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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百十話 進撃

あれから迦夜かやは、姿を現さなくなった。

だが、それは長く続かないであろうことを、タケルは知っていた。


おそらくあの娘には、国内で居場所らしい居場所はないのだろう。

兵に聞いた話しでは、迦夜は正妻の子ではないとのことだった。

ふと、邪馬壹国の先王、都萬彦つまひこの顔を思い出した。


「どこの国にも、似たような話しはあるもんだな」


それ以上の思いは抱かなかった。

迦夜のことなど心底どうでも良い。

タケルにとって今最も重要なのは、再び迦夜が現れるようになる前に、戦ができる準備を整えることだった。


季節はもう移り変わり、秋から冬に変わっている。

それだけの時間が過ぎたということなのだ。


タケルは連日、陽が昇っているうちは休む間もなく、自分たちの新たな住処を作り上げるため、兵たちと汗を流した。

そして、それもようやく終わりを告げた。


「……整ったな」


小さな集落を眺め、タケルは呟いた。


集落に立ち並ぶのは、無駄を削ぎ落とした造りの竪穴住居だった。

兵の数に見合った数だけを、等間隔に配置し、通路はあえて広く取られている。

中央には、共同で使う大きな広場。

そこには火を焚くための炉がいくつも設けられている。


一角には厩と馬場。

逃走防止のための木柵で囲ってある。


さらにその外縁には、兵たち自身の手で拓かれた田と畑が広がっている。

自給のための作物、そして乾燥肉や穀を蓄える倉も整えられていた。

だが、

集落の周囲に、自分たちを守るための柵や環濠はない。

敵を拒むための形は、一切存在しなかった。


「守る必要がないからな」


誰に聞かせるでもなく、タケルはそう呟いた。

ここは籠城するための場所ではない。

戦うために集い、

戦うために動き出すための場所。


それだけで良かった。


「ふーん、とうとう出来上がったんだ」


「これは迦夜様。暫く振りですね」


タケルの傍に、迦夜が一人で近付いて来ていた。


「また供もつけずに一人歩きですか」


「放っておきなさい。わたしだって戦う術は身につけてる」


そう言う迦夜の腰には、短刀が差してあった。

身のこなしも軽やかで、タケルの目から見ても、確かにそれなりに動けそうだとは、初めて会った時から感じていた。


「南の女人は逞しいですね」


「北の女は戦わないの?」


「滅多に。でも、弓の扱いが巧みな女人には、一度会ったことがあります」


日御子に初めて会った時、彼女はタケルの前で、鮮やかに兎を射抜いて見せた。

あの時の凛とした姿は、今も瞼の奥に焼き付いている。


だが迦夜はその話に、特に興味はないようだった。


「で、これから戦に出るの?」


「ええ。これでようやく、あなたに役立たずと言われずに済む」


「まだ分からない。そういう科白は、勝ってから言いなさい」


「勝ちますよ。俺は」


タケルは迦夜に向かって、不敵な笑みを浮かべた。

タケルが迦夜に対して、初めて見せる笑顔だった。


決して、迦夜に対する親愛の情から表れた表情ではない。

久方振りに戦に出られる昂揚感と悦びが、彼に思わずそんな顔をさせただけに過ぎない。


だが、不意打ちのようにそれを喰らった迦夜は、なぜか頬が熱くなるのを感じた。


「ふん、精々死なないことを祈ってるよ。狗奴国のために、お前には命一杯働いてもらわないとね」


照れ隠しに憎まれ口を叩くくらいしか、迦夜には出来なかった。



突然現れた騎馬隊を前に、狙われた集落は成す術も無かった。

迎え討つよりも速く接近され、矢の雨を掻い潜り、すぐに取りつかれた。


木柵は燃やされ、焼け落ちた箇所から軍馬が殺到してくる。


「抵抗する者は殺して構わん。だが、不必要な殺生は禁ずる」


待機していた兵と、反抗を示した民たちは、容赦なく斬られた。

その中には若い女もいて、迦夜の言う通りの、南の国々特有の気性を感じさせた。


物品を略奪し、首長の首を刎ね、民を一所ひとところに集めた。

そうして集落を完全に制圧した後、タケルは兵を狗奴国へ放った。


この集落は狗奴国から近い、程なくして、狗奴国王たちが現れた。


「信じられん。戦に出てわずかの間に、この地を制圧したのか」


「後のことは、お好きなようになされるが良い。我々はもう行きます」


「待て、どこへ行くと言うのだ」


「この近くには、まだ幾つかの集落があります。それら全てを、今から陥としに行きます」


タケルは今の戦に満足していなかった。

長い間、戦いから遠ざかったことで血に飢えた男は、更なる血を追い求めていた。


本能を剥き出しにした、獣のような目を向けられ、狗奴国王はたじろいだ。


「そんなことが」


「出来ます。私たちの馬はまだ駆けられます。この事が周囲に伝わる前に、攻められるだけ攻めてしまうべきでしょう」


タケルの迫力に押され、狗奴国王は頷くしかなかった。

実際、タケルの言には一理ある。

それにもし彼が討死したとしても、狗奴国にとっては何の痛手もないのだ。


二十騎の兵を率い、タケルが集落を飛び出した。

枷が外れ、解放された気分だった。


邪馬壹国にいた頃は、勝てる確信があろうとも、戦を見送る機会が多かった。

それは日御子が望み、持衰が掲げる、慈悲の国という邪馬壹国の精神を守るためだ。


当時、タケルはそれを絶対的に正しいものだと思い込んでいた。


だが、今は違う。


慈悲など必要ない。

敵を殺し、支配しなければ、自分たちが喰われるだけだ。

守る為には、戦わなければならない。

望みを叶える為には、必ず犠牲になる者が必要になる。


そのために今タケルは、躊躇なく力を奮うことができる。


「日御子、持衰。やっぱりお前たちは間違っている」


タケルは前を見据えた。

その先に、ちょっとした一団が見えた。

とはいえ、その数は二十一騎のタケルたちより遥かに多い。


先ほどの集落とは距離が近い。

何が起きたのか、すぐに気づいてしまったのだろう。


「だがこれでようやく、少しは戦らしい戦ができる」


一団の中から投石が放たれる。

布に石を乗せて振り回し、その勢いを利用して放つ、いにしえより行われてきた攻撃方法だ。


弓よりも遥かに準備が楽で、熟練した者であれば、驚異的な殺傷能力を発揮する。

現在に於いても、広く使われている武器の一つだ。


「散れ」


二十一騎が散開した。

投石は弓よりも命中精度に劣り、さらには次弾を放つまでに時間がかかる。


散らばって的を小さくし、初撃を躱せばもう向こうは成す術がない。


「突っ込め」


タケルは下半身に力を込めた。

自らの脚の力で、馬の背に強くしがみつく。


敵に突撃した衝撃で、振り落とされないようにするためだ。


その調練は、ずっと兵たちにも課してきた。

今はタケルだけでなく、騎馬の総力を持って、敵にぶつかることができる。


この戦術を昔于老せきうろうとの戦いでもとることが出来ていたら、あの時の戦は全く違う展開になっていただろう。


騎馬が四方から襲いかかる。

敵は良いように蹂躙され、次々と討ち取られていく。

全ての兵を殺し尽くした後、タケルたちは後方の集落に向けて駆けた。


一つ目の集落と同じように、ここもすぐに陥落した。


しかし、タケルたちは止まらない。

すぐにまた別の場所へと馬首を向け、駆け始めた。


「日御子、待っていろ。俺はお前との約束を果たすまで、戦い続ける。必ず、お前を救ってみせる」


鮮血を浴びながら、タケルは敵を斬り殺し続けた。

その姿は、味方の背筋までも凍りつかせるものだった。


全身を赤く染めたタケルであったが、腰に提げた皮袋だけが、異様なほど小綺麗なままだった。

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