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取引先の人が……

作者: なをゆき

 取引先の担当の立川さんと1年ぶりに会った。

「おおい、塚本さん、こっち、こっち」

 俺は目が丸くなってしまった。なんだかイカツイ男が俺の名前を呼んで手を振るのだ。


 立川さんは今年で50歳。俺と同い年で5年ほどの付き合いだ。


 立川さんはとても真面目で実直な人だ。

 いわゆる一部上場企業に勤務する会社員。役職はあまり大きな部署ではないが課長として勤務する。

 待ち合わせ時間の30分ほど前には現場の近くにいて、よほど大きな交通機関のトラブルなどでなければ遅刻などしない。待ち合わせなど俺がいつも待たせてしまうくらいなので恐縮してしまう。

 服装もきちんとスーツを着用している。さすがに真夏の暑い中にネクタイはすることはしなくなったというが。口調も礼儀正しく「きちんとした」人なのだ。

 ちょっと中年太りと頭が薄くなってきたのが最近の悩みだそうだ。


 ところが、今日の立川さんは髪を伸ばして後ろをお団子のように束ねた髪型になってちょっと白くなった口ヒゲも蓄えるようになった。ヒゲはきれいにトリミングされて「きちんとした」立川さんがかろうじて伺える。

 服装も黒い開襟シャツからちょっと控えめではあるが細めのネックレスが覗いている。彼の名誉のため言っておくが磁気ネックレスの類ではない。ゆったりとしたような服装はちょうど中年太りを隠している。

メガネも変えて、なんだかイカツイ感じというか、ワイルドになった、というか……。


 全くの別人である。

 立川さんとは電話ではつい先月も会話しているのだがテレビ会議などではないので姿の変化には気が付かなかった。


 何が起こったのか? 高校生の時に夏休み明けの二学期に変貌した友人を見た時の感覚が三十数年ぶりに鮮明に蘇る。

 え?何かヤサグレてしまった?

 もしかして愛人でもできて愛人のアドバイス? いやいや、それは断じて無い。あの立川さんだもん。立川さんに愛人がいれば俺だって…。俺がいないのにあり得ない。

 そもそも変貌した姿に奥さんや大学生の娘もいるって言ってたっけ?変わった姿になんか言ってないのかなぁ。


 その日は立川さんに変貌した話を聞けずにその話題は「全く」触れなかった。というか触れられなかった。


 帰社後、わが社の上司の中村に立川さんの話をした。中村さんも立川さんとは付き合いが長いので真面目な立川さんのことはよく知っている。

「立川さんの会社は今度組織を変えるらしく、立川さんも本社勤務から子会社転籍になるらしいんだよ」

「彼も三十代から5年くらいまで長く客先に出向に出されて今の部署なんだよな。どちらかといえば不遇な人なんだよ。それでも一部上場の会社にいればって頑張ってこれたんだろうけど、今回の組織変更で本社にいる人がほとんど転籍ってことになるんだ。今まで真面目にやってればっていうものが崩れたんだろうな」


一週間後、たまたま俺と中村と立川さんと会う機会があって立川さんが髪型、服装について話してくれた。

「私、正式に子会社転籍が決まりました。事業部がそのまま子会社への転籍なので会社名は変わりますがこれからも御社とのお付き合いは継続させてください。契約関係の詳細は先日資料をお送りした通り……」

「承知いたしました。」


「ところで、私の格好なんですが……」立川さんは頭をなでながら、

「ビックリされたでしょう」と言ってきた。

「ええ、まあ、かなりイメチェンされましたよね」

「髪型は数年前から在宅勤務が多かったから髪を伸ばしたんですよ。それでハゲかくしで髪を伸ばしていたら急遽出社する用事があって。どうしようってなって困っていたら娘が『髪の毛後ろで束ねて行けばいいじゃない』って髪ゴムくれたんですよ。これが若い女性社員に意外にも評判が良かったんですよね。ちょうど内内に転籍の話が出てきて、もうどうでもいいや、このままいっちゃえって。」

「そうなんですね、服装は?」

「髪型がこんなにしたのでまた娘に相談して髪型に合うような服装も選んでもらいました」

「おかげで娘にも服買ってやらなけばならなくなって。えらい出費でした。ははは」


「ただね……」

ちょっと言いにくそうに立川さんの話が続いた。


「私も新卒でこの会社入っていろいろあったけど、結局はこんな形で終わっていくのかな、とは正直思いましたね」

「若い時には、『今のうちに苦労しておけ、後でちゃんと報われるから』とか言われて黙って給料も我慢してやってきたけど今でも給料は思ったほど上がらなかった。先輩が残業代稼いで家を買ってるから大丈夫っていうから。でもいざ自分がマイホームを手に入れたら今度は会社からは残業するな、って。そうなると支払いがきつくなるし」

「正直業績の上がらない会社内も自分の保身でマウントとる人とか、人の足引っ張る奴もたくさんいて。部下も何人かつきましたが言われたものしかやらないし、何かと簡単に体裁だけよくこなそうとして結局できていないという……」


「いままで会社のため、自分のこれからの為ってやってたつもりだけど結局報われないのかなって思っちゃうと……やっぱり馬鹿らしく思えてきますよねぇ」


俺と中村さんは立川さんと別れた後少し話した。

「やっぱり、立川さんも大変なんですよね」

「うん、まだ立川さんも今まで自分も割り食ってる分少しくらいは報われていいだろう、というのが無意識にあるのかもしれないよな。真面目な人な分だけそういう気持ちが強いかもな」


「自分たちはどうなんだろうか」

と中村の金髪頭と、自分が着ているアロハシャツと短パンを見ながらちょっと考えてしまった。

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