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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百九話 狗奴国の姫

タケルたちが与えられた土地は、集落の山の麓にある開けた場所だった。

田はあるが、守りとなる柵や環濠などは、一切設けられていない。

それで構わなかった。

そんなものがなくとも、タケルには、何が襲ってきても打ち倒せる自信があった。


与えられた場所には、馬を放つための木柵で囲った広場と、厩を造った。

馬のための草地も用意してある。


その後に、自分たちの生活基盤だ。

今は仮の家を造り終え、兵を養うに足る糧食を確保するため、田を広げているところだった。


その合間にも、調練は欠かさない。

タケルは、わざと大きく作らせた磨製石剣(せきけん)を振り上げ、大木に打ち込みを行っていた。


上裸になったタケルの肌から汗が蒸気のように立ちのぼり、剣を振るたび、鍛え抜かれた筋肉が躍動する。


「ここへ来てしばらく経つのに、相変わらず質素な所」


「またいらしたんですか、迦夜かや様」


狗奴国王の娘の一人だった。

齢は十六だったか。

供の者を二人引き連れ、小馬鹿にするようにタケルを見ている。


日差しを受けて輝く黒髪は腰の辺りまで伸び、結い上げられてはいない。

肌は南の者らしく健康的な色合いで、年相応の幼さを残しながらも、目元には強い意志が宿っていた。


身に着けている衣は王族らしく上質だ。

だが、日御子が纏った衣と比べれば、彼女の方こそ質素そのものだった。


これが小国と、最先端の漢の文化を吸収した、大国との差だった。


「帰りはタケルに送らせる。あなた達は戻って良いよ」


「しかし、迦夜様」


「いいから、さっさと行きなさい」


迦夜の剣幕に押され、付き人は渋々引き下がっていった。


「ふーん、そうやって鍛えてるんだ。はじめて見た」


タケルの方に近づき、興味深そうにまじまじと眺める。

迦夜はタケルたちが来てからというもの、何が気に入ったのか、頻繁に足を運んでくる。


タケルからすればいい迷惑だが、王族であるが故に耐えていた。


「迦夜様、俺はあなたを送り届けることに同意した覚えはない」


「わたしがそうしろって言ったのよ。だったら従う以外にないでしょ」


迦夜は小柄で、タケルよりもかなり背が低い。

下から見上げるような形で、吊り上がった目でタケルを睨みつけてくる。


顔立ちは非常に整っている。

大抵の男は、その美貌に息を呑むだろう。


だがタケルに迦夜の容姿は意味のないものだった。

彼にとっては、たかだか小さな国の王族に産まれたというだけの、増長した見栄に虚飾された愚かな小娘でしかなかった。


「タケル、お前は自分の立場を分かってるの?腕が立つからと、ここに置いて上げているのに、全然戦に出る気配もない。ろくに役に立てないなら、せめてわたしの護衛くらいはこなしてみせなさい」


「戦には準備がいるんですよ、迦夜様。なのに、あなたの相手をしていて、余計に時間がかかっている」


実際、迦夜の我儘に付き合わされ、タケルだけでなく、兵たちの仕事も阻害されている。

無理矢理話し相手をさせられたかと思えば、狩りに連れていけとせがまれ、遠出を強いられることもある。


タケルの目的のために、迦夜は明らかな弊害となっている。

事故に見せかけ殺してしまおうかと、何度思ったか分からない。


「……お前、わたしのせいだって言いたいの?」


「そう言ったつもりです」


「自分の無能をわたしのせいにするな。情けない奴め」


このようなやり取りを、何度繰り返したか分からない。

その度に迦夜は憤るが、すぐにそんなことは忘れたように、またタケルに話しかけてくる。


「それはそうとタケル。いつまでわたしを、こんな所に立たせておくつもり?」


「いつでもお帰りいただいて結構ですよ」


「腰を下ろせる場所に連れていけと言ったのよ」


タケルは小さくため息をつき、着崩した衣をかけ直した。


「おい、片付けておいてくれ」


近くにいた者にそう命じ、タケルは迦夜を自分の屋敷へ案内した。

屋敷と言っても、どこにでもある竪穴住居だが。

上座に招じ入れ、厚く敷いた筵に座らせる。

盃に川から汲んだ水を注ぎ、木の実を練り、すり潰した果実を混ぜて焼いた物を差し出した。

何を出しても口に合わぬと駄々をこねた迦夜が、唯一気に入った品だった。


「さあ、タケル。何か面白い話をして」


「特にありません」


「お前は、本当に……」


迦夜は不愉快そうに、摘んだ食い物を噛み砕いた。


「まあ、いいわ。いつもみたいに、こっちから聞くから」


機嫌を損なわせ、帰らせようと何度も試みているのに、迦夜はいつも長々と居座る。

内心では、寧ろタケルの方が苛立ちが募っている。


「そうだな〜」


人差し指を顎につけ、迦夜が思案する。


「あ、そう言えばさ、女王の話し、詳しく聞いたこと無かったかも」


タケルがの眉が、わずかに動く。


「確か、日御子って名前だっけ?タケルは会ったことあるの?」


「……お前ごときが軽々しく口にするな、小娘が」


「うん?何か言った?」


「いえ……。女王は常に神殿の奥にて、神への祈りを捧げています。人々の前に現れるのは稀で、その際にも布で顔を覆い、その姿を目にできる者は稀です」


平静を装い、タケルは迦夜に答えた。


「ふーん、ブスなのかな?」


「美しいですよ。……お前よりも」


最後の言葉は、迦夜に聞かれないように呟いた。


「なんだ、やっぱり会ったことあるじゃん」


「昔の話ですが」


「昔か〜。てことは、日御子って結構オバさん?」


「齢は二十八だったかと」


「オバさんじゃん」


迦夜が悪意と優越感に満ちた顔で、けたけたと笑う。


本当に殺してやろうか、この女。

タケルの殺意が、次第に大きくなってきた。


自分に向けられる無礼な言葉は軽く流せる。

だが、こんな愚かな女が、好き勝手に日御子のことを口にするのは許せなかった。


「迦夜様」


「なに?」


タケルの怒りなど露知らず、迦夜が呑気そうに返事をした。


「なぜこうも頻繁に、我らの元を訪れるのですか」


「なによヤブから棒に。なんか文句あるの?」


「とんでもありません。ただ、お父上はご心配にならぬのかと思いまして」


その言葉で、迦夜の顔つきが変わる。


「どういう、意味よ……」


「新参の、しかもかような男所帯に、迦夜様のような方がお一人で入り浸っている。それなのに、それほど強く咎められないのが、不思議に思ったのです」


「あんたには、関係ないでしょ……」


強がってはいるが、迦夜は明らかに狼狽している。

触れられたくない場所を、触れられたのだ。


狗奴国の王族内の事情は、タケルは詳しくない。

だが、適齢期の若い王女が、僅かな供回りだけで自由に出歩ける。その時点で、彼女の狗奴国内での立ち位置は、ある程度察しがついた。


「いえ、何やら邪推をする者も現れぬとも限りません。俺は、迦夜様のお立場を案じているのです。王も、同じ思いではないでしょうか?」


「黙りなさい。お前なんかに心配される筋合いはない」


筵を踏み鳴らし、迦夜は立ち上がった。


「いいかタケル。今後は二度とわたしの事情を詮索するな。分かったか?」


「仰せのままに、王女様」


迦夜の怒りなど何程も堪える素振りもなく、タケルは平然としている。

その態度が、余計に迦夜の神経を逆撫でした。


「何だそれは。お前までわたしを馬鹿にするのか」


「何のことでしょう?」


歯軋りしながら、迦夜は外に向かって行った。


「どちらへ?」


「興が削がれた。もう帰る」


「護衛はしなくて良いので?」


「必要ない。お前の兵にやらせる」


そのまま迦夜は飛び出していった。


「あんな子供に、何をむきになっているんだ。俺は……」


出口から覗き見える迦夜の背中を見ながら、タケルは小さく呟いた。

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