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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百四話 決別

邪馬壹国やまいこくに到着次第、日御子は真っ直ぐに神殿へと向かった。


民たちは列をなして、女王の帰還を平伏して迎えた。


穂北彦ほきたひこ王はすぐに神殿へと駆けつけて来た。

毎度のことだが、日御子の戻りに狂喜乱舞していた。


「姉上、久しぶりにお会いでき、大変喜ばしく思っております。しかも此度はいつもよりもお早いご帰郷とあり、穂北彦は感動しております」


「うん、わたしも嬉しいよ、穂北彦……」


主人に会えてはしゃぎ回る犬みたいだ。

そんな弟に温かい眼差しを向けながら、日御子はお決まりのセリフで返した。


「やはり、そちらの王都は肌に合わぬのではないですか?姉上、ご無理なさらず、ずっとこちらにいらっしゃれば良いではないですか」


期待に目を輝かせて、穂北彦が日御子に提案する。

コイツのシスコンは、王になっても相変わらずだ。


「違うの穂北彦。わたしには、やるべきことがある……」


「やらなければならないこと、ですか……」


「そう。女王としてでなく、わたしがわたしとして、やらなければならないこと……」


姉の表情を見て、穂北彦も何かを察したのだろう。

彼の顔つきも真剣なものに変わった。


「姉上、私にも出来ることがあるのであれば、お力になりとうございます」


「ありがとう。穂北彦。でも、大丈夫だから……」


「そう、ですか……」


残念そうに、穂北彦は少しだけ肩を落とした。


「姉上、くれぐれもご無理なさいませぬよう」


「うん、ありがとう……」


頭を下げ、地につけた穂北彦の手が、微かに震えていた。

本当は無理にでも止めたいのだろう。


だけど、穂北彦は姉の想いを汲んだ。

穂北彦もまた、王として、人として、成長しているんだ。


持衰じさい


日御子と別れて外に出たあと、穂北彦が俺に話しかけてきた。


「タケルのことは、話には聞いてる」


穂北彦は、日御子とタケルの謁見の場には来ていなかった。

人伝てに、その時のことを知ったのだろう。


「それが関係しているのだろうとは、想像がつく。だが、それによって姉上が何をなさろうとしているのか、俺にはわからない。教えても下さらない」


穂北彦は日御子を、ずっと母親代わりにして育ってきた。

大好きで、大切な人。

そんなたった一人の姉の力になれないことを、穂北彦は歯痒く思っているのだろう。


「だから持衰。姉上のこと、お前に任せたぞ。死ぬ気で、姉上をお支えするんだぞ。いいな」


悔しさそうに、でも真摯な眼差しで、俺に一番大事な人を託してくれた。


「どっかの誰かさんと、同じようなことを言うんだな」


「……? 何のことだ」


穂北彦がナビと重なり、思わずくすりと笑ってしまった。

穂北彦は怪訝な顔をした。


「約束するよ、穂北彦。俺は全力で、日御子のために尽くす」


今度は俺も真剣に、穂北彦に向かってそう告げた。


「か、勘違いするなよ。今回だけだからな。普段は俺が、姉上をお守りするんだ。俺も、まがりなりにも王なんだからな」


そう言って腕を組んでそっぽを向いた。

少し、頬が赤い。

王になっても、素直になれない性格は、相変わらずなようだった。



夜になり、俺は神殿の前に腰をかけていた。

秋の収穫祭が近い。

冷気を孕んだ風が、柔らかく、鋭く通り抜けていく。


遠くから、馬蹄の響きがこだましてきた。

20騎ほど。


音の大きさで、どれくらいの数かわかる。

漢で身につけた、ちょっとした特技だった。


離れた場所で、その音が止む。


しばらくしていると、森の中から人影が、ぬっと現れた。


「よお」

「おう」


お互い、軽く手を上げて挨拶を交わす。

近づいてきたタケルは、5歩くらいの距離で足を止め、辺りを見渡した。


「お前一人か」


「ああ、衛兵たちには暇を出した。巫女たちにも、夜は外に出ないように頼んだ」


「どうりで、誰にも邪魔されないはずだ」


周囲へ向けていたタケルの視線が、俺を捉える。


「お前一人で、どうにか出来ると思っているのか?」


「どうだろうな。けど、誰がいたって、無駄に死人を増やすだけだ」


ゆっくりと、俺は立ち上がった。


「なあ、タケル。今ならまだ間に合う。このまま引き返せば、今夜は何も起こらなかった。そういう事にできるんだぞ」


無駄だとわかっている。

けど、友として最後の忠告を、俺は口にせずにはいられなかった。

タケルは、静かに夜空を仰いだ。


「持衰。俺はもう、この国の在り方を許せなくなっちまったんだ。殺し合いたい奴は勝手に殺し合えばいいだろ。何で日御子一人が、その責任を肩代わりしないといけないんだ。日御子は関係ないだろ」


「日御子が王にならなければ、他の関係のない女子供が、大勢死ぬことになる」


「それが世の習いだろ」


「確かにな。でも、血を流さずに済む方法がはっきりしているのに、それを選ばずにいることを、俺と日御子は出来なかった」


俺の言葉が届いているのかいないのか、タケルは虚ろな目で、俺の背後の神殿を眺めていた。


「なあ、持衰。やっぱり、あのまま都萬彦に任せておけば良かったんだ。そうすれば、戦はいずれ終わっていた」


「言っただろう、タケル。それまでに流される血が多すぎる。俺達の我儘で、救えるはずの人間を殺すことに、日御子は耐えられない。彼女を、深く傷つけることになる」


「傷はいつか癒える。最初は泣いていても、いつか笑える時がくる。けど、女王であり続ける限り、日御子は一生笑えない」


「それが、日御子の望みなんだ」


その時タケルの目に、今日初めて感情の色が宿った。

黒い、憎悪の感情が。


「お前は日御子が望めば、何でもするのか。あいつが死にたいと言えば、その胸に剣を突き立てるのか」


「タケル、そんな話しは……」


「そんな話しだろう」


俺の言葉を遮り、タケルが叫び声を上げた。

泣きたくなるくらい、悲痛な叫びだった。


「日御子が何を望もうが、無理矢理にでも、それを叶えるべきではなかったんだ。あいつの幸せを一番に考えることが、何よりも大事なんじゃないのか。他の人間がどうなろうが、知ったことか」


「日御子の幸せを、俺たちが勝手に決める権利はないだろう」


俺も叫んだ。

昔は俺も、ありとあらゆる手を使ってでも、日御子の自由を守りたいと思っていた。

それが、日御子のためなんだと。

けど、そうじゃなかった。


誰かの犠牲に成り立つ自由を、日御子は喜んだりはしない。

それが分かるからこそ、俺は。


タケルが、ふっと息を吐いた。

自分の心を、再び冷え切らせるために。


「持衰、もういいだろう」


「そうだな。タケル」


腰に差した剣を、俺は抜き放った。

タケルも、構えを取る。


「じゃあ、やるか」

「ああ、持衰」


これから俺は、目の前の友達と殺し合う。

なのに何故だろう。

言葉のやり取りよりも、この方が通じ合える。

そんな気がする。


子供の頃ふたりで遊んだ時のように、タケルも無邪気な笑顔を浮かべていた。

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