63年目-2 サウダーデの独立
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(22)
マリアベール・フランソワ(45)
アラン・エルミード(24)
クリストフ・カザマ・シルヴァ改めサウダーデ・風間。
実名はともかく探査者としての活動名を変え、己の内に秘めし愛と郷愁をもってモンスターと戦う決意を固めた彼は、すなわち探査者として立派に独り立ちの時を迎えていた。
元より実力面では早々に師匠マリアベールからもお墨付きを得ていたのだ。さすがに彼女の域にはまだまだ達せてはいないがそれでも、単独でもC級ダンジョンを余裕で踏破できる程度の実力はすでに備わっている。
実際にこの時点での彼の探査者級がC級であることも踏まえて、独立する運びとなったのだ。
イギリスはコーンウォール州、マリアベールの住まう家。
そこを始点に、あるいは終点に──サウダーデの修行が終わり、新たな旅が始まろうとしていた。
美しい自然。豊かな大地と陽の光を受けて煌めく海を臨むフランソワ邸の前に今、サウダーデは旅支度を済ませて立っていた。
22歳を迎えた彼の様子は少年期をとっくに過ぎた、男のそれになっている。身体つきもすっかり完成して、日本の修行僧スタイルにはち切れんばかりの筋肉を詰め込んだ厳しい姿は逞しさと烈しさを感じさせるものだ。
そして何よりその顔。
探査者として、人として殻を破ることができたからか精悍さを増した表情。ポルトガル人の父と日本人の母親、それぞれから譲り受けた遺伝的な堀の深さと眼差しの柔らかさ……
そこに本人の鋼鉄の如き強い意志が籠もった、どこか寂し気ですらある神妙な面持ちが、彼をある種独特な、仙人めいた空気を放つ存在へと至らしめていた。
対面に立つ師匠マリアベールや友人アランから見ても、これぞ威風堂々たる探査者の鑑と思うほどの様相だ。
わずか5年でよくぞここまで大成したと、深い感動を覚える二人にサウダーデは低く、渋い声で話しかけた。
「先生、アラン。お二人には今日まで本当に、ありとあらゆる面で多くのご指導ご鞭撻ならびにご助力をいただいてきました。改めて、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました」
「ハハハ……いやいや。むしろアンタみたいな立派なやつを私なんぞが面倒見ちまって、下手なこと教えちまってやしないかって不安になるほどだよ」
「というかこっちこそ君からいろんなことを学ばせてもらったよ。ありがとうは僕のセリフだ、クリストフ」
深々と頭を下げて謝意を示す。弟子にして友人のその姿に、はじめから終わりまでいつでも気持ちいいほどに爽やかな男だと頬を緩ませるマリアベールとアラン。
憎悪に染まっていた頃からずっと変わらない、生真面目で強く優しく、それでいて穏やかさを忘れることのない快男児。
愛と郷愁という2つの答えを得た今、彼はもはや迷いなく己の道を突き進むだろう。きっと、マリアベールやアランさえ超えた前人未到の地点にまで、到達してしまうはずだ。
だからこそ自分達も負けてはいられないと、自然と気が引き締まる思いがして師匠も友人も背筋を伸ばした。この男に恥じないだけの生き様を、これから先も続けていかなくては。
「……クリストフ、アンタこっからどこ行くんだい? ロンドン?」
「はい、さしあたっては。その後は海路を使ってスイスへ向かい、まずはWSOの本部を物見に行こうかと。後は津々浦々、世界を見て回る予定です」
「僕もしばらくは彼と行動をともにします。ソフィアさんにも紹介したいですからね」
「ああ、そういうことなら私からも電話で言っとくよ。私の育てた中でも一番すごい弟子が、アランともども挨拶に行くってね」
今後の予定を語るサウダーデとアランに、マリアベールも茶目っ気めかしつつ気を利かせる。WSO統括理事……一介の探査者では本来、とてもでないがお目にかかることも難しい存在だ。
しかしてそこはマリアベールとアランの人脈の使いどころだ。第四次あるいは第五次モンスターハザードでともに戦った二人の紹介があるならば、多少の無茶でも挨拶なり面会程度なりであれば十分に可能なのである。
そう言えばと、WSOに絡んだ話が出たことで思い出したマリアベールが提案、というより助言を行う。
独り立ちする弟子に今さら言えることなど少ないがしかし、独立しても弟子は弟子なのだ。伝えられることがあるならなるべく伝えておきたいという、彼女の師匠心が発露していた。
「クリストフ。アンタのことだからお袋さんの故郷、日本には行くんだろ。だったら途中、東南アジアに立ち寄ってそこのギルド支部長を訪ねてみな」
「東南アジアの? ……たしか、そこのギルド支部長には現地の英雄が就いたと聞きますが」
「おうさ。グェン・サン・スーンっつってね、私も何年か前に知り合った後輩さ。野心の強さと向上心の高さ、それと裏腹の妙な誠実さのバランスがなかなかおもしろいやつだよ」
からから笑って数年前、ダンジョン聖教司祭の神谷を通して知り合った東南アジアの英雄を奨める。
サン・スーン──マリアベールからして見れば小生意気で悪辣なことを言い、その割にやること自体は一々真面目で気の利く時代劇の義賊めいた輩といった印象の後輩だ。
豪邸にて愛人を何人も囲い、奔放な私生活を送る彼の姿は堅物で質実剛健なサウダーデとは対極ともいえるが、本質的な部分では二人とも、ある種の潔癖性が共通しているようにも彼女には思えた。
つまりは外面まで真面目か否かという話なのだ。そこを、愛弟子は一度身をもって味わってみるのがいい経験なのかもそれないと考える。
「世の中ああいうやつでも立派に探査者やっていけるってのを見て、ちったぁ肩の力を抜くのも悪かないさね」
「肩の力、ですか。そんなに気を張っているつもりもないのですが」
「あくまで参考程度にってやつさ。あいつを見てどうするかはクリストフの自由だよ……でもまあ、適度に気を抜くことも覚えなよ? 人生を楽しむこともまた、あんたの自由であり権利だ」
肩をすくめて笑いかける。そう、何はどうあれクリストフが幸せに今後の人生を生きていくこと。
それこそが彼の母が、きっと一番に望んでいることなのだろう……子を持つ母としてのシンパシーと敬意から、マリアベールはひどく優しい視線で、彼の母に代わって弟子を見守るばかりだ。
そして。
一通りの挨拶も終わり、サウダーデが踵を返した。続けてアランも荷物を纏めたリュックを背負い、彼の後ろを歩く。
今こそ、旅立ちの時だ……
「それではそろそろ、行ってきます──5年もの間、本当にお世話になりましたッ!! この御恩は終生忘れることはありませんッ!!」
「ああ……! 行ってらっしゃいクリストフ! なんぞ困ったことがあったらいつでも戻ってきな! アンタは私の弟子だからね、いつまでも!!」
サウダーデ・風間の叫びにも似た言葉に、マリアベールもまた叫びに近い大声で答える。いつでも帰ってくると良い、ここもまた、お前の故郷なのだと高らかに謳えば。
──去り際の彼の目から一筋、涙が零れ落ちるのを見た。
「ハハハ、クリストフ……元気でやりなよ」
そんな姿を見て、笑いながら。
けれど自分も瞳を潤ませて、この5年ほど、共に過ごした愛弟子をマリアベールは見送る。
どこまでも続く旅路の、始まりでもあった。
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S級師弟となったサウダーデとマリアベールが活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




