のない会話をするのを諦めた。


「やーいやーい、パワハラじじい。難升米が可哀想でしょ。もっと優しくしてあげろー」


ナビが私の背後で騒ぎ立ててくる。

黙って一瞥をくれると、それでナビが言葉を詰まらせる。


「ふん」


勢いよく顔を背け、私から離れた。

ナビとの関係も、ここ数年は少しぎくしゃくしたものになっている。

と言っても、ナビは変わらず話しかけてくるので、そう思っているのは私だけかも知れないが。


「天照軍の都市牛利としごりも配置についたようだな」


櫓の下から、兵の一人が合図を送ってきていた。


「私も、直ちに持ち場につきます」


気を回し過ぎる所はあるが、察しは良い。

難升米が櫓から降りようとする。


「難升米」


「はい」


びくりと身体を震わせ、こちらを窺うように難升米が振り向いた。


「今日は勝つぞ」


私の言葉に、難升米が大きく目を見開いた。

こんな事を言うのは、十年以上ぶりだった。

若い難升米にとっては、初めて私から聞く言葉だろう。


「……。はい」


はっきりと、難升米が返事をした。

そして、嬉しそうだった。


まだ私との関係が出来上がる前に、よく見せていた笑顔だった。


少しだけ、胸を撫で下ろしたくなるような感覚に襲われた。

難升米はそのまま身軽に、梯子を降りていった。


「へー、どうしたの?珍しく気合入ってるじゃん」


「当然だろう」


難升米がいなくなったので、私も声を出してナビに答える。


「今年は景初二年だ。待ちわびた時が、いよいよやって来たのだ」


先ほど私が口にした、魏と結べぬという理由。


それは西暦一九〇年の出来事から始まる。

当時の遼東太守だった公孫度こうそんたくが、後漢末の動乱に便乗し、突如独立を宣言。後に朝鮮や日本からの玄関口でもある、楽浪郡も支配下に置いたのだ。

漢への最も安全な道が、これで閉ざされた。


「確かにね。長かった」


私の言葉に、ナビも肯いた。


「公孫度の死後も、息子の公孫康が跡を継いだ。西暦204年、楽浪郡の南に新たに帯方郡を置いた。漢に朝貢を行おうとしても、そこまでで止められちゃう。その状況は、魏に代変わりしても、ずっと一緒だったもんね」


今度は私が、ナビに同意を示す番だった。


「そうだ。そしてその状況がいよいよ崩れる」


景初二年。つまり西暦二三八年のこの年に、魏の司馬懿が公孫氏を討つのだ。

それにより、五十年近く閉ざされてきた中華への道が拓かれる。


「連合国は、魏と結ぶ」


「でも、そのためには……」


「そうだ。狗奴国に勝たなければならない」


それも辛勝ではだめだ。完膚なきまでに叩き、しばらくは動けぬようにしなければならない。


それによって初めて、我らは魏に向かうことが出来る。


邪馬台国として、日本が歴史の表舞台に立つ日が近づいてきている。

だがその事実を知る者は、倭国にはまだ、たった一人なのだ。

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