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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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幕間④ 二次会?

「うーん」


ベッドのナビが身じろぎしたと思ったら、横になった状態のまま、盛大に伸びをした。


「おはよう」


俺はナビに声をかけた。

ようやく起きたか……。

かれこれ10時間くらいは寝ていたんじゃないだろうか。


前回は俺が寝たあと、この世界からはじき出されてしまったので、今回は寝ないで我慢していた。


幸い、俺が思い描けば、食事やら本やらは勝手に出てくるので、時間を潰すのは何とかなった。


「うげ、まだいたの?早く次に行きなよ」


あからさまにナビが嫌そうな顔をした。


「話しが中途半端だったからな。今回は最後まで終わらせないとな」


まぶたを擦りながら、ナビがベッドから抜け出てきた。

俺の正面の椅子に腰掛けた。


「コーヒー。ホットで」


ナビが呟くと、彼女の目の前にカップに注がれたコーヒーが出現した。

流石に、起き抜けに酒は飲まないらしい。


「で、何の話だったっけ?」


「邪馬台国の所在地についてだよ。どんな説が出てるのかっていうのを、具体的に説明してくれるって」


さっきは、畿内説が有力だって話までは聞いた。


「あー、そうだったね」


欠伸混じりに、ナビが返事をした。

どうやら、まだ完全には目が覚めていないらしい。

大丈夫だろうか。

早くしないと、今度は俺の方が眠くなってきそうだった。


「ていうかキミさ。まるでゼロベースで、わたしに教えを乞おうとしてる感じだけど……」


ナビが半目のまま、じっとこちらを見る。


「キミ自身は、邪馬台国について、どれくらいの知識があるの?」


「えっと……」


俺は少し考えてから、指を折りながら答えた。


「本当は“邪馬壹国やまいこく”って書いて、邪馬壹国そのものが中心国家っていうより、いくつかの国を含む連合国で……その上に立ってるのが日御子で……」


「ストップ」


ナビが、ぴしっと手で制した。


「ごっちゃになってる。それさ、キミがこの世界で実際に見た邪馬台国でしょ?それはあくまで、“可能性の一つ”」


そう言って、ばっさり切り捨てる。


「わたしが聞いてるのはね、キミの元の時代での邪馬台国の認識の仕方」


ああ、言われてみればそうか。

現代日本での、一般的な知識ってことだな。


「えーと……弥生時代。女王は卑弥呼。魏に使いを送った。場所は……よく分かってない」


「……それだけ?」


「まあ、こんなもんかな?」


記憶を必死に掘り返してみたが、それ以上、これといった情報は浮かんでこなかった。

ナビが、露骨に呆れた顔をする。


「キミさ。史学科の大学に通ってたよね?

何なら、わたしと会う直前に、邪馬台国について調べてなかった?」


「いや、それは……」


ばつが悪くなって、言葉を濁す。


「史学科だけど、入学して間もなかったし。邪馬台国について調べてたのも、たまたま教授が出した課題がそれだっただけで……。まだ途中だったし?」


ごにょごにょと俺は言い訳を並べる。

ナビは、盛大に溜息をついた。


「キミ、そんなんでよく“歴史好き”を名乗れたよね」


「うるさいな……。古代史はちょっと守備範囲じゃないっていうか……」


日本史って言えば、やっぱり戦国時代とか幕末でしょ。

織田信長とか、沖田総司とか。

正直、あの辺が一番テンション上がる。


「弥生時代とか古墳時代って、何か地味なんだよね」


「……日御子ちゃんに、嫌われればいいのに」


凍りつくような冷たい視線が、俺を射抜いた。


「い、いや、違う。今のは言葉の綾っていうか……」


「はあ……まあいいや」


ナビは額を押さえ、小さく首を振った。


「要するにさ。殆ど何も知らない人に説明する前提で話せばいいってことね」


そう言って、また一つ欠伸を噛み殺す。

どうやら、ようやく本題に入るらしい。


「大前提、邪馬台国があったとされる弥生時代には、まだ日本に文字は無かった。必然的に、純粋に史料学からアプローチしようと思うと、海外の文献に頼らざるを得なくなる」


そこで言葉を区切り、ナビは軽く咳払いをした。


「邪馬台国について記載があるのは、“後漢書”、“梁書”、あと、朝鮮の“三国史記”にも書かれている。でも、最も邪馬台国の説明に文字を割いているのは、何と言っても“魏志倭人伝”だよね」


ナビが空中に文字を書きながら説明していく。

“魏志倭人伝”などの字が浮かぶ。


俺はふむふむと頷きながら、傾聴する。


「まあ、更に下っていけば、日本書紀にも、邪馬台国に触れたと思われる貢は存在しているんだけどね」


「え、日本書紀にも書かれているのか?」


意外だった。

昔の人も、邪馬台国のことをちゃんと認識していたのか。


「だったら、今の俺たちよりも時代が近いんだから、正確な事も分かってたんじゃないか?」


俺の質問に対して、ナビが眉根を寄せた。


「近いって言っても、500年もの開きがあるからね。当時の人達も、結局魏志倭人伝から引用したに過ぎない。その頃にはもう、邪馬台国なんて、伝説になってるよ」


そうか……。

文字のない時代のことだから、日本書紀を書いた頃でも、邪馬台国のことを覚えてる人なんて既に誰もいなかったわけか……。


「ちなみに日本書紀には、何て書かれているんだ?」


「ざっくり言うと、卑弥呼の事には一切触れてない。その事績だけを、神功皇后って人が行ったってことにしてる」


「卑弥呼の功績を、自分たちの物にしちゃったってことか?」


だとしたら少し複雑な気持ちになる。

卑弥呼の頑張りが、他の人間の手柄になるなんて。


どうしても、俺は卑弥呼寄りの見方になってしまう。


「もっとストレートに、神功皇后=卑弥呼って考え方もできるでしょ?」


俺の気持ちを察してか、ナビが苦笑しながら付け加えた。


「まあ、今回の主題は、“邪馬台国は何処にあったか”だから、そこに的を絞って話していくね」


脱線しかけた話しを、ナビが元に戻した。


「邪馬台国の所在地については、畿内説と九州説が有力視されてる。まず畿内説だけど……」


ナビがささっと日本地図を描いた。

かなり上手い。

まるで地図をそのまま貼り付けたみたいだ。


畿内。

つまり大阪とか奈良がある場所に、丸をうった。


「畿内説は、神功皇后を卑弥呼に当て嵌めたように、邪馬台国から大和王権への連続性を主張する人が多いね。その方が、流れ的には収まりがいい」


ナビは、畿内に打った丸を指でなぞった。


「三世紀の段階で、各地の国を束ねる女王国家が存在していたなら、その中心が、後にヤマト政権へと発展したと考えるのは自然、ってわけだね」


「確かに……急にどこからともなく王権が生えてくるよりは、分かりやすいな。名前も似てるし」


「あー、そこに着目している人も多いね」


ナビがにこりと微笑んだ。

邪馬台=大和と、書き加える。


「次に、考古学的に考えてみるね。

魏志倭人伝には、卑弥呼が魏より銅鏡百枚を賜ったって記述があるんだけど……」


ナビは空中に円を描くと、その中に幾何学的な文様を浮かび上がらせた。


「その銅鏡と考えられているのが、この三角縁神獣鏡。でね、この鏡が……」


彼女は、畿内一帯を示すように指を滑らせた。


「圧倒的に畿内から多く出土してるんだよ」


「九州じゃなくて?」


「うん。九州からも出てはいるけど、数も分布の密度も、畿内とは比べ物にならない」


マジか。

それは、かなり畿内説に有利な物証だな。


「しかも、邪馬台国があったとされる奈良盆地からは、鏡以外にも、東西の広い範囲からもたらされた他地域産の土器が出土している」


「つまり、奈良盆地が、当時の物流の集積地だったってわけか」


「お、流石。持衰として国を引っ張っているだけのことはあるね。その通りだよ」


ナビはパチンと指を鳴らし、俺を指差した。


「そして、畿内説が有利になった最大の要因。それが、纏向まきむく遺跡だよね」


「纏向遺跡……」


「2009年にね、纏向遺跡で巨大な建物群の跡が見つかったんだよ。それが現在確認されている中で、卑弥呼と同時期の遺跡としては最大規模のものになってる」


「じゃあ、それが邪馬台国だってこと?」


「そう結論づける人は多いね」


ナビが肯く。


「魏志倭人伝には、邪馬台国には七万戸の人々が住んでいたって記述があるでしょ。

その条件を、規模的に満たし得るんだよね」


「うーん……奈良に最大規模の集落があったからって、それがそのまま邪馬台国ってことになるのかな?」


「まあ、確かに。魏と交流がなかっただけで、邪馬台国以外にも大きな勢力があった、って考えることもできるね」


ナビはあっさりと首肯した。


「それと、もう一つ。長年、卑弥呼の墓だと考えられてきた箸墓古墳なんだけど――」


ナビは少しだけ声の調子を改める。


「放射性炭素年代測定によって、築造年が240年から260年頃だと推定された。ちょうど、卑弥呼の没年と重なる時期なんだよね」


「……え?日御子って、それくらいに亡くなるの?」


知りたくなかった……。

十分長生きではあるけど、それでもだ。


「日御子ちゃんじゃなくて、卑弥呼ね」


ナビが、きっぱりと言い直す。


そうだよな。

史料の中の卑弥呼と、俺の知っている日御子が、すべて同一だとは限らない。

……今の話は、聞かなかったことにしよう。


「まあ、だいたいこんなところが、畿内説の主な論拠だね」


「なるほど。かなり説得力があるのは認めるしかないな……」


俺は思わず唸った。

俺の見たものが、そのまま史実とは限らないってのは理解できてるつもりだけど、実際に邪馬台国をこの目で見てしまってるからな。

どうしても畿内説には違和感を持ってしまう。


って言ったら、またナビに怒られそうだから口には出さないけど。


「勿論、これらの説にも弱点はあるけどね」


ナビが少し肩をすくめた。


「そうなのか?」


「うん、先ずは銅鏡についてだけど」


光で描いた三角縁神獣鏡を、ナビがくるくると回転させる。


「確かに畿内で多く出土してるけど、それがまた問題でもあるんだよね」


「どういうこと?」


「多すぎるんだよ。魏志倭人伝での記述は100枚でしょ?それが全国で400枚くらい出土してる」


「三角縁神獣鏡ってそんなにあるのか?」


驚いた。一気に有難みが減った。


「だから、三角縁神獣鏡は国内生産されてたんじゃないか?って意見もある」


「つまり、卑弥呼が贈られた銅鏡は、三角縁神獣鏡ではないかもってこと?」


「それに対する反論も畿内側からあるけどね。でも、長くなるから置いとく」


ナビが身ぶりで、箱を横に動かすような仕草をした。


「さらにね、地政学的な問題点もあるよ」


ナビはそう言って、空中に浮かんでいた日本地図を、指先で軽く叩いた。


「地政学……?」


「魏にとって倭は、朝鮮半島のすぐ向こうにある“海上勢力”の一つだよね。その外交窓口が、わざわざ内海の奥深く。畿内にあるって考えるのは、当時の国際関係から見て、少し不自然なんだよ」


「玄関口が遠すぎる、ってことか」


「そう。玄関口だった伊都国の位置は、畿内説派も九州説派も、概ね意見は一致してる」


「糸島か?」


「そう。これは、キミの今観ている歴史とも一緒だね」


ナビは九州の北側、福岡県の北西海岸辺りを指差した。


「問題はここから。もし糸島が畿内まで繋がってたとしたら、その間の地域。山陰、瀬戸内海地方も支配下に収めていたことになる。そうでなくても、少なくとも北部九州と畿内は、密接な結びつきが無いと不自然だよね?でも、発掘調査からはそんな事実は見えてこない」


ナビがふるふる首を揺らす。


「そもそも、使者を送るにしても、物資を運ぶにしても、まず九州北部の国と結ぼうとする方が、遥かに合理的」


ナビはそこで一拍置いた。


「だから、“魏と直接外交していた邪馬台国は九州にあった”って考える人達が、今でも一定数いるわけ」


畿内説が有力。

けれど、決定的ではない。

その微妙な均衡が、この話題をややこしくしている。

そして当然、次に出てくる疑問は一つだ。


「じゃあ、九州説の方は……?」


ナビが机に肘をついて前のめりになった。

そして、人差し指をぴんと立てる。


「何と言っても、九州説の最大の強みは立地だよね」


ナビは冷めたコーヒーを一口啜り、空中の地図を指で弾いた。

九州北部が、ふわりと強調される。


「九州では、福岡県の志賀島で、西暦57年の物と見られる、奴国王の金印が見つかってる」


漢委奴国王かんのなのわのこくおう、だっけ」


「そう、それ。あれが意味するのは、少なくとも一世紀の段階で、中国王朝と正式な外交関係を結べる勢力が、北部九州に存在していたって事実」


ナビは淡々と続けた。


「そして二世紀後半くらいまで、朝鮮半島や中国と直接的な交流が持てていたのは、ほぼ間違いなく北部九州だけだった」


彼女の視線が、畿内の方へと滑る。


「そこから山陰や瀬戸内海地方、更に内陸の畿内が、大陸と直接的にも間接的にも関わりを持つようになるのは、その直後の時代だね。鉄製品の広がり方とかで、それが見えてくる」


「てことは、俺の認識と同じように、長らく“九州一強時代”があった可能性は高いわけか」


「うん。だから3世紀半ばに、魏に朝貢出来るような国があったのは、北部九州地域だと考える人が多いのも頷ける」


ナビが愉しそうに笑う。

何やかんや言いつつ、こういう話しをすること自体は好きな奴なのだ。


「だから九州説はね、当時の国際関係を前提に考えると、とても自然なんだよ」


なるほど。

地政学的にも、それが一番無理のない考え方ってわけか。


「キミが日御子ちゃんの第二の都とした、吉野ケ里遺跡の存在も大きいね。纏向遺跡が見つかるまでは、ここが邪馬台国のあった場所の最有力候補だったんだよ。有棺無槨って埋葬方法とも、この地域は合致してるしね」


「そうだそうなんだよ。実際この時代に生きている身としては、畿内から朝鮮半島や中国と渡りをつけるって、かなり難しいって感じるんだよ」


北陸の方の国と結べば、できなくはない。

けどそうすると、北陸地方の国に主導権を握られそうな気もする。


「うーん、どうしても九州を贔屓目に見ちゃうみたいだね、キミは」


その事について、良くは思ってないという口ぶりだ。

ナビは一貫して、邪馬台国論争において、中立の立場でいようとしている。


「けどね、当然九州説にも穴はあるよ」


う、来たか。


「聞こうじゃないか」


俺は僅かに身構えた。


「まず、魏志倭人伝の記述に忠実に従っていくと、邪馬台国が海の真上にあることになっちゃう問題」


「な、なんだそれ?どういうことだ」


「そのまんまだよ。魏志倭人伝に書かれてる、どこどこまで何里。どこどこから水行何日っていうのを当て嵌めていくと、九州の広さじゃ収まりきらないの」


ナビが魏志倭人伝の記述に沿って、線を引いていく。

すると確かに、邪馬台国は九州から飛び出して、洋上に浮かんでしまっている。


「これのせいで、沖縄説とか、ハワイ説まで出てきちゃってる始末なんだよね」


いや、ハワイは無いだろ……。


「畿内説だと、南と東を間違えたって事にするだけで、本州に収まるんだよね。ちょっと話し戻っちゃうけど、これも畿内説を推している人の言い分の一つ」


確かに魏志倭人伝ベースで行くと、九州説はかなり厳しいな。

いや、南と東を間違えたってのも、どうかと思うけど。


「ナビ、でもさ。魏志倭人伝の記述が、絶対に正しいとは限らないよな。当時正確な距離を測定出来たとも思えないし」


「それも一理ある」


ナビがビシっと俺を指差す。


「例えば、親魏王として冊封を受けた国がもう一つあるの。それが親魏大月氏王」


「親魏大月氏王?」


「クシャーナ朝だね。中央アジアから北インドにかけてあった国だよ」


何か聞いたことはある……。


「そのクシャーナ朝が、大体10万戸の民が暮らしていたって示されてるの」


ナビがそれも宙に書く。


「対して、倭国はと言うと、投馬国と狗奴国を抜いても同様に10万戸くらいになっちゃう」


「多くない?」


「多いよ」


ナビは即答した。


「多すぎる」


空中に並んだ数字を、2人で眺める。


「クシャーナ朝はね、中央アジアから北インドにかけて広がった、れっきとした大帝国」


ナビは淡々と説明する。


「交易路はシルクロードの中枢。都市も複数。貨幣経済も成立してる。それで十万戸」


そこでナビが一拍置く。


「対して倭国ね。稲作はある。鉄器もある。

でも国家としての統合度は、どう贔屓目に見ても、クシャーナ朝以下」


「……それで同じ十万戸?」


「普通に考えたら、おかしい」


ナビは肩をすくめる。


「だからね。魏志倭人伝の戸数は、実数じゃない可能性が高い。そうなると、国土も実際より広く記述されてる事になる」


「誇張ってことか?」


「うん。政治的に盛られてるとも言えるね」


盛られてる、か。


「魏としても、辺境の小国を冊封しましたって言っても、格好がつかない。彼らからしてみれば、倭国には強国であってもらった方が都合が良いんだよ。辺境の国の実態を正確に残すよりも、ずっと意義がある」


「つまり、俺の言う通り、距離によって九州説が破綻するとは限らないってことだよな?」


「その嬉しそうな顔は気に入らないけど、そういう事だね」


つれない態度でナビが答えた。


「けどさ、まだ問題はあるよ」


少し浮かれる俺に釘を刺すように、ナビが言葉を続ける。


「物証の乏しさの問題が残ってる」


「物証の乏しさ……?」


俺は、さっきまでの手応えが、指の間から零れ落ちていく感覚を覚えた。


「うん」


ナビは頷き、空中に浮かんでいた地図を、もう一度見上げる。


「九州説の一番痛いところはね。“魏と直接交流していたはずの痕跡”が、決定的に足りないことなの」


「金印があるじゃないか」


思わず口を挟む。


「確かに、奴国王の金印は大きい」


ナビは否定せず、そのまま続けた。


「でもね、あれは一世紀。卑弥呼が魏に使者を送ったのは、三世紀前半」


時間にして、二百年ほどの隔たりがある。


「その間に、北部九州から“親魏倭王”クラスの外交を示す遺物が、どれだけ出ている?」


「いや、知らんけど……」


すると、地図の上に小さな点が浮かび上がった。

どうやら鏡の出土数を示しているらしい。

畿内付近だけが、異様な密度で埋まっている。


「三角縁神獣鏡。魏から下賜された可能性が高い鏡だよ。それが畿内に集中しているのは、さっきも説明したよね」


「うん。多すぎるとも言われたな」


俺がそう言うと、ナビは短く息を吐いた。


「そう。でも逆に、九州は量が少なすぎる。

まるで“中心から配られた”みたいな分布なんだ」


「つまりそれって……」


「九州は、受け取る側だった可能性も高い」


胸の奥に、嫌な感触が広がる。


「もし邪馬台国が九州にあったなら、最初に、最も多く、魏の威信財が集まるのは、九州のはずでしょ?」


「……確かに」


「それにね」


ナビは畳み掛ける。


「魏志倭人伝には、女王国の都には、七万戸の民が住んでいたと記されている」


「うん」


「それに見合う、“王都らしい遺構”が、九州では決定的に見つかっていない」


吉野ヶ里は、確かに大きい。

けれど。


「規模は大きいけど、“列島全体を代表する王権の中枢”かと言われると、少し弱い」


ナビは言葉を選びながら、そう評した。


「一方で、畿内の纏向は、防御施設がほとんど無いのに、異様なほど大きい」


「戦うための城じゃなくて……」


「集まるための都」


ナビが、静かに言った。


「集積、そして再分配。そういう“王権的機能”を、強く感じさせる構造なんだ」


俺は、無意識に顔を歪めていた。


「じゃあ九州説は……」


「論理的には成立する。でも、考古学が追いついてない」


ナビは、きっぱりと言った。


「立地は完璧。時代背景も自然。魏志倭人伝の視点とも相性がいい」


俺の反応を確かめるように、ナビは一度言葉を切る。


「なのに、“ここが邪馬台国です”って、決定打を出せない」


それが、九州説の最大の弱点か。


「逆に畿内説は、魏志倭人伝の解釈を多少ねじ曲げても、物証が揃いすぎてる」


ナビは、少しだけ困ったように笑った。


「だから厄介なんだよ。邪馬台国論争は」


俺は、深く息を吐いた。


「なるほどな。よく分かったよ。お前の言ってた、どちらかに結論づけられないって意味が」


「でしょう」


そう言って、ナビは手許のコーヒーカップを弄ぶ。

いつの間に飲み干したのか、中は空になっていた。


「はい。じゃあ、結論の出ない話は、これでお終い」


場を締めるように、ナビが手を叩く。


「今キミが考えるべき、いや、“観測”すべきなのは、キミがいるこの時代が、どんな未来に繋がっていくのかだよ」


「ああ。お前の言う通りだ。頭で考えるより、実際に見てみる方が早そうだ」


それが、数ある可能性の一つでしかないとしても。


急に、強い眠気が襲ってきた。

俺は大きく欠伸をする。


「ほらほら。わたしが寝てる間、ずっと起きて待ってたんでしょ?もう休みなよ」


そう言われ、俺は、さっきまでナビが寝ていたベッドに押し込まれる。


微かに残る温もり。

木々や花々に包まれたような匂いが、俺の身体を優しく包み込んだ。

急速に、俺の眠気が増していく。


「……ここからが本番だよ。この先に待ってるのが、卑弥呼と、邪馬台国の本当の姿なんだから」


ナビの呟きが、遠いところで、優しく響く。


「もしかしたら、そこでキミは辿り着くかも知れない。邪馬台国が、“一つの場所に固定された単純な国家じゃなかった”その可能性に。第三の未来に」


「ナビ……?」


言葉が、うまく聞き取れなかった。

重い瞼を何とか押し上げ、ナビの顔を見る。


「何でもないよ。お休み」


優しく微笑むナビ。

何故か、俺はひどく安心した。

そしてそのまま、心地良い眠りに落ちていった。

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