61年目-4 次代星界拳正統継承者、ロウハン
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・ロウハン(23)
シェン・カウファン(24)
シェン・ラオタン(26)
36年もの間、一族を率い続けたラウエンの死。それはシェンの里に大きな衝撃を与え、また混乱を呼び寄せた。
どうあれ里長が死んだ以上、早急に次代を立てねば里の運営が立ち行かない。星界拳継承者についても同様だ、シェン一族の代表たる存在を、一秒一瞬とて欠かすわけにはいかないのだ。
となると遺されたシェンの者達は、二人の若者に目を向けた。
ラウエンの実子にして当代最強の星界拳士シェン・カウファンと、彼に等しい腕前を誇るシェン・ラオタンである。
探査者であるかどうかという点以前にまず、星界拳の腕前がこの時代においてはこの二人がトップだったのだ。
であれば彼らのうち一人が星界拳継承者となり、そして同時に里長を継ぐのが自然の成り行きであろうと、誰もが考えた。
しかし展開は思わぬ方向に流れることとなる。当のカウファン、ラオタン両名が次期里長の座も星界拳継承者の座も辞退し、代わりに同年代の探査者であるシェン・ロウハンを立てたのだ。
これには里の誰もが驚いた──当のロウハン本人でさえ、である。
シェン一族の次なる長、そして星界拳継承者を決めるべく一族が集まった場で、ロウハンは己に向けられた視線にたじろぎつつも混乱していた。
人々の前に立ち、熱弁を振るうカウファンとラオタンの物言いが理解しがたかったからだ。
「我が父にして偉大なる里長ラウエン様の今際の言葉。それは間違いなくロウハン個人へと向けられていた!」
「"迷い、悩み、疑い……それでもなお、己の心に宿した星界拳に恥じぬよう、努めるが良い"。これは迷いも悩みも疑うことさえも今までしてこなかった我々には、絶対に向けられていない言葉だ。ただ一人、それらに苦しみ続けてきたロウハンだけにこそ向けられたメッセージなのだ」
「父がロウハンに特別な価値を見出していたのはたしかだ! 俺達もそんなロウハンに、これから未来のシェン一族を託してみたいんだ、みんな!!」
「ま、待て。待ってくれ二人とも!」
どこか爽やかですらあるほどに、高らかにロウハンを推薦するカウファン。
父の死後数日はロウハンに複雑な視線を向けていたはずが、どうしたことか今ではまっすぐな信頼と期待を寄せている。シェン一族きってのわがまま坊主がすっかり変貌したことに、ロウハン以上に聴衆こそが目を丸くして驚くほどだ。
一体何があったのか。
それには彼らも言うように、先代里長ラウエンの遺言が関係していた。彼が託した最後の言葉こそが、カウファンとラオタンにロウハンを立てる決意をさせたのである。
モンスターの毒牙にかかり死ぬ寸前、先代のラウエンは技と言葉を遺していた。
技──天覇断獄星界拳。おそらくは彼自身が開発した、対断獄用の奥義だろうと実際にその型を見た三人は確信している。
そちらについてはシェン一族が引き続き鍛錬を続けていく中で、さらなる磨きがかかりやがてはラウエン以上の蒼炎を放つものにすべきと考えているため誰にも異論はないのだが、問題は言葉のほうだ。
"迷い、疑い、悩み、それでも恥じることなく努めよ"。この文言は紛れもなくロウハン個人に宛てられたものと、少なくとも他の二人は認識していた。
なぜ、ロウハンなのか。
考えられるとすれば数年前の第五次モンスターハザードの際、一人だけソフィアからの助力要請を受けなかったことだろう。
あれからラウエンの、ロウハンを見る目は今にして思えば変わっていたのかもしれないと息子のカウファンは振り返る。
『世代が変われば正しさも在り方も何もかも変わる。変わっていく、そうでなくてはならないのかもしれん……カウファンよ。ロウハンは一族に変化をもたらしてくれるやもしれん』
……生前の父が語っていたロウハンは、里で一番の変人に対するものとは思えないほどに期待感に満ちていた。
その意味、その理由。父に庇われ生き恥を晒したことで心が折れた今であれば、なんとなく分かる気がする。
「無茶苦茶なことを言わないでくれ、二人とも! 人望も星界拳の腕前も君達のほうがはるかに上じゃないか、一体何を馬鹿な」
「しかしてロウハン、お前には他のシェンの誰にもない知恵と知識がある。これから先のシェンはきっとそれが必要なのだと、先代は仰られていた。今の俺にもそう思える」
「ソフィア様との約束は尊ぶべきものだが、しかしてそれのみに拘泥していてはいけない気がする……シェンはシェンだ。あの方にその存在すべてをゆだねるのは、良くないはずだ。それをずっと前から気付いていたお前こそ、シェン一族の今後を担うべきだと思う」
「カウファン! ラオタンまで……!!」
愕然と、本来の継承者達の言葉を聞くロウハン。気づけば彼らの言葉に感化されたのか、シェン一族の者達もみな、期待が交じった瞳で彼を見ている。
健気なまでにお人好しで、悲しいほどに他人の影響を受けやすいのはシェン一族の一番素晴らしく、悪いところだ。
内心でそう、毒づくロウハン。
そんなだから60年近くもただ、ソフィアに言われるがままなのだろう。そう瞬間的に思い、うんざりする──
当の統括理事その人でさえ、ラウエンの代から徐々に連絡を控え気味になっているのはそうした従順すぎる姿勢に配慮したのもあるかも知れないと、思わず彼女に対して同情してしまうほどだ。
せめて自分で考え、自分で決断するだけの体制を整えなければならない。
ソフィアとの約束を果たすにせよ別の何かに目標を再設定するにしても、このままのシェンではただの目立ちたがりの乱暴者集団に成り果てかねない。
強い危惧を抱くロウハンは、それゆえに一つ、大きなため息を吐き、言った。
「分かった。他ならぬ君達がそうまで言うのであれば、微力非才の身なれど全力を尽くして里長を一時、お預かりしよう」
「おおっ!!」
「ラウエン様の遺されたお言葉、そして奥義の件もある。この際に宣言するけどソフィア様との約束は今後も我々シェンの悲願であることに変わりはない。ただしそれを妄信することのないよう、多少の学問も今後はみんなに身につけていってもらうのでそのつもりで!」
「はいッ!! …………えっ、勉強?」
「うん、勉強」
星界拳継承者並びに里長を継承する、その決意を述べるロウハン。
所信表明代わりに今後の方針についても軽く述べれば、うんうんとうなずいていた脳筋一族の者達が一斉に固まった。
よもや学問などと持ち出されるとは思っていなかったのだ。
三人目の里長、シェン・ロウハン。
当初語ったその決意の通りに彼の代にてシェン一族は大きな変革を様々に迎え、武技一辺倒からある程度の学問にも明るくなることから星界拳にも新たな可能性が生まれることとなった。
その功績から、後のシェンの里においては"叡智のシェン"と呼ばれ讃えられる里長の誕生であった。
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