63年目-1 怪人、立志
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
グェン・サン・スーン(33)
ソフィア・チェーホワ(???)
レベッカ・ウェイン(76)
第五次モンスターハザードも終結から5年が経過し、世界規模のスタンピードによる各地の被害も復興を遂げ、さらなる躍進の時を迎えていた。
この頃にはいよいよ世界的に情報技術の革新が起き、パソコンやインターネット、携帯電話など各種メディアや娯楽において新媒体が続々普及。
現代に至る情報社会への基盤が整えられつつあった。
そんな中、東南アジアの探査者界隈に起きた動きは特筆すべきものがある。
地域の英雄にしてWSO職員だったグェン・サン・スーンがついに支部長に昇格。それもベトナム、タイ、ラオス、カンボジア4カ国の各支部の代表を兼任する、まさしく東南アジアの探査者界における支配者に君臨したのだ。
本来であればこのような人事はなかなかあり得ないことだったのだが、そこは"怪人"と呼ばれる彼の手練手管。
自らが率いるクラン"人民のための探査者達"を迅速に運用し、現地住民達の声にすぐさま対応。極端に強い権力基盤を構築するのと同時に、WSO内においては当時の長老であった本部理事レベッカ・ウェインに師事して政治的な立ち位置を確保。
元より備わるカリスマにて政界にも多数の配下を持ちつつあり、その勢いたるや将来の本部理事も夢ではないとまで言われるほどだったのだ。
まさしく破竹の勢い。東南アジアの雄は翼を得、大いなる世界に飛翔せんとしている。
しかし────当のサン・スーン自身は、どうしても己をそこまで大層なものだとは認識できてはいなかった。
スイスはジュネーヴ、WSO統括理事室。
世界の実質的指導者として半世紀以上も君臨するソフィア・チェーホワにいきなり呼び出され、グェン・サン・スーンは不安と期待、緊張と興奮が混ざった感情のままにソファにて落ち着かない心を持て余していた。
WSO職員となって早9年。33歳の若さで直々に呼び出される立場となったのは、世界的に見ても極めて稀なことだろう。
隣には彼の政治面での師匠とも言える長老理事レベッカ・ウェインもいて、齢76歳にもかかわらず未だ衰えぬ巨軀をソファにもたれかからせ、面白がって弟子を見ている。
「うふふ……」
「っ」
「"怪人"だなんて呼ばれる方ですもの、ものすごくこう、すごいインパクトの方なのかしらと思っていたら……素敵で立派な紳士なのね、サン・スーンさん。私、なんだかホッとしました」
そして。眼の前でたおやかに微笑む女。
金髪のウェーブヘアが美しい、見た目20歳にも満たない麗しの少女……しかしその実少なくとも62年はずっと変わらぬ姿を保ち続ける、不老存在にして権力者の中の権力者。
永遠の探査者少女。
WSO統括理事ソフィア・チェーホワその人が、サン・スーンを見て興味深げな視線を向けてきていた。
コバルトブルーの瞳が、すべてを見透かすかのような深い海と空を思わせる静けさを湛える。
異様だ。サン・スーンほどの英雄だからこそ、ソフィアの、見かけのみならず放つ空気の異質さにも気づけた。
人間を相手にしている気がしない。見ているだけで自然と従いたくなるような魅力性、抗いがたきカリスマ。そんなものを、漠然とだが強く感じる。
第五次モンスターハザードの時に見ていた荒々しくも凪いだ表情とはまるで違う。別人さながらなのも気にかかった。
やはりまことしやかに囁かれている二重人格説というのは本当なのか……圧倒されながらもそんなことを考えていると、隣でレベッカが豪快に笑った。
部屋が揺れるほどの豪笑。
「だはははははは!! ソフィアさん、グェン坊が怪人だなんて、そりゃとんだ誤解ですよ!! いい歳こいてこんなまっすぐなやつぁ、なかなかいないくらいだ!!」
「相変わらずの大きな声と笑いねえ、レベッカちゃん……でも分かるわ、なんとなく。聞こえてくるサン・スーンさんの話からも、ちょっと露悪っぽいだけですごく誠実な探査者だって分かるもの。今回お会いして、一目見てますますその印象は強くなったわ」
「…………畏れ入ります。露悪というか、歯に衣着せぬ物言いを心がけているだけです。あー、どうせ好きになったり嫌いになったりはその人次第だ、だったら変に自分をよく見せたりすることはないと思いますので」
レベッカとソフィア、二人から面と向かって素直でないだけの好漢と呼ばれ、内心浮足立つもののサン・スーンは視線を逸らし、反発するかのように反骨めいた口を利く。
まっすぐだの、誠実だのと変に褒められてもやりづらいだけだ。豪放磊落、悪漢のごとき振る舞いながら人に優しく地元を愛するダークヒーロー。それが己のキャラだと自認するがゆえに。
しかして相手は師にして76歳という、酸いも甘いも噛み分けた大先輩とそんなレベッカさえもちゃん付けして子供扱いする謎の美少女。
そうした強がりさえも見事に見抜かれている気がして、サン・スーンはどうにも居心地が悪かった。
こほん、と咳払いをして尋ねる。
「それで……本日はどのようなご用向きでしょうか? 東南アジアのほうで何か、問題でもありましたか」
「いえいえ! レベッカちゃんと、あとマリーちゃんからあなたの話を聞きまして。統括理事の座を目標にしてくれる、有望な若手さんがいるならぜひ一度会ってお話してみたかっただけなのよ」
「あー、分かっているとは思うがグェン。物言いからだと疑うかもしれねぇけど、この人は別に釘差しとか牽制のつもりじゃないからね。ソフィア・チェーホワにゃ個人的権力欲はないって、常々教えてるだろ」
「は、はい。それはもちろん」
一瞬、ソフィアからの話を聞いてぎくりとする。師であるレベッカや、5年ほど前に知り合いのダンジョン聖教司祭である神谷美穂経由で知り合ったマリアベール・フランソワには時折漏らしていた野心は、当然ながら統括理事の耳にも入っていたのだ。
WSO職員を志した時から抱いていた野望、すなわち頂点たる統括理事の座。
権力欲に駆られてのものというよりは、自分に何が、どれだけのことをどれほどまでできるのかを試してみたいという想いからの野心なのだが……彼はそのために地道な活動を続け、そして今日までやって来たのだ。
そうしているうちに分かってきたこともある。自身が目指す地位にいる眼の前の女に、統括理事という役職への思い入れは実のところ、あまりないらしい。
レベッカやマリアベール、その他WSOの重鎮達と仲を深めていくうちに気づいたのだ。ソフィアは何か、自身の抱える極めて特殊な事情のためにのみ統括理事の座に就いていると。
つまり己の欲望や私心がまるで業務に混じっていないのだ。なんらかの強い目的意識のためだけに大ダンジョン時代を牽引し、時には最前線に立ってその力を振るいさえする。
これほどの力を持つ存在が、何一つ我欲を持っていない。そこにもまた非人間的なモノへの恐れを感じさせて、サン・スーンに不安を抱かせているのだった。
ソフィア・チェーホワという無私の化物が、淑やかな微笑みとともに告げる。
「統括理事の座は、私にも事情があるからなかなか手放すわけにはいかないのが心苦しいけれど……あなたのその野心、野望はきっと、これからの大ダンジョン時代を引っ張っていく力となってくれます」
「わ、私の……あなたを追い落としたいという欲望を、知ってなおそう仰るのですか?」
「ええ、言います。少なくともその欲望を持ったあなたは、そのために東南アジアの多くの人々を護り、慈しんでくれていますから。正しいことを為すのなら、その欲望は美しき夢です」
「…………っ!!」
「グェン・サン・スーン。あなたの今後の活躍に、私もレベッカちゃん同様大いに期待します。ともに大ダンジョン時代を、人々の暮らしを護っていきましょう」
よもや、肯定されるとも思っていなかった。サン・スーンは胸に熱いものを覚えて、咄嗟に天を仰いだ。
こんなに嬉しいものなのか。目指す存在に、敵意はなくともいずれ超えたいと願う存在にこうまで認められるというのは。
嬉しさと、心からの尊敬心。ソフィア・チェーホワという女性のすさまじさに、彼は敵わないとさえこの時、思い知らされる心地だった。
ソフィアが手を差し出してきた。すぐさまそれに応じ、固い握手を交わす。
清々しい気持ちだ。権力や地位、名誉名声にも勝る大きなモノ、大切なものがあるのだと、再認識する瞬間であった。
──この時の出来事をきっかけに、サン・スーンの活動はさらに勢いを増すこととなる。
地元を愛し、護り、しかして策謀も用いて権力を拡大させる。ただし、決して人の道を外れる真似はしない。まさしく"怪人"らしい奇矯な振る舞いをしつつも、人々の生活を支える道を邁進していったのだ。
そこにあるのは目指すべきソフィアへの敬意。
たとえ届かずとも、彼女を目指して歩む道のりを闇で汚すまいとする、誇り高き男の決意の表れだったのは言うまでもない。
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