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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百十五話 期限

投馬国つまこく王を討つまでの間に、タケルが焼き払った集落のあった場所は、狗奴国くなこくの領地に組み込まれた。


投馬国が降伏し、戦が終わったと知るや否や、狗奴国王は速やかに兵を派遣した。

焼け跡の集落の復旧作業を開始させるためだった。


まるで獣の喰い残した死体に群がる、卑しい鳥だと、タケルは思った。


抵抗を止めた投馬国に対して、タケルはそれ以上の手出しはしなかった。

投馬国にある集落の一つを、タケルの拠点としただけだった。


その代わり投馬国王の息子の中から、新しい王を指名し、狗奴国の、いや、タケルの傀儡とした。


特に軍の編成、交易に関しては、完全にタケルの意向が反映されるようになった。


先ずはタケルの私兵として、百名の若い男を集落に呼び寄せた。

畑仕事に従事させつつ、兵士としての調練も交代で行い、タケルの軍に組み込んでいった。


投馬国軍の規模やその編成も報告させ、それが正しいものかどうかを部下に視察させた。

齟齬や誤魔化しがあれば、報告した者を容赦なく斬らせた。

これによって、投馬国軍の全容は、完全にタケルに筒抜けとなってしまっていた。


そして交易だ。


投馬国は、元来それなりに豊かな国だった。

海岸沿いにも支配地域が広く、塩と魚が取れる。山からは木材と鉄滓てっし

それらを北部や東の大島の国へと流し、代わりに穀物や布を受け取っていた。


今、その流れもすべて、タケルの手の中にあった。

交易路は、誰がどこへ、何を運んでいるかを一つ残らず把握するため、交易商たちを新王の名の下に呼び集めた。

順に問い質し、嘘を吐いた者は、その場で指を斬られた。

二度目は舌。

三度目は首だった。


以降、報告は正確なものとなった。


物流を重視する着眼点は、邪馬壹国で大率だいそつとして、交易に関わっていた経験によるものだった。


とはいえ、殆どの管理は、都市牛利としごり達に押し付けていたのだが。


タケルは“倭国内”の交易利に関しては、殆ど手を付けなかった。

そのため、新王や民たちからの、タケルに対する不満は、幾分緩和されていた。


タケルの目は、海の彼方へと向いていた。


「馬が必要だ」


ここまでの快進撃は、騎馬隊の働きによる所が大きい。

だが、その馬たちも生き物だ。

怪我をすれば老いもする。


永遠に乗り続けることが出来るものではない。


だからこそ軍馬の補給、更には、倭国内で繁殖させられるようにする必要がある。


その為に、交易の路は海の向こうにも伸ばさなければならない。


だが、北の弁韓べんかん馬韓ばかんのある半島への海路は、日御子の北部連合国に押さえられている。

そこに武力で強引に割り込むのは、今のタケルでも厳しい。


ならば、それよりも南方に目を向けるしかない。

漢。或いは、その途上の島国。

対馬国つしまこく壱岐国いきこく州胡しゅうこ


タケルの頭に様々な国や地名が浮かび上がる。


だが、今はここまでだ。


「お前な、いつになったら父上の要請に従うんだ」


いつになっても狗奴国に戻らないタケルに対して、王の方から三度、帰還を促す使者が訪れていた。

二回とも、タケルは無視をしていた。


遂に王は娘であり、タケルの妻でもある迦夜を寄越した。

迦夜自身もいつまでも帰らぬ夫に業を煮やしており、父親の頼みなど関係無しに、タケルを連れ帰ろうと躍起だった。


「しばらくは動けん。俺という存在が重石となり、投馬国の動きを制限しているんだ。今離れれば、またこの国が再起してもおかしくない」


狗奴国王には、タケルの投馬国における影響力をつまびらかにはしていない。

停戦に持ち込み、ある程度の領土は勝ち取ったものの、未だ緊張状態にあり、予断を許さぬ状況だと伝えてある。


タケルの軍の駐在は認めたものの、それ以上の兵を領内に入れようとすれば、侵犯行為とみなす。

投馬国の総力をもって、再び事を構えることも辞さないと、新王の名で使者も送らせてある。

これにより、王の手の者が、投馬国でタケルの邪魔をするのを防いでいた。


「兵を残してお前一人でも戻れば良いだろう。このままでは、父上に翻意を疑われるぞ」


臨むところだった。

投馬国を降したことで、タケルの計略は半ば成っている。

もう、狗奴国王の顔色を窺うつもりも無かった。

あの男が何か仕掛けてこようと、タケルはそれを撃ち破るだけの力を、既に手に入れていた。


だが、迦夜が来たことで、タケルの考えは少し変わった。


「分かった。一度、狗奴国に帰る。だが、長く離れることは出来ない。そのことは、はっきりと王にお伝えしてくる」


「あれ?やけにあっさりだな……」


迦夜が肩透かしを食ったような顔をした。


「お前もしばらくはここに逗留しろ。狗奴国はともかく、お前に会えないのは、予想以上に堪えた」


「はぁっ、いきなり、何言って……」


迦夜はこのまま捨て置こうと思っていたが、手元に戻ってきたのなら、話しは違ってくる。

もしかしたら、タケルの想定していなかった局面に持っていくことが出来るかも知れない。


紅くなっている迦夜を残し、タケルは狗奴国王の元へと発った。



広間に通されると、王は既に玉座に座していた。


「……随分と長居をしたものだな」


老獪な目が、タケルを値踏みするように細められる。


「三度使者を遣わした。二度は無視。三度目は、娘を寄越してようやく姿を見せたか」


「投馬国が不穏でしたので」


「まだ申すか」


王の声が低くなる。


「戦は終わった。投馬国は降り、領地は我が国に組み込まれている。にも拘らず、お前は戻らなかった」


「先程も申した通りです。俺が離れれば、投馬国はまた再起を図る。それでは、この戦の意味が無くなってしまう」


「投馬国とは、未だ緊張状態であるとは、報せは受けているが……」


「左様でございます」


「その情報も、出所はお前だ。投馬国はこれ以上の派兵を許さぬと言っているが、それを言わせているのも、どこの誰だか知れたものではない」


王の纏う雰囲気に、威圧感が増した。


「王は、私の二心をお疑いか?」


「お前の態度次第では、そう判断せざるを得ぬという話しだ」


タケルは黙ったまま、二度、手を打った。


背後の出入口よりタケルの部下が、板の上に積み上げた貢物を運び込んできた。


塩、干魚、青銅器、上質な木材、異国の布。

様々な品が、広間の床を埋めていく。


投馬国の交易とは別に、タケルが独自に開拓した路で手にした品々だった。


王の視線が、僅かに揺れた。


「……ほう」


「その他、投馬国で手に入れた生口せいこうを二十名ほど連れて参りました。兵にするなり、労働力にするなり、お好きなようになさって下さい」


タケルと、彼の部下たちが平伏した。


「これらの品々を、狗奴国王に対する私の忠義の証しとして、献上仕ります」


王はしばし、貢物に目を落としたまま黙していた。

広間に重い沈黙が満ちる。

やがて、低く息を吐いた。


「ふん、忠義と来たか……」


王はにやりと笑い、タケルを見据えた。


「見事な品だ。塩も魚も、質が良い。青銅器に、この布。狗奴国の交易網では揃えられぬ物ばかりだ」


「恐れ入ります」


「だがの、これでは逆効果だと思わぬか?」


「どういう……ことでしょうか?」


「一介の将が、僅かな手勢で大国を降した。そして、貴重な品々と労働力を、惜しみなく、簡単に出せてしまう。これは異常だ」


王が再び、並べられた貢物に目を落とした。


「俺が異常だとして、それに何の問題がありましょう?俺が強くなるということは、狗奴国が強くなることと同義。現にこうして富は流れ、領地は広がり、敵国が一つ消えました」


タケルの言葉に、遠慮がなくなった。


俺を捕らえるか?殺すのか?


やるならばやれば良い。

この力を、失う覚悟があるのなら。

この力を、敵に回す覚悟があるのなら。


挑むように、タケルは王を見つめた。

冷ややかな空気が、辺りを覆っていく。


長い沈黙を破ったのは、狗奴国王だった。


「……確かに、お前の功績は大きい。良いだろう。命令に従わなかったことは、今回のみ不問に処す」


「王よ、感謝いたします」


「但し、条件がある」


「はい」


王はゆっくりと身を乗り出した。


「三つだ」


王が指を立てる。


「年に二度、此度と同じだけの貢物と生口を、狗奴国に納めろ。そして、動きを監視する者を一人傍に置く。定期的にその者には、投馬国でのお前の様子を報告させる。そして最後に――」


王はそこで、言葉を切った。


「二年だ。二年の内にお前は戻ってこい。その後、今お前がいる地には、儂の息のかかった者たちを代わりに派遣する。投馬国が承知しなければ、もう一度戦をしてでも認めさせろ」


「御意」


タケルは再び、叩頭した。


「この約を違えた時、今度こそ儂はお前を討つ。良いな?」


「承知いたしました」


床を見つめながら、タケルは平然とした声で、王に答えた。

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