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ベリーベリーストロベリーのけっこん


 9月25日、彼女は死んだ。

 そして、僕も死んだ。

 誕生日は消えた。

 最初から無かったことになってしまった。

 14年間、彼女のために歩んだ道のりも全部流されて水泡になってしまった。

 

 もう、全部がどうでもよくなった。

 見えてるもの全てが色褪せていく。

 闇夜にとけて、全部偶像になっていく。

 

 最後に彼女に会ったのは、血痕が残っている事故現場と、いらないと言って捨てていたはずの婚約指輪だった。


 彼女は体の芯が冷えてるように冷たかった。


 いつものように話しかける。


 頬を突いたり、ふにふにしたりする。


 だって、死んでるはずがない。


 また笑ってくれるはずなんだ。


 またがあるはずなんだ。

 

 かたをゆらす。


 彼女はきっと嘘寝をしてるんだ。

 きっと内心焦っている僕を口元をニヤつかせながら、笑っているはずなんだ。


 「起きてよ!」


 肩を掴む。

 

 揺らす。


 揺らす、


 揺らす。


 起きるはずなんだ。きっと、きっときっと、だって、だってだってだって、だって、なんで、なんで


 明日はパンを食べようって言ってたんだ。治療のために痩せこけてしまったから食べようって言ってたんだ、頭を隠すためにお揃いの帽子を買おうって言ってたんだ彼女と明日を生きるために僕は医師になったんだ、


 だから、だから、だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから、

だからだからだからだからだ


 てがふるえる、あたまのろれつがまわらない


 ての震えが治らないよ


 彼女の心臓に触れる


 右頬を何かが触れている


 雨が溢れている


 ポツポツと流れ落ちる


 やけにしょっぱい


 ちがう、涙だ。


 おれはないていた。


 心臓の息は消えていた。


 誰かが笑っている


 笑い声が聞こえる


 「あははははははははっははははははははは

はははははっぅははははははははははははははっははははははははははははははははははははははっはははははは

ははは

は        は     はば    r


 なんで気持ち悪くて、醜い声なんだ。


 こんな奴は地獄に行ったほうがいい。

 

 消えてしまえばいい。


 きっと彼女のそばに居るのがこんなゴミみたいなやつじゃなければよかった。

 

 きっとそうだと、サイレンの音と、うるさいくらいの人の声が責め立てるように呼応していた。


 彼女は治療の副作用で髪は殆ど抜け落ち、体はミイラのように細くなってしまっていた。


 いつだって明るかった。笑っていた。だから、甘えて縋っていた。

 

 明日があるよって、そんな自己満足と保身の言葉を投げかけて、これが正しいと思い込んで、医者という肩書を使って、偽善の言葉を投げつけた。


 でも、昨日初めて彼女は泣いていた。


 震えるような手で、震えるような声で、ボロボロの体を震わせて、

 明日がくるのがどうしようもなく怖いって、

 明日が来るのならあなたが終わらしてって、

 もう疲れたよって、

 心が壊れそうな目で僕に伝えてきた。


 それを明日がある、これを乗り越えれば。いつかは、そんな曖昧な言葉で流そうとした。

 言葉を受け止めずに持っていた結婚指輪を右手の中指に嵌めようとした。

 

 そんな、手は拒絶されて、指輪は吹き飛んでいった。


 「助けてよ、もう終わらせてよ、明日もこんな不安を抱えたまま生きていたくないよ、

 だから、貴方の手で終わらせて。」

 彼女は血を吐きながら、倒れ込んだ

 僕は分かってしまった。もう2度と会えないことを。

 

 安楽死は日本では違法だ。

 だが、仕方なかった。

 どうしようもなかった。

 留学したときのつてを使い薬を貰った。

 

 二人しかいない部屋で、注射薬を手に取った。

 彼女の手首に近づける。

 手首は前見た時は傷ひとつなかったのに、傷だらけになっていた、何を見ていたんだろうか俺は


 見える傷も見えない傷も消しても消しても消えない傷になってしまっていた。


 覚悟を決めた。

 決めたのに君がそんなこと言うから、

 「来世で会いましょ、またね」なんて

 手首に刺していた注射器を床に叩きつけて壊した。

 もう、ダメだった。そんなことを聞いてしまったら。


 彼女は暴れて泣き叫びながら、

 「もう辛いの、終わらせてよ!」

 なんて、叫び回る


 「俺だって消えてしまいたいよ!

 君を救えなかったゴミなんて死ねばよかったよ」


 なんて、ことを言った。


 彼女は一人飛び出した。


 一人残った部屋には薬剤の香りとほのかに香る香水の匂いだけが残置した。


 翌日彼女から連絡が来た。


 「さよなら」


 嫌な予感がした。

 いつも会っていた屋上のある建物に言った。

 

 家の鍵もしないで、靴も履かないまま、心臓が擦り切れてしまうくらい走った、足が苦痛で歪んでいく、でも、止まれなかった。止まったら終わってしまうような、そんな予感があった。


 ビルに着く。

 

 階段を駆け上がろうと、中に入ろうとする。


 足を止める。

 聴覚も止まる。

 世界も止まった。

 

 その必要がないことがわかったから。


 視界の端に血塗られている何かがあるのが、分かった。

 振り返る。


 彼女に似ている人が、そこにいた。


 きっとたまたま、このマンションに、この時間に、彼女と同じ背格好をした人がたまたま居た。

 

 そんな考えは事実という凶器に否定された。

 昨日そのまま放置していた指輪を嵌めていた。

 

 一体誰が悪いのか、安楽死を受け入れなかった国か、彼女が苦しんでいるのに自己保身したできない哀れな俺か、それとも世界なのか、

 今の彼女に死んでしまえという言葉は消えてしまう理由としては十分すぎた。

 その言葉をネットで突き刺した他人なのか


 煩わしい騒音とゴミのような人だかりの中には撮影をしている人もいた。

 何が面白かったんだろうか、何にもわからなかった。


 彼女が病気になったことを知って、馬鹿みたいな自分が彼女を救うには数をこなすしかなかった。


 一日中勉強をしても直ぐに頭が良くなるわけでもなかった。

 すぐに分かった。

 凡人だったということを

 やればできるんかって、心のどっかでそう思っていたんだ。

 そんな自信はへし折られた。

 テストの結果は下から数えた方が早くて、変わらなかった。

 

 テストの時期が来るたびに心臓の鼓動が早くなる。

 早くしなきゃ、俺が頑張らなきゃ、時間がないから、ずっと考えていた。


 きっと俺は自分が頑張っている、努力しているって自分に言い聞かせてたんだ。

 

 頑張ってるよ、努力しているよって、そう言われたかった。外面ばかり気にして結局変われなかった。


 でも、たった少しの君との会話だけで、幸せを感じれたんだ。

 くだらないことを言いあって、顔を合わせて笑い合うだけのことなのに、どうしても諦めきれなかった。


 諦めようと思って、寝転がってゲームをしても、辛くて顔をうずくまっていても、どうやってもあの時間が消えるのを諦めることを体が許してくれなかった。


 寝る以外の全ての時間を費やして、俺は医師になった。

 ベルギーに留学をした。

 その経験を糧に帰国して、彼女を助けようと思った。


 でも、意味がなかった。

 彼女は死んだ。




---




 今、俺は屋上にいる。

 警察のサイレンが絶えずなっているのが聞こえる。

 絶え絶えになっている息と、手についているほのかに生ぬるい血を服で拭う。


 指輪を床に置き、フェンスに飛び越える、


 俺の物語はここで終わる。

 物語は終わり次に続く。

 演劇は終わったら客は去っていく。

 物語の続きや結末は分からないまま。

 

 俺が生まれた日に俺は死に、この話は終わる。

 でも、きっとこのままだと、この物語は誰にも知られずに消え去ってしまう。

 

 だから、この話をこのサイトに残す。

 

 誰かが覚えていれば、生きていた証は残る。

 だから、今見ている君たちにこの二人の物語を捧ぐ。

 

 血だらけの指で入力する携帯は血痕がびっしりついている。


 携帯を宙に投げる。

 夜が誘っている。

 ナイフは床に転がっている。


 小さい頃、俺は80歳まで長生きすると思っていた。なんで、長生きできないんだろうって、

 その理由がわかった。

 この世は不条理という不幸が訪れてしまうからだ。こっちから望んでいる時は訪れないのに、望んでいない時に訪れる。

 この世は瞬間の幸福と、巨大に広がる不幸によって形成されていた。

 辛すぎてしまったんだ。

 俺にも彼女にも

 でも、きっと次に会うときには笑っていられることを願って。


 階段の音がする。

 時間はないらしい。


 運命は巡り巡る。輪廻は起こりうる。

 彼女が言っていた。


 その言葉の返答を今返そう。


 今世では愛している。

 来世では、また君を愛そう。

 呟く、ぼそっと


 そして僕は夜に飛んだ。

 風を切る音がする。

 闇夜に光る、光は案外綺麗なものだった。


 そして、最後に見ている君たちへ、

  

  「さようなら」



 




 




                   グシャ

 

 

 


 

 

 

 


 

 


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