第百八話 残された者たち
気づいた時には、竪穴の家屋の中で横になっていた。
痛みに呻きながら上体を起こして傷を確認すると、綺麗に処置されていた。
タケルに斬られた傷は塞がってはいなかったが、完全に血は止まり、薬草で消毒された痕が見られた。
「持衰様、お気づきになられたのですね」
傍には巫女がいて、驚いた様子で声を上げた。
俺が寝ている間、ずっと見ていてくれたようだった。
「ここは……」
「巫女たちの住居です。すぐに、女王をお呼びいたします」
そう言って、慌てて飛び出していった。
程なくして、日御子と於登が中に入ってきた。
外には、他にも何人も人がいる気配がする。
日御子、良かった。
まだ、ここにいてくれた。
「女王、お怪我はございませんか……?」
「わたしは、大丈夫……」
「そうですか……。ご無事で何よりです……」
俺は思わず、安堵のため息を漏らした。
あの時のタケルの様子であれば、日御子を無理矢理連れ去るくらいのことがあっても、不思議ではなかった。
「申し訳ございません。大率を、止めることができませんでした……。女王の御身を、危険に晒してしまいました。処分は、如何様にも受ける所存です」
筵の上でなんとか居住まいを正し、日御子の前で平伏した。
身体を動かすと、斬られた傷の部分に激痛が走った。
「大率タケルに加え、あなたまで失えば、この国の損失は、計り知れません……」
「ですが……」
「巫女長以外は、外して下さい……」
日御子の言葉に従い、家の周りを取り囲んでいた巫女たちが去っていく気配がした。
なんだか同じようなことが、前にもあったような気がする。
「サイ……。タケルを止められなかったのは、わたしも同じ。あなたが責任を感じる必要はない……」
於登以外の者が居なくなったことで、日御子の口調が普段に戻った。
「日御子……」
「私は許さないけどね。日御子様を危険な目に遭わせるなんてさ。マジであり得ない」
「於登、サイは……」
「相手は狗邪韓国を救った英雄のタケルくんだよ?屋敷の奥に引っ込んで、あれこれ指図するだけの持衰くんが、勝てるわけないじゃない。格好つけて一人で何とかしようとしちゃってさ。浅はかにも程があるよ」
於登が眉を吊り上げて俺を詰る。
返す言葉もない。
彼女の批判は、甘んじて受け入れるしかない。
俺は傷の痛みに耐えながら、正座で於登の話しを聞いていた。
「於登、ありがとう……。でも、それくらいにしてあげて……」
日御子が少し笑いながら、於登を窘めた。
於登の言葉に、完全な悪意は感じられなかったのだろう。
「サイは、誰にも傷ついて欲しくなかった。タケルに、仲間を傷つけさせたくなかった。わたしは、サイがぜんぶ間違っていたとは、思わない……」
「まあ、日御子様がそう仰るのなら、私はこれ以上何も言いませんけど」
フンと鼻を鳴らして、於登は引き下がった。
「サイ、今は傷を癒すことだけに、専念して……」
「……わかった」
傷の手当ては、日御子自身が行ってくれたのだろう。
的確な処置のお陰で、俺は3日ほどで、立って歩くぐらいは出来るようになった。
そして、今回の件の後処理に奔走した。
不幸中の幸いは、タケルの出奔がまだ多くの者には伝わっていないことだ。
大率という、国の最高官が消えたことを、いつまでも隠し通せるものでは無いが、時系列は改竄した。
秋の収穫祭は予定通り行い、タケルの出奔はその後に起こったものとした。
持衰を斬り、日御子の神殿にまで押し入ったことも隠した。
日御子が危害を加えられなかったとはいえ、女王に直接危険が及んだという事実は、人々に与えるショックが大き過ぎる。
北部九州連合の根幹が揺らぎかねない。
そして、天照軍だ。
出ていった者はタケル以外では、全て朝鮮からやってきた新参者だった。
そのため、内外の衝撃は思ったほど大きくはなかった。
天照軍の兵たちは、敬愛するタケルが国を捨てたことに、当然動揺はしている。
だが、彼らを支えている根本にあるものは、女王に対しての信仰心だ。
その確立したアイデンティティのお陰で、自分たちの立場を揺るがすことはなかった。
天照軍の新たな長には、タケルの副官に当たる者を据えた。
更に大率の位には、諸国の中から別の者を任命した。
これにより女王の守護と交易管理は、それぞれ切り離されたものとなった。
事後処理はこのようになされ、大きな混乱もなく、連合国は日常を取り戻した。
だが、割り切れない思いを抱いているものは、少なからずいる。
「タケルと、最後に会ったんだってな。都市牛利」
「はい……」
タケルが神殿から去った翌日。近くの森の中で倒れている都市牛利を、巫女の一人が発見した。
動けるようになり、その報告を受けた俺は、自分の館に都市牛利を呼び寄せた。
「あいつを、止めようとしたのか」
「結果的にはそうなりました。けど、私は……。初めは将軍に、いえ、タケルについて行こうとしました」
「そうか」
何とか顔を上げているが、都市牛利は俺と目を合わせることは出来ないようだった。
言わなければわからない事なのに、都市牛利は真相を打ち明けた。
俺はこの少年のことをよくは知らないが、あの馬鹿正直なタケルが傍に置いていた理由が、何となくわかった気がした。
「タケルは、何て言っていた」
「私のような子供は足手まといだと。お前を傍に置いていたのは、利用価値があったからで、今はそんなものはないと」
「そうか」
「持衰様。私は女王の元を離れようとした裏切り者です。私に罰をお与え下さい」
「俺にお前を罰する資格はないよ。それに、お前は女王を裏切ったんじゃない。ただ、タケルの傍にいたかった。それだけだ」
都市牛利は強く拳を握り締めている。
俺の言葉だけでは、自分を許す気にはなれないようだった。
「あの人に挑んで、私はあっさり敗れました。いや、あれは勝負にさえなっていなかった。タケルは、私を殺しませんでした……。それが、私は悔しい。でも……」
情けをかけられたことに、都市牛利のプライドは傷つけられたのだろう。
一人前の男として、タケルに扱ってもらいたかったのかもしれない。
俺は黙って、都市牛利の言葉に耳を傾けた。
「でも、あの人に組み敷かれたとき、私は恐かった。あの人が恐くて、死ぬのが恐くて堪らなかった。殺すことも、死ぬことも覚悟して、将軍の前に立ったはずなのに……。それを、将軍も見抜いていた。俺は本当は、甘えていただけだったんだ。あの優しかった将軍なら、最後には俺の言うことを聞き入れてくれると。だからあの人は俺を殺さなかった。殺す価値もないと、考えたんだ」
恥じることはない。
誰だって死ぬのは恐い。
誰だって、今のタケルと戦ったら、恐怖で身が竦む。
13歳の少年が、1人でタケルを止めるために戦った。アイツの前で剣を抜いた。
それだけで驚嘆に値することだ。
けど、それを都市牛利に言ったところで、何の慰めにもならないだろう。
「持衰様、ですからどうか、私をお裁き下さい。でなければ私は、あまりにも惨めだ……」
少年は涙を流し、肩を丸めた。
「都市牛利、裁かれて楽になろうとするな。お前如きの罪悪感を解消する為に、わざわざ付き合うつもりはない」
だから俺は、敢えて突き放す言葉を口にした。
今の都市牛利に必要なのは、優しさよりも厳しさだ。
「今日お前を呼んだのは、タケルの最後の姿を聞くためだ。そして、お前に仕事を与えるためでもあった」
「仕事、ですか…」
「そうだ。新たな大率は今の仕事に不慣れだ。お前はその副官として、これまで通り交易管理の手助けをしろ。お前の経験と、船の知識は貴重だからな」
都市牛利は、ぽかんと口を開けたまま黙っている。
「聴こえていないのか」
「いえ、失礼しました。畏まりました、持衰様」
都市牛利は慌てて頭を下げた。
「天照軍の任からは一旦外すが、鍛錬は欠かすな。ゆくゆくはお前が天照軍を率いるんだ」
「私が、ですか」
「タケルの穴を埋めろ。あいつ以上に、この国を支えられる漢になれ。それが今のお前がやるべきことだ。ウジウジ下らないことを考えることじゃない。いいな?分かったか?分かったらとっとと出てって、剣でも振ってろ」
「は、はい。持衰様」
一度拝礼して、都市牛利はバタバタと外に出ていった。
「成長したじゃん」
「うるさい」
ナビが現れ、ニヤつきながら俺の顔を眺めてくる。
「ナビ。タケルが日御子に、最後に伝えたって言葉。それは本当に起こるんだろうな」
「いずれここへ帰ってきて、この国を滅ぼす。日御子ちゃんを、手に入れる為に。ってやつ?」
「ああ」
「確証はない。この時代は、本当に未知数な部分が多いから。でも、あのタケルならきっと……」
「そうだよな。俺もそう思う」
都市牛利は、自分の甘い考えを責めていた。
それを俺は諫めた。
一番甘かったのは、俺なのだから。
タケルへの情を、最後まで捨てきれなかった。
もしかしたら、踏み止まってくれるかも知れないと、期待していた。
こんなことは、もう最後だ。
次にアイツに会う時、俺は一切の甘さを捨てる。
俺の招いた結果に対しての、責任を果たす。
その覚悟を、深く心に刻んだ。




