64年目-1 サウダーデの武者修行・スイス編
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(23)
ヴァール(???)
アラン・エルミード(25)
クリストフ・カザマ・シルヴァ……通称サウダーデ・風間。
齢22にしてついに独立を果たした若き探査者は、さしあたり親友のアラン・エルミードとともにイギリスはロンドンにて半年ほど滞在。さらにそこからスイスへと船で向かい、一路ジュネーヴを目指すこととした。
師匠マリアベールが先んじてWSO統括理事ソフィア・チェーホワに話を通してくれており、一度面会する機会を得られたからである。
人として探査者として見聞を広め経験を積むためのこの武者修行の一歩目から、この大ダンジョン時代そのものを牽引し象徴するとさえ言われる永遠の探査者少女と会うなど慮外の事態であったが、サウダーデは堂々たる威風とともにこれもまた経験と前向きに捉えることとした。
道先案内人とも言えるアランも第五次モンスターハザードの際、ソフィアと共闘しておりすでに既知の間柄。
であれば必要以上に恐れる必要もなしと、己を奮い立たせつつもWSO本部へと到達するのであった。
──マリアベール・フランソワが太鼓判を押すほどに優秀な弟子が来る。
そう聞かされてソフィア・チェーホワの裏人格たるヴァールは、統括理事室にて一人その者を待ち構えていた。
前もってアランから連絡を受けていた待ち合わせの時刻通り、受付から来客の報せがあり直ちに案内するよう呼びかけてからのわずかな時間。
冷静沈着な無表情の中にも興味と好奇心を抱きつつ待つ彼女の耳に、ドアがノックされる音が聞こえた。立ち上がり、入室を促す。
「失礼します。お客様方をお連れいたしました」
「御苦労。通してくれ」
「……失礼いたします」
ドアが開かれ二人、男が入ってくる。一人は知り合い、一人は知らない者だ。
アラン・エルミード。第五次モンスターハザードの際に知り合った戦友で、今やフランスを代表する探査者としても名高い。最近では足繁く渡英してマリアベールのいるコーンウォール州に通い詰めているとはヴァールも聞いていたことだ。
そしてもう一人、日本風の道着、というより修行着に身を包んだ巨躯が姿を表した。
丸刈りに近い短髪で、鍛え抜かれた筋肉隆々の肉体がまずは目を引く。強い意志を湛えた眼差しと、裏腹に穏やかな凪いだ表情はどこか、エキゾチックな野性味を感じさせる。
アランより2歳若いと聞いていたが、ヴァールには彼のほうが10歳は老けて見えると内心、思えていた。これが件の、マリアベールの愛弟子かとつぶやく。
それほどまでに風格漂う偉容が、謙虚に背筋を伸ばして腰を折り曲げ、頭を下げて挨拶してくる。
「WSO統括理事ソフィア・チェーホワ様とお見受けいたします。この度はお忙しい中お時間を賜り、大変光栄に思います」
「……ああ。いや、こちらこそ。君が聞いていたマリアベールの弟子だな?」
「はい! 僭越ながら名乗らせていただきます──私はマリアベール・フランソワ先生の弟子が一人、クリストフ・カザマ・シルヴァ! 探査者としてはサウダーデ・風間と、どうかお呼びください!!」
頭を上げ、胸を張っての豪壮なる自己紹介。2m近い、質実剛健という言葉を人の形にしたかのような大男の高らかな声が部屋を突き抜け通路にまで響き渡る。大声量だ。
なんともはや、毛色の特殊な男を弟子にしたものだ。ヴァールは無表情にも内心、呆気にとられて彼を見ている。アランがなぜか誇らしげな笑みを浮かべ、サウダーデを紹介した。
「お久しぶりですソフィアさん……いえ、ヴァールさん。どうです、僕が誰より尊敬する最高の探査者です。実力のほうも折り紙つきですよ、少なくとも近接戦だとマリーさんでも手を焼くかも知れません」
「話には聞いている。サウダーデ・風間……その名の由来もな。まずはWSO統括理事として君のご家族、ならびに故郷で亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げる」
「おお……ありがとうございます。きっと天にて母達もみな、喜んでくれています」
胸に手を当て黙祷を捧げる統括理事に、サウダーデもアランもまた、同じように黙祷する。
サウダーデには、かの統括理事が母や故郷を想いやってくれることがとにかく嬉しかった……同時に彼女の気高さ、器の大きさを思い知り、なるほどこれが世界を牽引する女性の姿かと感心さえするほどに。
たっぷり1分、そうしてから三人はソファに座った。ヴァールの対面にサウダーデとアラン、横並びの形になる。
改めて、今度はヴァールが名乗りを上げた。
「こちらも名乗らせてもらおう。WSO統括理事ソフィア・チェーホワ……の、影に潜むもう一つの人格、名をヴァールという。ソフィアとは二重人格のような間柄で、ワタシは主に荒事担当のほうになる」
「話はマリアベール先生やアランから聞いておりました。なるほど、たしかにテレビなどで見る統括理事とは受ける印象が異なります。あちらこそが表の、ソフィア・チェーホワその人なのですね」
「理解が早くて助かる。そうだ……ワタシとソフィアは二人で一人の統括理事なのだ」
予てより聞いていた、統括理事ソフィアの最大にして究極の秘密──半ば公然のものではあったが、それでも一応誰もがそのことについては口を噤み、タブー視していた──、二重人格。
ソフィアとヴァール。表と裏。彼女は2つの人格をスイッチさせて、時と場合に応じてそれぞれの人格でもって対応。大ダンジョン時代の様々な難局を見事、乗り越えてきたのだ。
サウダーデはそのことについて、2つの人格への敬意を抱きこそすれ好奇や不躾な目では決して見ない。
誰しもに事情があるのだ。何よりこのような若造である自分にも、誠実に向き合ってくれる大先輩に対して決して非礼はすまい。そう考えるがゆえの真面目、かつ誠実な態度だった。
そうした態度に感心してヴァールが、彼を称える。
「……礼儀正しく、生真面目で誠実。聞いていたが、マリアベールの言う通りだな。とてもあのじゃじゃ馬の弟子とも思えんよ」
「先生には探査者としてだけでなく、人として多くの大切なことを教わりました。私にはもったいないほどの、自慢の師匠ですとも」
「マリアベールも君を誇っていたよ、最高の弟子だと。彼女にそこまで言わせたこと、君も誇るべきだとワタシは思う」
掛け値なしの称賛。そもそもがあのマリアベールに両手を挙げての推薦を受けた時点でサウダーデの人品骨柄、実力について疑う余地はないのだ。
照れたようにはにかむ巨漢。威風堂々ながらも内面は未だ独立したての若者は、雲の上の人からの言葉をどうにも気恥ずかしく受け止め、頭を掻くばかりだった。
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ヴァールとサウダーデが行動をともにしたりもする「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
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