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倭国大乱 〜『観測者』は転生し、全ての歴史を見届ける〜  作者: 明石
第ニ章

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第百話 昔于老

騎馬に拘ったのは、タケルの我儘だった。

漢の地で孫堅が、孫策が、持衰が。

騎馬を駆って走り回る姿が強烈に残っている。


後にタケルは持衰以上に馬を乗りこなせるようになったが、あの時の持衰の姿は、タケルにとって未だ憧れであり続けている。


持衰のように、騎馬に跨って戦場を駆け巡りたかった。

その夢が叶った。


だが、これ以上燕久利や兵達を、タケルの感傷に付き合わせる訳にはいかなかった。


これよりタケルは、勝利のための最短距離を走り抜ける。

その為に騎馬を捨て、燕久利にそれを託した。


「将軍?何やってるんですかこんな所で」


天照軍の歩兵隊にいた都市牛利としごりが、タケルの姿を見て驚きを露わにする。

周りの兵もざわつく。


昔于老せきうろうの軍に、騎馬隊では有効打は与えられない。ならば俺が直接お前たちを率いて、あいつらを地上で叩き潰す」


「騎馬隊はどうしたんです?」


燕久利えんくり殿に預けてきた」


「んな無茶な」


都市牛利は呆れ顔だ。

大率であるタケルに対して無礼が過ぎるが、タケルはあまり気にしていなかった。


「無茶をしなけりゃ勝てないんだよ。あの昔于老という男は」


纏わりついてくる都市牛利を持ち場に戻し、タケルは陣を組み直した。


全体の部隊配置も燕久利軍と入れ替え、天照軍が中央に位置した。


進軍の合図を出し、徐々に軍が前に出る。


昔于老軍がいしゆみを構える。


「止まるな、盾を構えながら少しずつ前進しろ」


天照軍だけでなく、両翼の燕久利、弁韓べんかん連合軍も盾を構える。


再び、鉄の雨が降る。

盾で防ぎきれなかった矢が何本か、味方の兵に突き刺さる。

運悪く急所に当たり、倒れる者もわずかにいる。


「雨が止んだ……」


敵軍が弩の装填を始める。

その数瞬前に、燕久利が騎馬を率いて飛び出していた。


「続け」


タケルが叫んで歩兵が走り出す。


敵はその動きに気づきているだろうが、先に走り込んで来る騎馬の対応を優先しなければならない。


盾で馬を防ぐ。

装填が完了する。


直前に燕久利が離脱する。

後を追うように弩の矢が騎馬隊を襲う。

また何人かが倒れた。


だが、歩兵がぶつかった。


ぶつかった瞬間、空気が震えた。


盾と盾が激突し、押し返す腕に重さがのしかかる。

タケルは前へ踏み込み、敵兵の盾の縁を蹴りつけた。


押し負けまいと歯を食いしばる斯蘆国兵の顔が見える。

鍛えられた兵だ。乱れもしない。


だが、真正面の押し合いなら負ける気はなかった。


「押し潰せ」


タケルの声に天照軍が一斉に力を込める。

地鳴りのような唸りと共に、前列がわずかに押し返った。


弩兵たちも弓を再装填する余裕はない。

剣に持ち替え、応戦している。


強い。

そのどれもが精兵だ。

だが、実力は圧倒的に天照軍が上だった。


「弩と盾さえ無力化すれば恐るるに足りない。こんなものか?」


タケルが前へ詰めた、その瞬間――

何か 硬い壁 のようなものにぶつかった。


これまで押し返してきた斯蘆国兵の手応えとは全く違う。

まるで鋳鉄を押しているかのように、びくともしない。


――違う。

敵の中枢に、「何か」がいる。


押し出そうとする天照軍の勢いが、そこで一度止まった。


「踏ん張れ!」


タケルが前線の肩越しに叫ぶが、敵の抵抗はさらに強まる。


直後だった。


堰が切れたように、前方から 力そのもの が押し寄せてきた。


暴力の奔流。

その勢いに、天照軍の前に進む力が止まった。


「お行儀のいい戦以外も出来るみたいだな、昔于老」


先頭に躍り出た。

眼前に現れた。

さっき見た若き将。


「昔于老」


叫んだ。

渾身の力を込め、剣を振り下ろす。

歯を食いしばり、昔于老がその剣を止める。


目が合った。

輝いている。狂気じみた悦楽に燃えて。


やはり気が合う。


剣を弾き、二人が後ろへ跳ぶ。

一瞬、戦場の只中に空隙くうげきが生まれた。


その刹那を逃すまいと、左右から斯蘆国兵がタケルを挟み込むように迫る。


まず一人目。

タケルは半歩だけ身体をずらし、その勢いを逆に利用して懐へ潜り込むと、斜め下から胴を断ち割った。


斬撃が肉を割き、骨を断ち、手応えが腕にまとわりつく。


臓腑を刃に絡ませながら、二人目の振り下ろす剣を真横から弾いた。


重心の崩れた敵兵の首を、ためらいなく掻き切る。


血飛沫が身体に降りかかる。

だが日御子の皮袋だけには、一滴も血を浴びさせない。


「邪魔するな」


吐き捨てるように呟き、タケルはもう一度、昔于老へと飛び込んだ。


瞬きの間に、幾度も斬撃が浴びせかけられる。

皮一枚を数太刀斬られた。

タケルが放つ重く鋭い剣を、昔于老も受け流していく。


閃光の如き斬り合いに、入り込もうという兵はもういなかった。

二人を避けるように、お互いの兵たちがぶつかり合っている。


斬り結ぶたびに金属音が弾け、火花が散る。

押し込めば押し返され、斬り上げれば斬り伏せられる。


刃と刃が触れるたび、腕の骨が軋んだ。


昔于老の剣は軽やかだ。

まるで戦場に舞い降りた獣が、遊ぶように斬り結んでいる。


対してタケルの剣は重く、速く、深い。

一撃で鎧ごと身体を断つためだけに鍛え上げられた殺意そのもの。


常人なら、数合受けただけで腕の骨が砕けるだろう。


だが昔于老は笑っていた。

タケルに斬られた頬から伝う血で、口元を滲ませながら。


「これほどの相手が、倭にいたとは」


「俺も同じだよ昔于老。こんなに長く俺の前に立っていた敵は、お前が初めてだ」


互いに脚を踏みしめ、一撃。

二人の剣が今一度ぶつかり合う。


大地が鳴動した。

周囲の兵が刹那の間、思わず二人に視線を送った。


一振りの剣が宙を舞う。


昔于老。


タケルの斬撃を、遂に受け止めきれなかった。

手が痺れる。

肘から先の感覚が無い。


斜め上から昔于老の首めがけ、タケルの刃が振り落とされる。


獲った。

獲られた。


敵味方双方が、そう思った。

タケル自身も。


だが、タケルの剣は空を斬った。


渇いた音を立てて、昔于老の兜だけが、回転しながら宙を舞っている。


ならば昔于老は。


彼は感覚の無くなった両腕をぶら下げたまま、深く腰を落とした。

そのまま右足を軸に回転し、勢いを乗せた回し蹴りをタケルに放った。


咄嗟に後ろに跳んで避けたが、鳩尾に入った蹴りは、皮甲の上からでも十分な威力があった。


思わず息が詰まり、一瞬タケルの動きが止まった。


その隙に昔于老は退がり、彼らの間に斯蘆国兵が立ち塞がった。


「簡単に死んではくれないか」


回復したタケルは、目の前の敵を斬り倒した。

だが、昔于老の姿は兵に紛れて見えなくなった。


「つれないな、昔于老」


タケルも前衛を交代し、少し後ろに下がった。

中央の天照軍は押している。

左翼の燕久利軍は膠着。

だが、右翼の弁韓連合軍は敗走寸前の様子だった。


燕久利の騎馬隊が騎射で援護をして、何とか持ちこたえている。


「天照軍、もう一押しだ。中央軍を破って右翼を援護する」


勢いをつけて敵に突進する。

だが、先ほどのような硬さが無い。

寧ろ薄い真絹を押したように抵抗がない。


躱されている。

昔于老が指揮を出したのだろう。

無理にやりあって損耗を増やさず、脆い右翼を片付けてから、確実に包囲するつもりだ。


「戦の指揮は向こうが上手か」


軍を完全に分けたのがここで裏目に出た。

三軍の力に差がありすぎたせいで、このような結果になってしまった。


ふと、脳裡に持衰の顔がよぎった。

こんな時に持衰ならどうするか――無意識にタケルは考えていた。


「違う。これは俺の戦だ。なら俺は、俺の戦い方をするだけだ」


腰の皮袋にそっと触れる。

ふたつ、静かに呼吸を整えた。


「天照軍、全力で突っ込め。相手がまともに応じないなら好都合だ。敵陣を突き抜けて分断するぞ」


掛け声と共に天照軍が駆けた。

やはり抵抗は薄い。

否、敵の方から道を開けるように、天照軍を自陣の奥へ奥へと誘い込んでいる。


だがタケルは構わなかった。

むしろ、それが敵の望む展開であると分かっていて進む。


「昔于老。俺たちは天照軍なんだよ」


完全に敵陣中央へ入り込んだ瞬間、柔らかかった軍が再び鋼の壁に変わった。


「円陣。背中を預け合え!」


四方八方から斯蘆国兵が押し寄せる。

だが円は崩れない。

剣を振り、槍を突き、盾で跳ね返す。

足元には、敵の屍が次々と積み重なっていった。


ここで踏みとどまれば、弁韓連合を追い詰めている敵部隊も、必ずこちらへ振り向く。

各々の武力に支えられた徹底抗戦。

それが、タケルの選んだ戦い方だった。


その時、鋭い閃きが視界の端を横切った。

反射的に首を反らす。

わずかでも遅れれば、頭蓋を真っ二つにされていた。


「待たせたな、倭人」


「会いたかったよ。昔于老」


まるで友人と再会したかのように、二人は笑い合った。

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