61年目-3 シェン・ラウエンの最期
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・ラウエン(62)
シェン・ロウハン(23)
シェン・カウファン(24)
シェン・ラオタン(26)
第五次モンスターハザード終結から3年。シェン一族に政変の兆しが訪れていた。
決して、誰にも予想し得なかったことだ……36年にも亘り里を治めてきた名里長シェン・ラウエンが死んだのである。それも病死や老衰などでない、ダンジョン内にてモンスターを相手にした討ち死にの形で。
この時ラウエンは62歳。もはやロートルを超えて老境の域に差し掛かっていたが技はまだまだ健在にして、次期星界拳継承者候補である息子カウファンにも負けない技量を誇っていた。
そんな彼がなぜ、非業の死を遂げることとなったのか。
そこにはラウエンの、誇りと愛に満ちた想いがあった。
──彼は息子を庇い、致命傷を負ったのである。
一瞬の隙を突かれた。そう言うしかなかった。いつも通りの探査だと舐めてかかっていた部分はあったにせよ、カウファンは武術家としては一流。
決して油断も慢心もなくモンスターを相手にしていたのは、同行していたロウハンやラオタン、そして最近では久しぶりに探査を行ったラウエンの目から見ても疑いようのないことだったのだ。
しかし。
「ぐげっ……ぐげげげげげげげげっ!!」
「が、ぁ……!! ぶ、無事か、カウファン……!」
「と、うさん……親父、オヤジィっ!?」
太く長い牙が深々と突き立てられた胸。B級モンスター、エンパイアサーベルキャットと呼ばれるサーベルタイガーを二回り大きくした怪物による攻撃が、ラウエンを貫いていた。
彼の後ろには息子シェン・カウファン。別のモンスターを倒したところ、わずか生まれた意識の空白を意図してか偶然か襲われた矢先の、出来事だった。
「さ、里長ァァァ!?」
「ラウエン様っ!? そんな馬鹿なッ!!」
別のモンスターをそれぞれ狩っていた星界拳士達はすぐさまカウファンの危機に気付くも、位置取りがあまりに悪かった。
ロウハンとラオタンはともに距離を置いた場所、近くにいたラウエンも技を放って横槍を入れるには、カウファン自身が射線にいるため放つに放てないのだ。
これをもってラウエンにはもはや、打てる手は一つしかなかった……咄嗟に息子の身体を後ろに引き倒し、迫る凶牙をその身にて受けるしかなかったのだ。
致命傷。見ていた若手シェン達も、受けたラウエン本人も即座に理解する。凄絶なる吐血。
しかしてラウエンは微笑んだ。息子へ、若者達へ。そして今から打倒するモンスターへと。
今際の際と悟りし漢の、今生最期の技である。
「が、ぐ……! し、始祖カーンよ、我に力を」
「な、何を──」
「我が命、我が魂を今、全身全霊、我が武に込めて放つ。願わくばこの一撃が、未来に出ずる"完成されしシェン"へと至る、小さくとも一助とならんことを……ッ!!」
「ぐ、ぐるるるぁぁあぁぁぁっ!?」
牙を掴む。生命を、その魂までを振り絞ってはならない領域にまで振り絞って死に際の剛力を発揮する。
その時若者達は見た。ラウエンの身体からにわかに炎が……蒼き炎が微かにだが立ち昇るのを。
火の手はどこにもない。
偉大なる星界拳士たるラウエンのすさまじい闘気、気迫が今、物理現象さえも歪める蒼炎と化して顕現していたのだ。
「里長ッ!!」
「ラウエン様っ!!」
「お、親父……!」
「若き、シェン達よ、ぐっ……これにてさらばだ! ──始祖カーンや先達のシェンと同じく、私もまた、一欠片星界拳に宿りて君達の歩みを見ている。迷い、悩み、疑い……それでもなお、己の心に宿した星界拳に恥じぬよう、努めるが良い」
不思議と……その言葉は、その視線は、ロウハンに向けられているものだとカウファンとラオタンは理解した。
息子でもなければ星界拳継承者でさえない、シェンの探査者。武より書を好みがちな変わり者のロウハンにこそ、ラウエンは大きな期待を寄せていたのではないのか。
そう、二人には思えたのだ。
蒼炎が燃える。わずかにでも弱くとも、眩いばかりにきらめいて輝きを放つ。
それは紛れもなく魂の一撃。シェン・ラウエン最期の技。
後に星界拳の究極秘奥となる技の原型は今、この時より始まる。
ラウエンは己の生命、魂まですべてを燃やし、解き放った。
「星界拳奥義──天覇断獄星界拳」
「ぐげ────」
燃える蒼炎を両足に纏って、その場で飛び上がっての両足蹴り。勢いは緩やかで、ドロップキックと呼ぶにはあまりにも静かで弱々しい。
だが……その爪先が触れた瞬間、モンスターはわずかなうめき声のみを残して粒子へと消え果てた。
即死したのだ。
天覇断獄星界拳。
これより後の世、シェン一族が究極と位置づけるこの技の名に込められし意味を、若者達は過不足なく受け取る。
「て、天覇……断獄」
「断獄、とは……チェーホワ様との約束の、敵……」
「我ら星界拳が、断獄を撃ち破る──天を覇する拳ッ!!」
始祖カーンの盟友にして、自身の戦友でもあるソフィア・チェーホワ、あるいはヴァール。彼女との約束を果たすべしという願いがただただ篭った、悲願へと至る奥義。
断獄を倒すための技。それこそがラウエンの思い描いた奥義、天覇断獄星界拳であった。
「────────」
すべてを放ち、蒼炎が消える。同時にラウエンの命の灯火もまた、消えていく。
技を放った後、体勢を整えることも叶わぬまま……最期の言葉を遺すことさえ、できないまま。
けれどラウエンは、満足げに目を細め、笑った。笑顔の中で意識を飛散させ、薄れさせていったのだ。
シェン・ラウエン、享年62歳。
言葉に遺さずとも多くのものを後世へと遺した、偉大なる一族の指導者はこうしてこの世を去った。
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