61年目-2 どうか、君自身が誇れる道を
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
クリストフ・カザマ・シルヴァ(20)
アラン・エルミード(22)
高潔なる魂が探査者としての理想を求めるのに対し、過去のトラウマが憎悪と殺意の焔を燃やす。
正義と復讐との間……クリストフが陥った精神状態はまさしくジレンマ。どちらも肯定でき、そしてどちらも否定しがたいものであった。
涙ながらの心情を吐露した彼に師匠マリアベールは、本質的には余人にどうにもできない類の話だとするものの、すぐさま彼を休養させることとした。
明らかに平常ではない状態ではダンジョン探査どころか日常的な鍛錬すらさせられない。鋼のメンタルでどうにか自己を保っているだけで実質的に、今のクリストフはパニック寸前であると見抜いていたのだ。
そして同時に彼女は、フランスからアランを呼び寄せた。
弟子の親友にして、呆れるほどに2つ歳下のクリストフを尊敬している彼であるならば、自分よりも少しは役立つこともあるだろうと思ったからである。
「や、クリストフ。聞いたよ、なんだかスランプなんだって?」
「アラン……わざわざフランスから見舞ってくれたのか、すまない」
イギリスはコーンウォール州のとある民家。クリストフが数年前から住まう借家を訪ねたアランは、敬愛する親友がひとまず元気そうに過ごしているのを見て内心、安堵の息を漏らした。
彼の師匠マリアベールから連絡を受け、彼が陥っているという理想とトラウマの板挟みでの苦境を知り、慌てて海を渡ってやってきたのが今である。
リビングにて、どうやら軽く酒を飲んで休んでいたらしいクリストフは、申しわけなさそうにしつつも友を迎えて嬉しそうにしている。
それがアランにも喜ばしく、再会の挨拶もそこそこに対面のソファに腰掛け、さっそく話を聞くことにしたのだ。
「マリーさんから一応の説明は受けた。水臭いじゃないか……僕にも遠慮なしに相談してくれてよかったんだ。君の話なら電話越しにでも何時間でも聞くのだし、こうして直に会いに来たりもするんだから」
「ありがとう……情けない話を、あまり君には聞かせたくなかったんだ。本音を言えばマリアベール先生にだって、なるべく話したくはなかったさ。だが」
「もう、話さないではいられないくらい辛かった、だね。情けなくなんてないよクリストフ。むしろどうして、そんなになるまで一人で抱え込んだんだ? もっと頼れよ、僕らは友達だろ?」
「……返す言葉もない」
苦笑を浮かべるクリストフが、グラスをもう一つ用意してお互いに酒を注ぐ。
スコッチウイスキー……最近になって酒の味を覚えた彼に、大酒飲みのマリアベールが教えたことからお気に入りになっている。
高いアルコール度数ながら不思議と喉越し柔らかな飲み心地に酔いしれつつも、クリストフはポツポツと話し始める。
「……先生から話を聞いているなら、まあ、そういうことなんだ。俺は君や先生の立派な志に憧れ、尊敬すると同時にモンスターへの殺意と怨念にも塗れている。そんな自分に、どうにも最近嫌気が差している」
「高く買ってくれているのは光栄だけど、それは僕の台詞だ。君ほど気高く、強く優しい探査者はいない。僕こそ君を尊敬しているんだ。モンスターへの復讐心に叫ぶところまで含めてだよ、もちろんね」
「アラン……だが俺は、その復讐心を抑え込まねばならないと思うんだよ。他ならぬ家族を愛するならば、余計に」
アランからの言葉は、いつもながらあまりにも直球かつ過言だ。クリストフは毎度ながらストレートな称賛の言葉に、もう一口スコッチを舐める。
こんな弱い自分のどこを気に入ったのかは知らないが、現実はこんなものだ。高潔たらんと意気込みだけは立派だが、一皮剥けばその下はドス黒い殺意に塗れている。
家族を殺されたあの日から、クリストフ・カザマ・シルヴァの本質は復讐に狂った鬼なのだ。だからマリアベールに師事してからの3年、異常な鍛錬を自らに課すこともできた。
だが……それもそろそろ、限界だ。誤魔化し続けてきたものが、溢れ出してきているのだから。
「俺はな、アラン。母が不憫でならないのだ」
「母……君の、お母さん。その、かつてのモンスターハザードでお亡くなりになられた……」
「ああ。日本からポルトガルの父の家に嫁ぎ、そして俺を生み、育ててくれて……あの日モンスターに、俺の目の前で殺された人だ。きっと俺の抱く復讐心の、最も奥深いところにいる人だ」
──これまで、クリストフは過去を語ることを滅多にしなかった。あまりに辛すぎるのとトラウマから、半ば話せない状態だったのだ。
加えてマリアベールやアラン、周辺の人々も配慮したがゆえ、タブーめいた扱いの話題となって久しい。
そんなタブーを、今、クリストフ本人が自発的に語り始めている。
極めてシリアスで、センシティブかつデリケートな話題だ。軽く酒で喉を潤していたアランも、この時ばかりはグラスをテーブルに置き、じっと彼を見つめた。
「父は俺が幼い頃に死に、それからは母が一人で俺を育ててくれた。強い人だった、本当に……あの人ほど偉大な方はいないと、そう思えるほどに」
「……そうだね、間違いないよ」
「母はいつも、自分の故郷である日本のことを俺に語ってくれた。帰りたがっているようにも見えたが帰らなかったんだ。父が、この地にいるから、と。死してなおあの人は、伴侶を愛し続けていた」
目を閉じ、懐かしむ。瞼の裏には今も色濃く焼き付くもう、二度と逢えない母の笑顔。
しかしそれもすぐに苦痛と絶望に彩られたものに変わり、目を開けてクリストフは、ため息交じりに続ける。
「…………そして、それがゆえにスタンピードに巻き込まれ、俺の目の前で死んだ」
「……」
「今になって思う。あの人の人生はなんだったのだ? 結婚してすぐに伴侶を失い、女手一つで異国の地、壮絶な苦労に晒されながら俺を育て……挙句の果てに故郷にも帰れないまま、モンスターなどに殺されてっ!!」
吐き出す、それは長く彼の中に溜まり続けた澱、怨念そのものだ。
母の人生のあまりの不遇さ、救いのなさに彼は、成人を迎えた今になってようやく嘆きを表に出せているのだ。
悔しさ。悲しさ。怒り。そして憎悪。
すべては最愛の母を、苦しみ続けて何一つ良いことがなかった母をそのまま死なせてしまったことへの悔恨だった。
一際叫んでから、一息つける。クリストフは項垂れ、力なく語った。
「……だからスキルに目覚めた時、即座に復讐を決心した。モンスターを一体でも多くこの手で殺してみせる、と。しかし」
「…………先輩探査者達の姿に、それは違うって思っちゃったんだね。人々の暮らしと命、尊厳をモンスターから護ることこそが使命の仕事に、君は憧れたんだ」
「ああ。そして結果がこのザマだ。俺は復讐を続けることも止めることも選べないまま、こうして酒に溺れている。情けない……まったく、なんて情けないっ」
グラスを空にして、また酒を注ぐ。もはや呑まねばやっていられないと言わんばかりの心境だ。
まるで自傷行為。それが見ていられなくてアランは、堪らず手を伸ばして彼の腕を止めた。
「クリストフ。君は情けなくなんてない! 君こそは僕が信じる、最高の探査者となり得る人だ!!」
「…………」
「そして……君のお母さんもまた、偉大な方だ。君という希代の探査者を産み、育んでくださったのだから」
ここに至り、アランはクリストフの心の痛みを理解した。
母への想い、それこそが彼の復讐心の中核なのだ。不遇と言っていい人生のまま絶望の死を遂げた親への哀惜が、彼を動かし、そして今苦しめてもいるものだった。
家族も健在で、親しい師匠も引退したものの幸せな生活を送るアランには想像もできない辛さ、苦しさ。
クリストフは、親友はずっとこれほどの葛藤やストレスに耐えながらも己を律し続けてきたのだ。なんという精神力、なんという魂の高潔さ!
……そして、なんという哀しさ。
強すぎるがゆえに自然と茨の道を歩んでいる目の前の男に、アランは心からの想いを込めて、静かに話す。
「君がどんな道を選ぼうが僕らは親友だ、それは絶対だ。だからね、クリストフ……どうか心のままに、誇れる道を歩んでほしい」
「誇れる、道を……」
「そう。社会とか僕達とかにじゃなく、君自身と、君のお母様とに誇れる道をだ。それが復讐だとしても良いじゃないか、君が誇らしいと思える道を歩いていくことがきっと……! きっと、君のお母様の人生に意味と価値を与えてくれるはずだよ……!」
社会的な正しさ。探査者的な理想。そんなものはどうでもいい。
クリストフ自身が自分を誇れる道を歩む……誇れる生き方をする。それこそが彼自身ひいては、彼を産み育てた偉大なる母の人生が、少なくとも無駄や無為なものではなかったと証明することとなってくれる。
熱の籠るアランの言葉に、クリストフはにわかに彼の顔を見て……わずかにその瞳に、希望の光を灯すのであった。
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