65年目-1 サウダーデと武者修行・ポルトガル編
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(24)
フランスにて親友アランと別れ、改めて武者修行の旅を再開させたサウダーデ・風間。
次なる目的地はポルトガル。そう、彼の生まれ育った国である。本格的にヨーロッパを発つ前に、どうしても故郷の村を……その跡を訪れておきたかったのだ。
彼の故郷はポルトガルの内陸部、なだらかな平原の続く野原の真ん中にあった。海よりは隣国スペインに近く、ほとんど国境付近と言っても良いかも知れない。
7年前、第五次モンスターハザードの際にスタンピードを差し向けられて壊滅して以降、サウダーデがその地に舞い戻るのは今回が初めてだ。
世界に羽ばたかんとする若き探査者の、言うなれば最後の心残り。
彼を産み、育みそして死んでいった最愛の母へ、決意を示すための必要な寄り道であった────
久方ぶりに訪れた故郷には、当たり前だが人の気配もろくになかった。微かに村のの残骸らしき跡が、それなりの範囲で遺るばかりだ。
母国ポルトガルを訪れた際、事前調査を行い分かっていたことだ……あの時、第五次モンスターハザードの際に村は壊滅し、そして事件解決後に最低限の瓦礫や残骸の撤去だけが行われ、ここには何も無いということは。
母も含めた村民達の亡骸は、僅かに残るそれが首都圏の郊外に建てられた慰霊碑に納められている。
無論サウダーデもすでにそこを訪れ祈りを捧げている。だからここには本当にもう、なんの用事もないはずなのだ。
「……それでも。俺自身の時計は、あの日あの時、この場所で止まったままなのだ」
独り言つ。静かに瞑目して彼は、己のうちにあるたしかな憎悪と愛、郷愁を感じ取っていた。
幼き日。未だスキルにも覚醒しておらず、母親に逃げろと促され泣きながら狂いながら逃げ惑ったあの時。
──最期に見た母の、苦しげな笑顔を、見た時。
探査者として大成した今だからこそ分かる。自分の中心、本質は結局あの時にここで止まったままなのだ、と。
尊敬する師、友、先輩や知人達。それらに囲まれ幸福の中に自らを鍛え、そしてモンスターへの感情にも折り合いをたしかに付けた現在であっても。
サウダーデの、クリストフの心の奥底には7年前、泣きながら苦しむ母を見捨てて逃げた己がいるのだ。
「……だが。それも今日で終わりにしなければならない。これからの日々を、未来を。真なる意味で愛と郷愁に生きていくために。そして苦しむ人々を、守り助け出すために!」
強く叫び、信じる。今ここで、幼き日の自分をも救ってみせると。
息を大きく吸って吐く。精神統一、深く深く自身の内面の隅々までをも波一つ立たない凪いだものへと鎮めていく。
瞑想の彼方。
その果てにサウダーデは、己のスキルを発動した。
「《炎魔導》────サウダァァァァァァデッ・バァトゥゥゥゥゥゥッファァァァァァイッ!!」
渾身の叫び。そして放たれる炎が全身を包み燃やし尽くす。自身ではなく敵対するもののみを害する、スキルの炎だ。
炎そのものと化したサウダーデは、そのまま仁王立ちして村の跡、廃墟とさえも呼べない荒野を見据えた。
彼の目にのみ映るもの。
昔日の光景……友を、先達を、幼子を、そして母を見つめて。
彼は高らかに帰郷を告げた。
「村のみんな! そして母さん!! ただいま帰りましたっ!! 探査者となって、偉大な先達に教えを請うてようやく、独り立ちして戻ってきましたッ! 覚えていますか……クリストフ・カザマ・シルヴァです!!」
先にスキルを発動したのは、探査者になった己を誇示するためだけではない。きっと、あふれる涙をも燃え盛る隠し通してくれるからだ。
そんなことを一人、内心にて考えながらも彼は続けて叫ぶ。
「みなさんに、母に助けられた末に俺は探査者の道を歩むこととなりましたっ!! この生命、この生涯はこれから先、一つでも多くの生命をモンスターから護るために費やします!! それがあの日、この村で唯一生き延びた俺の使命っ!! そしてスキルを授かったことの意味、責務だと信じるがゆえにっ!!」
分かっている、ここには誰もいない。みんなすでに天国だ。
誰もが素晴らしい人達だった、母のみならず村の者達みんなが。だからきっと死後は楽園で楽しく、幸福に過ごしてくれているはずだ。心からそう思える。
そして、今の自分をも温かく見守ってくれているのだ。
だからこそ、サウダーデはここで誓う。ここで死んだ者達へ。ここを見てくれている、あの人達へ。
何よりも誰よりも大切だった、あの母へ。
「どうか見ていてください……っ!! この俺、サウダーデ・風間の人生を懸けた戦いを! みなさんに愛と郷愁を捧げ、俺は俺のすべてをかけて、探査者の使命をまっとうしますッ!!」
死ぬまで、いいや死んでもきっと尽きせぬ故郷への想い。
それをもう逢えない人達へと捧げよう。そして今ある己の力、正義と信念はこれから先、出会う人々のために捧げよう。
サウダーデはスキルを解除した。涙はもう流れていない。
あるのは澄み渡る空のように透明な心ばかりだ。それでいい。
あの日の少年はもう、大きく育ちここを旅立つ。
「行ってきます」
短く告げて、サウダーデは歩き出した。
もう後ろを振り返ることはないだろう……ここに、最後の訣別は為されたのである。
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