65年目-3 サウダーデの武者修行・東南アジア編
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(24)
グェン・サン・スーン(35)
ポルトガルにて故郷参りを終え、決意も新たに武者修行の旅を続けるサウダーデ・風間。
今度は母国から船を使っての長旅を経て、東南アジアはベトナムへと至った。
元々のプランではインドに寄ってそこからシルクロード経由で中国へ至るつもりだったのだが、師匠マリアベールからの提案を受けて予定変更するのこととした。
東南アジアの英雄探査者、WSOはベトナム、タイ、ラオス、カンボジアにおける共同支部の長を務める"怪人"、グェン・サン・スーンに一度会いに行くべきだと、彼女はそう言ったのである。
師の言葉を無下にするサウダーデであるはずもなく、そうしたことからインドではなくベトナムへと進路を変更し、そこから中国、そして日本を目指すことにしたのだった。
そうしてベトナムに到着した彼は、すぐさま現地のWSO支部に向かい件の男、サン・スーンと出会うこととなる。
ともに大ダンジョン時代史に名を残す"熱き血潮"と"怪人"の、出会いがここに果たされた。
なるほど、師匠が癖があると評するだけはあると、サウダーデは目の前の男、グェン・サン・スーンを見て悪意なく納得した。
WSO支部長室を訪ねた途端、すぐさま出会い頭の彼に引き連れられて自宅に案内され、多数の愛人達に料理や酒を振る舞われながらの歓談が始まったがゆえの感想だ。
35歳と、サウダーデより一回りは歳上の彼は精悍な顔立ちにいかにも悪漢めいたあくどい笑みを浮かべ、高らかにホハハハと笑っている。
しかして嫌な感じを、悪意を感じないのは彼がその言動と裏腹に鍛錬を怠っていないからだろう……一目見て分かるほどにその肉体は鍛えられ、また眼差しも凛としたものだったからだ。
濁りがないのだ、その存在に。
武芸者としてのサウダーデは、サン・スーンの本質を過たず見抜いていた。
「ホハハハ! マリアベール先輩が熱く推す愛弟子、連絡を受けた時からぜひとも会いたいと思っていたのだ! しかしいざ目にしてみれば想像以上、なるほど大器だ、間違いなく!」
「恐れ入ります、サン・スーン先生。私も、マリアベール先生からあなたのことを伺っておりました。奔放な振る舞いとは裏腹に、己を正しく高めることに誠実な義人である、と。私も今日お会いして、不躾ながら同じ想いを抱きました」
「…………義人ねえ。ホハハハ、あの人ァまったく、近くにいても遠くにいてもやりづらい方だよ」
愉快げに笑い、サウダーデを讃えるサン・スーンだったが……逆に彼を通してマリアベールの評を聞き、露骨にその態度を一変させた。
憎々しげに顔を歪め、明後日のほうを向いて舌打ちさえし、酒を呷ったのだ。
いかにも悪漢らしい振る舞いだがそこにやはり嫌味はない。なんなら周囲の愛人達が心配したり苦笑したりしている様から、普段の彼の振る舞いとそれに対する周囲の反応がどことなく察せられ、微笑ましさすら感じるほどだ。
しかして一回り歳上の先達にそれは失礼が過ぎると自重して、サウダーデは至って真面目に言った。
「もし、差し支えなければぜひお教えいただきたいのですが……そうした、なんと言いますか露悪的なご振る舞いは、何か意図があってのことなのでしょうか」
「一々堅苦しいな、お前さん……本当にあの傍若無人の弟子か? あーと、私がこんな振る舞いをする理由か。そんなもん、そうしたいからに決まってるからだろうが。他に何がある」
極めて礼儀正しいサウダーデの姿勢に、マリアベールの言動とはまるで雲泥の差だと感心さえ抱くサン・スーン。
かのS級探査者には数年前に知り合って以降、いろいろ世話になりつつもそれはそれとして歯に衣着せぬ言動に酒癖の悪さからずいぶんと面倒な目に遭わされたものだと遠い目になる。
ともかくせっかくやって来た若人の質問だ、答えないわけにもいかない。と言っても別に深い理由もなく、サン・スーンは今のような言動を取っているだけだと潔く答えた。
その胸中を晒す。
「考えても見ろ、無理して自分を抑えて良い子ちゃんぶって何になる? 一般市民や大衆って連中はそれに乗じて、ありもしない理想、妄想めいた幻想を押し付けてくるだけだぞ」
「それは……」
「覚えとけよサウダーデとやら。何したって連中は好きになる時は好きになるし嫌いになる時は嫌いになるんだ。川に浮かぶ木の葉よりフラフラしとるやつらのご機嫌伺いで清く正しく生きたって、そこに人生の甲斐ってもんはねえのさ、ホハハハ!!」
まるで人を信じていないその言葉を、しかしサウダーデは否定する言葉を持たない。そのような境地に至った先達に反応できるほどの経験も積んでおらず、また彼の言う大衆のありようにも理解が及んでいないためだ。
だから、なるほどと頷くしかない。ないのだが、それでもサウダーデにはサウダーデなりの思うところはたしかにあった。
難しげに悩む若き探査者を愉快げに眺め、サン・スーンは茶を呑む。彼は下戸だ、基本的には呑まないのである。
見かけからも分かるが実力はピカ一だろう、このサウダーデなる男は……おそらくすでに自分よりも強いかも知れない。そんな、かつて見た英雄達に通じるものを感じさせる大器だ。
けれどやはりまだまだ若く、人生経験は不足しているところがある。だから漠然とした己なりの答えを言語ができず、もやもやしているのだろう。
なるほど、このためにマリアベールは自分のところに彼を寄越したのかも知れない。世の広さ、深さを教えるべくして。
良くも悪くもこのような探査者もいるのだと、示すために。
「ま、いろんなやつに触れてみるがいいさサウダーデくん。世の中、通り一辺倒じゃないことを実感していけば今、私が言ったようなことにも自分なりの答えを出せるようになる」
「……そう、ですね。そのために今、こうして武者修行の旅をしているのです。ありがとうございます、サン・スーン先生」
「よせやい堅苦しい! ホハハハ、さあ食って呑め後輩! せっかく来てくれた客人をこのグェン・サン・スーンはもてなさないではいられないのだぞ!!」
豪快に、そしていかにも悪どく笑うサン・スーンだが、やはり人の良さをどこか感じさせる言動だ。
この旅路の果てに、彼のスタンスに自分なりの答えを示せるようになりたいものだ……と。若きサウダーデは深い感銘を受けつつも饗宴を楽しむことにしたのであった。
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