第百十七話 闘志
タケルの目の前には三つの塊が並んでいる。
それぞれが三百以上。
合わせて千には達しようかという軍勢だった。
三つの軍は、それぞれ狗奴国王の息子が、一人ずつ率いている。
その軍から、気力が充溢しているのを感じる。
無理もないだろう。
タケルを討ち取れば、おそらくその時点で、その者が王位を継ぐことになる。
彼らからしてみれば、たった二百の歩兵と、二十の騎馬しか従えていないタケルは、脅威でも何でもない。
のこのこと現れた、莫迦な獲物にしか見えていない。
それも、極上のだ。
三者とも、我先にと逸る気持ちを抑えきれていない。
そのため同じ戦線に立っていながら、全くばらばらのように見える。
出し抜かれぬよう、お互いの様子を窺いながら、じりじりと近づいてくる。
「舐められたもんだな。投馬国を破ったのは、不意を突いた為だとでも思っているのか?」
無様な陣形を嘲りながら、タケルは悠々と待ち構えた。
やがて先頭の敵兵の姿が、はっきりと視えてきた。
それなりに質の良さそうな鉄剣や青銅剣を携えている。
タケルが来た頃、狗奴国の武器は石器が殆どだった。
それが今では、彼が送った鉄製武器に加え、自分たちで拡げた交易路によって得た品々で、装備の質を向上させている。
「歩兵、前へ」
千には達しようという集団に向かって、三百の歩兵が臆することなく進み出る。
兵を密集させ、防御に特化した陣形を組んだ。
対して敵は、こちらが動いた瞬間を合図に、突如として走り出した。
他の二軍に先んじようと、必死の形相で迫ってくる。
「騎馬隊、出るぞ」
二十騎を従え、タケルも駆けた。
左から迫っていた一軍へ、歩兵と接触する前に突き当たる。
敵は完全に正面の歩兵に気を取られており、騎馬の突入に対応できず、あっさりと陣を断ち割られた。
騎馬隊への対処を強いられ、敵右翼の動きが止まる。
他の二軍も状況には気付いているはずだが、救援に向かう素振りは見せない。
寧ろ、競争相手が一つ脱落したことを、好機と捉えているかのようだった。
タケルは何度も敵陣へ突入を繰り返した。
そのたびに、歩兵の方へ目を向ける。
崩れていない。持ち堪えている。
やはり、兵の練度が違う。
だが歩兵だけで押し返すのは難しい。
早く、援護に向かわなければ。
標的を見定め、鏃のような形を作って、再び突っ込んだ。
敵陣はすでに穴だらけになっている。
王子の守りも、明らかに甘くなっていた。
タケルは剣を構えた。
王子。
やろうと思えば、首を飛ばせる。
だが、敢えて軌道をずらす。
胸元を斬った。深手だが、致命傷ではない。
そのまま駆け抜け、残る二軍の後方へと向かう。
右翼の敵は、すでに二百ほどまで数を減らしていた。
すぐに追ってくる気配はない。王子の救命を優先しているのだろう。
やがて敵の背後が迫ってきた。
さすがに、タケルの動きには警戒していたようだ。
最後尾の兵たちが向き直り、木製の盾を構える。
構わず、馬を走らせ続けた。
蹄で盾を踏み砕き、あるいは剣で叩き割る。
「昔于老の手並みとは、雲泥の差だな」
防衛線を難なく突破し、敵陣を掻き回す。
圧力が、はっきりと落ちたのが分かった。
側面から抜け、味方歩兵隊の後方へ回る。
さっきのやり合いで、全力で駆けさせ続けた。
早くも馬は限界に近い。そろそろ休ませねばならない。
「お前たちはここで待機。直ちに下馬して馬を休ませろ。俺は歩兵の指揮に回る」
言い終えた直後には、タケルは歩兵隊の中へ分け入っていた。
道を開けさせ、先頭の兵と入れ替わる。
即座に敵の剣を跳ね上げ、首を斬る。
一歩踏み込み、倒れた兵の背後にいた者の喉笛を刺し貫いた。
回転しながら右を斬り、そのまま向き直って左へ横薙ぎの一閃。
右腰の皮袋には、血一滴付いていない。
「これより押し返す。俺に続け」
味方は守りの陣形を解き、攻めに転じた。
タケルの開けた穴を広げるように、敵を切り崩していく。
彼の参戦で士気は跳ね上がっていた。
先ほどの騎馬の援護と相まって、形勢は完全に逆転しつつある。
本来なら、ここで退くところだ。
だが敵に、その気配はない。
最後の一人になるまで、戦うつもりか。
「面白いな。俺好みの戦いだ」
タケルはさらに兵を前へ押し出した。
それ以上に、自身が前に出る。
同時に、傍らの兵を一人だけ後方へ下がらせた。
左から圧力。
右翼軍が戻ってきたようだ。
王子の傷は、すぐに動けるものではない。
指揮官不在のまま、兵だけを向かわせたのだろう。
「やるな。舐めていたのは、俺の方もか」
押し包まれかける。
だが、突き抜けるのはタケルの軍の方が早かった。
眼前から、敵が消える。
「反転」
叫ぶ。
全員が一斉に向き直った。
最後尾が、最前列へと変わる。
間に合った。後ろからの攻撃を正面から受け止めることが出来た。
敵の総数は既に半数近くにまで減っている。
だが、こちらの歩兵も百五十ほどにはなっていた。
「小さく固まれ。敵陣中央まで潜り込め」
後方から指示を飛ばした。歩兵が密集隊形を取り、進み始めた。
指示を飛ばしたタケルは、歩兵隊の中から外れ、左へと走り出した。
そこへ向かって、土煙が近づいてくる。
休ませていた騎馬隊だった。
先ほど後ろに下がらせた兵に伝令を託し、ここまで密かに回りこませていた。
引き連れて来させた愛馬に再び跨った。
「ここで終わらせるぞ」
機を見計らった。
馬の体力的に、これが騎馬を使える最後の攻撃となる。
やがて味方歩兵が、敵陣の中央に躍り出てきた。
背中はすぐに塞がれ、完全に包みこまれかけた。
その時、タケルは駆けさせた。
騎馬を二列に並べ、自分は最後尾にいた。
槍の一刺しのように、敵陣を貫く。
歩兵隊のいる中心部。
そのやや後方。
味方の背に続き、左右の敵を斬り伏せる。
着いた。中心部。
タケルは馬から飛び降りた。
騎馬が通った道は、敵陣のただ中に、しばし空隙を作った。
いま、乱戦でありながら、タケルを取り囲む者は一人もいない。
周囲に、目を走らせる。
いた。
もう一人の王子。
地を蹴った。
四方から、敵が襲いかかってくる。
それよりも早く、タケルは王子のもとに辿り着いた。
護衛らしき者を三人。一呼吸の間に斬り殺した。
王子の目に憤怒の炎が宿る。
だが、その感情を剣に乗せる刻も与えず、タケルは王子の腹に足刀を放った。
くの字に曲がった王子の顔面を殴りつけ、地に叩き伏せた。
助けようと向かってきた兵を、返り討ちにしていく。
敵陣で、完全に孤立しかける。
だが、中央に進ませた歩兵隊が、タケルのもとにまで辿り着いた。
倒れた王子を引っ掴み、味方の方に放った。
「王子を預かっておけ、囲みを抜けるぞ」
そのまま走り出し、敵陣を味方とともに抜けた。
そのまま進み続け、敵との距離を開ける。
追ってきていたが、騎馬隊が突撃の構えを取ると、警戒して動きを止めた。
もう騎馬での突撃は出来ないが、姿を見せるだけで、充分な牽制になる。
敵と距離を取って向かい合い、陣を整えた。
歩兵は百四十。騎馬隊に被害はないが、この戦ではもう戦力に数えられない。
だが、馬が生きていると思わせるため、騎兵は歩兵隊には組み込まず、そのまま馬に乗せておく。
敵の総数は五百名足らず。
戦力差は未だ圧倒的。
だが、その差はみるみる縮まっている。
そして、三人の王子の内、一人は深手、一人は捕らえられている。
戦の気勢は、こちらが上回っている。
タケルは一人で、自陣と敵陣の中央付近に歩み出た。
敵陣からも一人、男が進み出た。
タケルと二十歩ほどの距離まで来ると、足を止めた。
狗奴国王の、最後の王子だった。
「残りはあんただけだ。俺を新たな狗奴国王と認めれば、ここで戦を止めてもいい。あんたら兄弟の命も、俺が保証する」
「これからお前を殺す俺が、何故そんな事をしなければならない?」
迷いは感じられなかった。
この国の男たちの気概だけは、認めてもいい。
「二度、命を見逃した。三度目も有るなどと、勘違いしてないよな?」
「勘違いはお前だ。今言ったばかりだぞ。殺すのは俺だ」
王子はにやりと笑った。
タケルも笑い返した。
それ以上の言葉はなく、互いに陣に戻った。
タケルは自軍の先頭に立ったまま、敵陣を見据え続けていた。
風が吹いた。
血と土と汗の匂いが、戦場を流れる。
敵の陣が、わずかに揺れる。
誰かが一歩、前に出た。
それを合図にしたかのように、全体がざわめいた。
「行くぞ」
両軍が、動き始めた。




