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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百三話 覚悟

伊都国へ出てから船に乗り換え、北岸沿いに邪馬壹国へ向かっていた。


船には日御子も乗っている。

だが彼女は楼閣に籠り、水主かこたちの前に決して姿を見せない。

その傍らに寄れるのは、身の回りの世話を務める巫女たち、そして持衰である俺だけだった。


吉野ケ里に大集落を築き、そこを第二の都としたとはいえ、邪馬壹国から遷都したわけではない。

年に一度、秋の収穫を祝う祭りの際には、出生地であり、弟の穂北彦王が待つ西都市の都へと帰還する。


ナビの説明によれば、元々の都を残したまま、別の都を作ることを“奠都”(てんと)と言うらしい。


都を新たに作ったのには理由がある。


日御子は既に邪馬壹国だけの女王ではない。 それを印象づけるためにも、新たな、より大きな都が必要だった。 それに、邪馬壹国は南の国境に近すぎる。 有事の際に、万が一にも女王を危険に晒すわけにはいかなかった。


では逆に、なぜ遷都せずに邪馬壹国を残したのか。


それは、邪馬壹国が信仰の核となる国だからだ。

聖地と呼んでも、差し支えないかもしれない。


あの場所は、日御子の出生地であり、代々の御子が受け継いできた神域と神殿がある。

御子王みこのおうたる日御子が、邪馬壹国から離れるということは、神を捨てるのと同義だ。

日御子の神威に、瑕をつけるわけにはいかなかった。


ただ、俺自身の一番の理由は他にある。

ほぼ全ての自由を奪われてしまった日御子に、せめて故郷だけは残してやりたい。

ここには弟が、母さんが、彼女と一緒に暮らしてきた大事な人々がいる。

山、川、海。

たくさんの思い出の場所がある。


日御子が帰るべき場所までも、俺は奪いたくなかったんだ。

絶対に。


そんな故郷に、もうすぐ久しぶりに帰ることが出来る。

しかも、今年はいつもよりも少しだけ時期が早い。

日御子たっての希望だった。


やはり女王も、故郷や家族が恋しいのだろう。

日御子の願いを、侍女や臣下たちはそう受け取り、微笑ましい気持ちで承諾した。


だが、そんな解釈とは裏腹に、日御子の顔はずっと晴れない。


侍女たちに何を言われても、ずっと日御子は上の空だった。

そして俺も、一人船の弦側にもたれかけ、ぼうっと海面を眺め続けていた。


目に入ってくる景色を、俺は殆ど認識していない。

代わりに脳に浮かび上がるのは、兵たちに連れられていった時の、タケルの顔だけだった。


驚愕、怒り、悲しみ、失望……。


「俺は、あいつとの約束を守れなかった」


つい、口に出して呟いていた。

いや、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

そんな時、彼女はいつも、俺の傍にいてくれる。


「日御子ちゃんとタケルを会わせることはできた。キミは、キミに出来る精一杯をしたじゃない……」


俺の隣で、ナビが膝を抱えて座り込んでいる。

船に乗ってから、彼女はずっとそうしていた。


「あいつは女王ではなく、ただの日御子に会いたかったんだ。俺もそれはわかってた。俺とタケルとの約束は、そういう意味だったんだ」


日御子は顔も見せず、形だけの言葉を一方的に与えただけ。

タケルは話しかけることも許されなかった。


あんなもの、会った内に入らない。


「諸王がいい顔しないのはわかってたけど、あんな強硬策に出るなんてね……」


ナビは膝の上に置いた自身の腕に、顔をうずめた。


日御子とタケルとの謁見。

それは、俺たち三人の間だけで行うつもりだった。

だが、例え日御子の意向であったとしても、女王が臣下に直接会うなど、異例中の異例だ。

連合国という性質上、無断でというわけにはいかなかった。


だから報せは送った。

半ば、押し通す形で。


けれど、各国の強引さは、俺の上をいっていた。

日御子とタケルの謁見の日に、吉野ケ里に現れたのだ。


「俺の目論見は、看破されていたんだろうな」


「キミと日御子ちゃん。そしてタケル。三人の関係性は、他の国にも伝わってたんだね。個人的な私情を挟むことを、彼らは許さなかった……」


ああなってはもうどうしようも無かった。

俺にも、女王にも。


「なんで、あの後タケルに何も言わなかったの?事情を話せば、タケルだって」


「何を言ったって、言い訳にしか聞こえないさ」


「そうかも知れない。でも、潔さがいつでも美徳だとは、わたしは思わない」


「そんなつもりは……ない」


ただ俺は、逃げてしまったのかもしれない。

これ以上、タケルを傷つけたくなくて。

苦しむ顔を見たくなくて。


「タケルは今、大丈夫なのかな?あんな騒ぎになっちゃって」


「女王が不問に処したんだ。それ以上、他の人間が口を挟むことは出来ないよ」


女王に対する不敬に対し、刑に処すべしとの声も多く上がった。

だが、日御子がそれを一蹴した。

タケルの功績は大きく、こんなことであいつを失う損失の方が大きいと。


日御子とタケルの昔の関係性を知っている王たちは、女王の言葉もあってそれ以上なにも言わなかった。


それに、斯蘆国の高名な将を退け、弁韓の平穏を取り戻したタケルは、北部九州連合最強の将と誰もが認めている。


内心手放したくないと言う彼らの気持ちを、日御子は見事に突いていた。


今のところタケルは、大率としての仕事を、これまで通りこなしている。


淡々と。


だが、タケルの心は――。


「結局、俺は何をしても、いつも裏目に出る」


「そんなことはない。少なくとも、キミの決断が多くの命を救った。日御子ちゃんが、これ以上悲しまなくて済むようにした」


「タケルと謁見したあの日、タケルだけじゃない。日御子のことも、俺は傷つけた」


「後悔しているの? 日御子ちゃんを、女王にしたことを」


心の内を確かめるように、淡い緑の瞳が俺の顔を覗き込む。


「いや、後悔はしていない。迷いもない」


吸い込まれそうなその瞳を、俺は真っ直ぐ見つめ返した。


「だったら……」


「分かってる。今度は、しっかり向き合う。アイツと。日御子が帰国の時期を今にしたのも、そのためなんだろうしな」


この帰郷が、何を意味するのか。

日御子も、俺も、そしてタケルも。

皆、わかっている。


「あのさ……」


身体ごとこちらに向き直り、ナビが真剣な表情になる。


「どうした、ナビ?」


俺は続きを促した。


「日御子ちゃんのこと、守ってね。死んでも守るんだよ」


「ああ、約束する」


「でもね、絶対キミも死なないで。絶対、絶対。約束して」


「なんだよそれ。矛盾してるだろ」


思わず吹き出してしまう。


「笑うな。こっちは真剣なんだから」


ナビが頬を膨らませる。


「……日御子ちゃんを一人にしたら許さない。この先、生まれ変わっても、ずーっと許さないからね。いい?」


「ああ、わかってる。約束する」


今度は俺も、真顔で答えた。


邪馬壹国は、もうすぐそこだった。

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