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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百十二話 焦燥

婚礼の儀が終わり、タケルと迦夜かやは正式に夫婦めおととなった。

列席した王族は、表面上は祝福の言葉を並べていたものの、2人を見つめるその眼差しは冷ややかだった。

彼らにとって余所者のタケルは、飼い慣らすのに手を焼く獣に過ぎない。

王族としての格も低い迦夜は、その獣を繋ぎ止める鎖程度にしか見られていないのだろう。


それでも、タケルの待遇はある程度変わった。

小さな集落は拡充を許され、わずかながらも民からの税が、タケルのもとにも回されることになった。

これで、からの国から付き従ってきた兵たちにも、多少は報いることが出来る。


一方で、妻となった迦夜は、王の集落にある屋敷に留め置かれている。

夫が妻のもとへ通うという風習は、邪馬壹国やまいこくのみならず、南方の国々でも同様だった。


婚姻を結んでから何日も経つが、タケルはまだ一度も、迦夜を訪ねてはいない。

所詮は政略結婚だ。

迦夜との間に、男女の情などあるはずもない。

王の手前、まったく通わぬわけにもいかないだろう。

だが、それがタケルには酷く億劫だった。



その時は、調練の最中だった。

倭国では元来、軍の調練を継続的に行う習慣がない。

農閑期にまとめて行うか、平時は最低限の見張り役を交代で務めさせる程度だ。


兵農は分かたれておらず、有事の際に戦える者を呼び集める。

タケルからすれば、それは到底「軍」と呼べる代物ではなかった。


タケルは、常に一定数の兵に兵役を課した。

兵である間は、戦と調練に専念させる。

その食い扶持は農役に就く者たちが補い、それを交代制で回していく。


元々は邪馬壹国で持衰が始めた制度だ。

これによって兵の練度は、他国と比して一線を画すものとなるだろう。


「あの、将軍……」


兵を休ませる機を見計らい、股肱の臣の1人が声をかけてきた。

調練の最中に口を挟まなかったあたり、よくわきまえている。


「迦夜様が……お見えです」


「……迦夜が?」


タケルの顔に、露骨な不快感が浮かぶ。


「はい。なぜ一度も訪ねて来ないのかと、大層な剣幕で……」


遠回しな使者なら、これまでに何度も来ていた。

その都度、今は火急の時だと告げて追い返していた。

だが、ついに痺れを切らしたようだ。


「調練中だ。いとまが出来次第、こちらから出向くと伝えて引き取らせろ」


「それは……ご勘弁を、将軍」


困り果てた様子で、兵が首を振った。

従順なこの男が命を拒むのは、初めてだった。


「あんなにブチギレてる迦夜様に、“お帰りください”なんて言えません。

腰の小剣で、即座に斬りかかられるのがオチです……」


確かに、あの女ならやりかねない。


「今は将軍の屋敷でお待ちです。兵が宥めていますが、いつまで保つか……。

どうか、お会いください。我々では手に負えません」


平伏して懇願してくる。

よほど追い詰められているのだろう。


「分かった。行ってくる。後は任せるぞ」


調練を引き継がせ、タケルは屋敷へ向かった。

見送る部下は、喜色満面だった。


重い足取りで、自身の屋敷に辿り着く。


中からは、既に迦夜の甲高い声と、それを必死に取りなす兵の声が漏れていた。


兵たちに、狗奴国への忠誠心はない。

王族であろうと、無理矢理追い返せば良いと思っている。

だが、タケルの妻となった迦夜を、無下に扱うことには抵抗があるらしい。


「お待たせしました。迦夜様」


中に入った瞬間、目に飛び込んできたのは散乱した調度品だった。

癇癪を起こし、投げ散らかしたのだろう。


「おま、お前、お前なぁ」

迦夜は震えながら、タケルを睨みつけてくる。

傍らの兵は、疲労困憊といった様子だ。

タケルは顎で合図した。

兵は安堵したように深く頭を下げ、逃げるように部屋を後にした。


「お前、わたしを馬鹿にしているのか。何で一度も訪ねて来ないんだ」


「使いの者には伝えたはずですが。今は戦支度で忙しいと」


タケルの平然とした態度に、迦夜の怒りが益々膨らむ。


「言い訳になるか、そんなもの。どうせ適当に剣を振り回してるだけだろ。それぐらい、他の者に任せておけば良いだろ。わたしよりも優先することか」


決してそんな単純な事ではないが、今の迦夜に何を言っても通じないだろう。

タケルは反論を諦めた。


「何か言ったらどうなんだ、タケル。散々わたしに恥をかかせて、詫びの一言も無いのか。女の方から男のもとに行くなんて。こんな、こんな屈辱……」


迦夜は目を赤くして、拳を握り締めている。

余程悔しいのだろう。


「今まで散々、そちらの方からお出でになっていたではないですか」


「あの時とは状況が違うだろ」


迦夜は指を突き出し、声を荒げた。


タケルは理解に苦しんだ。

今回の婚姻は、タケルと狗奴国の結びつきを強めるための政略結婚。

互いに情などない。

何故こうもタケルに拘るのか。


――女としての見栄か。


そう結論づけた。

確かに王族の、それも若い自分の元に、夫が全く訪ねてこなければ、女としての顔が立たないのかも知れない。


「お気持ちは分かりました、迦夜様」


「……へ?」


タケルが考えている内にも続いていた、迦夜の叫びが止まった。


彼女の前に膝をつき、真剣な眼差しを向けた。


「な、ななな、何だよ」


「確かに俺は浅はかだったかも知れません……。迦夜様を、ずっと一人にしてしまった。それについては、素直にお詫び申し上げます」


「タケル……」


迦夜の顔が、ほのかに赤く染まった。


「王からの目もある。俺が貴女の元に通わなければ、確かに迦夜様の面子も立たないでしょう」


「え、そっち?」


「ん? そっちとは」


「あ、いや何でもない」


咄嗟に迦夜が目を背けた。


「そ、そうだよ。その通りだよ。お前は曲がりなりにも、わたしの夫となったんだ。そのお前がわたしを放っておくなんて、言語道断だろ。父上の印象も悪くなるぞ」


その点については迦夜の言うとおりだった。

今はまだ、狗奴国王に警戒されるべきではない。


「お言葉の通りです。調練は切り上げます。迦夜様の屋敷まで、今日は俺がお供しましょう」


それにこれ以上、迦夜に掻き回されるのも御免だった。

さっさとこの女を納得させ、大人しくさせる。

そちらの方が、結果的には時間を得られると判断した。


「……やだ」


「はい?」


「……今日は、やだ」


理解不能だった。

散々タケルに自分の元に来いと催促しておいて、いざ訪ねると言えば拒否をする。


今度はタケルの方が、迦夜に怒りを抱く番だった。


「どういう事ですか?」


低い声で問いかけた。


「今日お前が来たら、まるでわたしが懇願して、連れていったみたいじゃないか。それは恥だ……。だから明日改めて、お前の方から訪ねて来い……」


この女はどこまで。

タケルは頭を掻きむしりたい気分だった。


「わかりました。明日、日が沈みかけた頃、お伺いに上がります」


どうにかそれだけ答えた。

代わりに今日は調練に集中したいからと、迦夜には引き取って貰うように願った。

一応気を良くしたのか、ここに来るまでに伴ってきた従者と共に、珍しく素直に帰っていった。


……日御子なら。

彼女ならば、迦夜のように、自分の願望を優先したりしない。

国のため、民のために、自分の人生を犠牲にしているのだ。


そんな人間がいる一方で、奔放に振る舞う迦夜のような愚かな女もいる。

不公平だと、タケルは強く思った。


タケルは日御子を救いたい。

彼女には、助けが必要なのだ。


なのに、何故あんな能天気な女のために、タケルが時間を費やさなくてはならないのか。


その日のタケルの調練は、いつにも増して苛烈だった。

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