62年目-2 熱き血潮のサウダーデ
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
サウダーデ・風間(21)
マリアベール・フランソワ(44)
アラン・エルミード(23)
師匠と親友の激励を受け、クリストフはひとまず元気を取り戻して現場に復帰した。
その裡に秘めし矛盾と葛藤への答えこそ未だ出せないものの……メンタル面は落ち着き、本来のポテンシャルを再び発揮できるようになったのだ。
それから一年ほど、彼は思想や精神的な方面での修練をも日課に取り入れて励むようになる。
様々な思想的な文献、哲学的な書物を買い漁っては読み耽り、また座禅やヨーガなどによる瞑想、スピリチュアルな方面への興味も示したのだ。
当初彼の関係者は、精神的なストレスに耐えかねたのかと案じたりもしたが……結果的にこの時期、様々な書物を読み知識を得たことが彼を新たなステージに導くこととなり。
広がった視野、さらに深みを増した大器をもって、彼の心は進化をとげることとなるのであった。
イギリスはコーンウォールにて発生したダンジョン内。モンスター討伐もすっかり慣れ親しんだものであるが、しかしてこの日はいささか様子が違うことに、マリアベールもアランも気づいていた。
原因である、モンスター蔓延るダンジョンの部屋内にて戦うクリストフが……いつもの戦法、スキル《炎魔導》を使わずに己の肉体のみで戦っていたのだ。
否、それどころか彼のトレードマークとも言うべき雄叫び一つあげず、ただ静かに黙々と敵を殴り、蹴り葬っている。
明らかな異常事態。これには常から彼を鍛えていた師匠も、前年にフランスからやって来てそのまま居着くようになった友人も、堪らず不安を口にした。
「クリストフ、アンタそりゃどういうつもりだい? 普段使ってるスキルを使わず戦うなんざ、なんか変なもんでも食ったのかい」
「もしかしてどこか具合が悪いのか、クリストフ? だったらすぐに探査は切り上げるけど」
訝しげな顔を向けるマリアベールと、心配そうな表情を浮かべるアラン。
ともに脳裏に過っていたのは前年、メンタル面の不調からしばらく休養を取っていた頃の彼の姿だ。あれから激励を受けてどうにか持ち直してくれたものの、根本原因は当然ながら解決できていないのだ。
いつまたああなってもおかしくない。
二人はそうなった時にはすぐフォローに入れるようにと考えていたため、どうしても嫌な予感を覚えてしまうのだ。
しかしクリストフは穏やかに笑い、そして応えた。
「いえ。心配は無用です先生、アラン」
「……本当かい? にしちゃあ叫びの一つもあげていないが」
「敢えてのことです。俺も、そろそろ……答えを出さねばならないと思いまして」
まるで揺るぎない姿のクリストフ。メンタル面には問題がなさそうだと師と友人はひとまず安堵する。
しかし、続く答えという言葉には思わずギョッとして、彼の顔をまじまじと見つめざるを得ない。
なんについての答えかなど分かりきっている。復讐心……故郷を滅ぼしたモンスター達への憎悪と、相反する高潔なる魂の理想との矛盾。そこからくる葛藤。
彼だけの、彼だけにしか分かり得ない地獄の苦悩、煩悶。それらに今、答えを出すとクリストフはたしかに言ったのだ。
部屋内には残るモンスターが一体。こちらの強さを警戒して、殺意を薄めることもなくじりじりと機を窺っている。
隙を見せれば即、仕掛けてくるだろう。けれどクリストフは構わずにマリアベールとアランへ、胸の内を明かし始めた。
「理想と復讐……どちらを取るべきか。この一年ほどひたすらに迷い悩んできました」
「……答えは出たのかい」
「ええ。俺はやはり、復讐心を捨てられない」
キッパリと語るクリストフに、マリアベールとアランはホッと息を吐いた。
何気なく断言したその自然体から、偽りなく本音で彼が己を見定めたのだと分かったからだ。
この際、復讐心の是非など論ずるべきものではない。
それは個人の意志であるのだし、モンスターにすべてを奪われた彼にはそうした憎悪を抱くだけの理由がある。
たとえ師匠であろうが友人であろうが、そこまでデリケートなところに踏み込んで是非を問うべきとは思えなかったのだ。
とにかくクリストフがどうにか、メンタル面で己に折り合いを付けられそうならば……出す答えが復讐であったとしても構わない。彼ならば復讐を選んだとてそれに呑み込まれず、きっと制御していけるだろう。
そう思い、安心したマリアベールとアランだったが。次の瞬間、まったく予想外の言葉に驚かされることになる。
「……ですが同時に、復讐のために戦うこともしない。俺は探査者です。授かりし力は、人々の安寧のために使うと決めました」
「クリストフ……君は、何を……?」
「ゆえに────《炎魔導》ッ! 我が心、我が魂を今こそ現し世にて表せェッ!!」
復讐を良しとしつつも、それを目的にはしない。思わぬ選択にアランが、唖然としつつも尋ねようとした瞬間!
クリストフが突然スキルを発動し──その身すべて、全身を業火にて包み燃え盛った!!
これまでにない現象に、マリアベールが叫ぶ。
「クリストフ!? 馬鹿な、アンタの《炎魔導》は拳だけを燃やして強化するはず! それがなんで、全身に!?」
「で、ですがマリーさん。クリストフの焔は、どこか温かく、優しいものをも感じます。これは一体!?」
「これが、これこそが俺の答え。己が心に宿る復讐への意欲を見つめ直した時に見えてきた、真なる誇りとともに進むべき道」
アランの指摘通りそれは従来のクリストフの《炎魔導》とはまったく異なっていた。
相手を殺傷し、燃やし尽くすための焔ではない。それどころか優しみや慈愛さえ感じさせる、温かな炎。
荒々しい憎悪がそこにはなく、どこまでも清々しい、晴天の陽射しのような爽やかなぬくもりがあるばかりだ。
──この一年、クリストフは数多の書より知を得、それによって己を振り返った。
宿す復讐心とさえ誠実に向き合い、その根底にあるものが何か、決して否定せずに受け入れようとしたのである。
「俺の復讐心とはすなわち憎悪、殺意。家族や故郷を襲ったモンスター達への、尽きせぬ怒りの嘆きの結晶。しかし」
「それだけじゃ、なかった……こんなにも優しいぬくもりさえ、そこにはあったんだね、クリストフ」
「うむ。まさしくそこにあった、そのぬくもりこそは"愛"。我が故郷、我が母へのはるかなる想い──すなわち郷愁の心。俺は結局のところあの人達を、あの風景を愛していたからこそモンスターへ憎悪を向けたのだ」
愛していた。愛していたからこそ、それを奪ったモンスターを憎んだ。あまりにも当たり前のこと、理由がなければ憎悪も殺意も抱かないのだ、クリストフは。
しかし自分自身のことを、彼はここに至るまで気づけないでいた。故郷を、母を常に想い愛する郷愁の念が、モンスターへの復讐心をより強いものにしてその目を晦ませていたのである。
だが。だからこそとクリストフは叫ぶ。
根底にあるものが愛ならば、それをこれ以上、復讐の焔に焚べることはしない、と。
「愛を、憎悪と殺意の言いわけには使わない。憎しみも怒りも悲しみも嘆きも、我がはるかなる故郷への想い、尽きることなき郷愁には不要ッ!!」
「クリストフ……!」
「今ッ! この時より俺は探査者としての新たな名を名乗ろうッ! 愛とともに、郷愁とともに戦うための──その名は"サウダーデ・風間"ッ!!」
「サウダーデ・風間……カザマ。母方の、姓だね……!」
愛と郷愁。それのみを故郷と母に捧げんとする──その名はサウダーデ・風間。
子を持つ母として、マリアベールには彼の気持ちが涙が出るほどに理解できた。そして同時に彼と、彼の母親への敬意を心から抱く。
アランなどはもはや涙を抑えることなくその姿を見ていた。
愛を愛のまま、己の復讐の理由としない彼のあり方はまさしく理想の探査者。強く、優しく雄々しく、そして温かい英雄の焔だ。
師匠と、友人と。かけがえのない尊敬する人達に見守られ、クリストフは……いや、サウダーデは構えた。
モンスターはまるで隙を見つけることができず、けれど殺意からか退くこともせず構えている。明らかに殺すつもりの様子だ。
けれどサウダーデは、穏やかな表情のまま、燃え盛る焔に巻かれるままに構える。
もはや殺意も憎悪もない。あるのはただ、もう二度と逢えない母と故郷への愛と郷愁のみ。
「復讐心は捨てない。けれど、それをも超えて俺は愛と郷愁のために戦おう。それが母と故郷へ誇るべき、新たなる道のり!!」
「ぐ……ぐぐきげげああああああっ!!」
「憎悪に拠らず敵を討ち、郷愁を胸に今、燃え盛れ! ──サァウダァァァァァァデッ!! バトォォォォォォルファァァァァァイトォォォッ!!」
復讐心の雄叫びではない。抱いた理想を胸に敵を討たんとする、まさしく気炎!
"サウダーデ・バトルファイト"! 後の世に世界最強クラスの探査者としてその名を轟かせるS級探査者、サウダーデ・風間の代名詞とも言える台詞が今、この時完成した。
すなわちそれは若きクリストフの脱皮の時。
"熱き血潮のサウダーデ"とも呼ばれる熱血漢の、誕生の産声であった!
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愛と郷愁を胸に叫び倒すサウダーデが活躍する「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
書籍化、コミカライズもしておりますのでそちらもよろしくお願いいたしますー




