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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百一話 友

昔于老せきうろうの剣筋に、タケルは徐々に慣れ始めていた。

速く、鋭く、変幻自在。しかしわずかに癖がある。

幾度も刃を交えるうちに、その癖が手の内に入ってきた。


今までの昔于老の敵は、彼の剣筋を覚える前に斃されてきたのだろう。

ゆえに問題にはならなかった。タケル以外には。


だが、昔于老もまた、タケルの剛剣に対処し始めていた。

先ほどよりさらに徹底して、力で受け止めず、受け流し、逸らし、殺してくる。

タケルの一撃は、何度も受けられる威力ではない。

それを知り尽くした者の動きだった。


二人が組み合っている間に、天照軍てんしょうぐんの円陣は少しずつ小さくなっていく。

押し寄せる斯蘆国しろこく兵により、犠牲者が増え始めていた。


大将首が目の前にあるのは、大いなる好機。

だが同時に、タケルが昔于老に釘付けにされている状況は、円陣全体にとって致命的な危機でもあった。


握った鉄剣が、徐々に重さを増していく。

タケルはこの戦場で、誰よりも長く剣を振り続けていた。

しかも、斯蘆国最強の将、昔于老を相手にしながらだ。


限界は近い。

タケル自身、それをはっきりと感じていた。


――もう、決着をつけるしかない。


「後先考えるのはやめだ」


呟きと共に、タケルの剣が爆ぜるように振り抜かれた。

さきほどまで徐々に鈍り始めていた剣筋に、再び覇気が宿る。


不意を突かれた昔于老は、タケルの一撃を正面から受けてしまった。

押され、足の軸がぶれる。


だがすぐに態勢を立て直し、冷静に剣を捌き始める。


昔于老には分かっていた。

この猛攻こそ、タケルが残った力のすべてを燃やそうとしている証だと。


一撃必殺の重さ。

しかし同時に大振り。

いずれ隙が生じる。


その隙を突くか、あるいはタケルが動けなくなるのを待つか。

どちらにせよ、勝利は自分の側にある。


そう確信しかけた時。


タケルが、横薙ぎの一閃を放った。

この日タケルが見せた中で、最も速く、最も重い一撃。


――昔于老はそれを、完璧に躱した。


タケルの身体が流れる。

昔于老の目の前に、差し出されたような無防備な胴。


「さらばだ。倭国の将」


昔于老の剣が振り下ろされる。

タケルを確実に両断する、必殺の軌道で。


――だが。


「……何?」


剣に重い衝撃が走った。

自分の刃が、何かに弾き上げられた。


二度目の失態、落剣は辛うじて避けたが、腕が痺れる。


何が起きたのか。


タケルは剣を地に突き立て、それを足の代わりにして踏みとどまっていた。


そして、馬の蹴りのように下から跳ね上げることで、昔于老の剣を弾き上げたのだ。


偶然ではない。

何度も繰り返した隙だらけの大振り。

すべては、昔于老の動きを誘導するためのもの。


タケルが地に刺した剣を引き抜く。

逆手に持ち替え、その勢いのまま昔于老の胴を斬りつけた。


切先に血が滲む。


獲ったか。


「……いや、違う」


昔于老は倒れなかった。

肩で荒く息をし、わずかによろめきながらも、まだ立っている。

その眼には、なお生の輝きが宿っていた。


「浅かった……」


タケルは、深く息を吐いた。


視界が霞む。

全身が返り血と汗で張り付いているのに、喉だけは砂を呑んだように乾いていた。


昔于老が剣を構え直す。

タケルも、震える手でどうにか剣を持ち上げた。


今のタケルに、あと何合耐えられるのか。


昔于老が下半身に力を込めた。

来る。


だがその瞬間、昔于老の横合いから斯蘆国兵が飛び出した。


昔于老を押しとどめる。

更に三人の兵が彼を囲んだ。


「邪魔だ。どけ」


昔于老が怒号を上げる。

だが、一人の兵が耳元で短く囁いた途端、その声がぴたりと止まった。


昔于老は名残惜しそうにタケルへ一瞥を送り、踵を返した。

次の瞬間、駆け出す。


続くように斯蘆国軍全体が、潮が引くように一斉に退き始めた。


その奔流に天照軍は呑まれかける。


「踏みとどまれ。倒れれば踏み殺されるぞ」


円陣を小さく縮め、必死で距離を保つ。

ほどなくして、後方から燕久利軍と騎兵隊、弁韓連合軍が駆けつけた。


「弁韓連合は無事だったか」


タケルが息を吐くと、燕久利が馬を跳ねさせて近づいてきた。


大率だいそつ殿、よくぞご無事で」


燕久利えんくり殿、この撤退は」


伯済国はくさいこくから急報が入った。昔利音が沙峴城さげんじょうを奪還した。昔利音軍は城を放棄して撤退。伯済国本軍が、今こちらへ向かっている」


先ほど斯蘆国兵が昔于老へ伝えたのは、その知らせだった。

挟撃を避けるため、昔于老は即座に軍を返したのだ。


「昔于老軍を沙峴城から引き離し、我らは持ち堪えた……大率殿、礼を言わせてくれ。あなたのお陰だ」


燕久利の目は赤く充血していた。


「……俺たちの、勝ちだ」


その言葉が脳に染み込んだ瞬間、タケルの足から力が抜け、尻から地へ崩れ落ちた。



タケルの戦勝報告を、俺は神殿の中で受け取った。


伊都国南部の平野にあった小さな集落——そこを五年かけて大改修し、女王の第二の都として造り替えた場所である。


佐賀県吉野ヶ里。


今はただ王都と呼ばれているが、後の世では必ずこの名で知られるようになるだろう。


報せを携えて来たのは、御子長みこのおさとなった於登おとだった。

日御子の座す神殿には、限られた巫女だけが足を踏み入れられる。


女王の姿を仰げるのは、同じく神に仕える巫女の身である女人のみ。


例外は二人。

弟の穂北彦。

そして、持衰である俺。


「そう……」


於登の報告に、日御子は静かに頷いた。


「女王。では……」


俺は高座の日御子を見上げ、慎重に言葉を待つ。


「うん。約束を果たそう……。やっと、タケルに会える」


「……ああ」


日御子がそっと微笑む。

思わず俺も、立場を忘れて以前のように頷き返してしまった。


タケルと交わした約束。


弁韓の平和を取り戻した暁には、あらゆる報酬と引き換えに、女王に見える名誉を特別に与える。


斯蘆国との戦いの勝利は、北部九州連合にも計り知れない恩恵をもたらすだろう。

タケルの功績は、誰の目にも明らかだ。


これだけの理由があれば、諸王も少しの我儘は認めてくれるだろう。


いや、必ず認めさせる。


「では早速、諸王にも報せを送ります。大率だいそつが戻り次第、謁見の場を設けましょう」


「謁見……」


日御子が少し眉を顰める。


「何事にも、建前は重要ですから。友と会うだけでもね」


そう、日御子は女王なのだ。

ただ人と顔を合わせるだけでも、それ相応の理由がいる。


けど、タケルと日御子は。俺たちは。

いつまでも友達だ。

俺は言外にそんな意味を込めたつもりだった。


「うん……」


タケルと日御子が顔を合わせた時、どれほど喜ぶだろうか。

それを想像するだけで、自然と口元が綻んだ。

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