61年目-1 憎しみか、それとも──
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
クリストフ・カザマ・シルヴァ(20)
マリアベール・フランソワ(43)
モンスターへの復讐に燃える若きクリストフ・カザマ・シルヴァが、マリアベール・フランソワの元で修行を開始して3年が経つ。
すでに探査者としての戦闘スタイルを確立していた彼は、すなわち《炎魔導》を使っての徒手空拳を主としていた。空手をベースに柔道、合気道さえ取り入れた近接戦闘者としての道を、己の歩むべき武道として定めていたのである。
師匠マリアベールの人脈を使い、それぞれの道の達人に基本を習い、モンスターを相手に鍛錬する日々。
同時に暇な時間はひたすら筋力、体力に瞬発力を鍛え続け──ホームであるイギリス、コーンウォールの全探組支部においては、修行僧とまで呼ばれるほどに己を律し続ける生活を送っていたのだ。
その甲斐もあり、クリストフの実力は新人と思えないほどにメキメキと上がっていった。
友人にしていずれは追いつきたいライバル、アラン・エルミードや尊敬して止まない師匠マリアベールをして、異常者とまで言わしめるほどの常軌を逸したトレーニングの日々が如実に成果として現れていたのだ。
しかし、それとは裏腹にクリストフ自身の心には暗雲が立ち込めていた。
探査者としての活動の日々。そこで感じた想いが、彼を苦しめていたのである──
相談がある、と弟子のクリストフに呼ばれたマリアベールは、全探組支部を離れコーンウォールの美しい海岸を臨む崖の近くにまで来ていた。
前を行く青年、もう3年にもなる愛弟子が振り向き、すっかり鍛え上げられた筋骨隆々の肉体を武道着で纏った姿のまま、惚れ惚れするような堂々たる佇まいでまっすぐにこちらを見つめる。
なんとなし、何についての相談なのかは分かっていた。何しろここ数ヶ月ほど、クリストフの動きがわずかに悪かったのだ。
肉体面に問題はなさそうなことから精神面でのトラブルがあるのだろうとは察していたものの、本人から切り出さないうちはなかなか触れることも難しいと見守るに留めていたのである。
忍耐強く、礼儀正しく、若い頃の自分など足元にも及ばないほどに立派な探査者。
そんな彼はどこか苦しげに、ようやく吐露するかのように重々しくその口を開いた。
「……先生。俺が不躾にもあなたの下に押しかけ、無理矢理弟子になってからもう3年にもなります。その間、あなたはこんな不出来な弟子にも惜しみなく指導してくださり、探査者としての基本を、そして人間として大切なことをいくつも授けてくださった」
「なんだい、いきなり……照れくさいこと言うなよ、ハハハ。あんたは不出来どころか誰より手のかからない子だったし、弟子になったのも私の意向があってのことだ、無理矢理じゃないさ。どーしたんだい、一体」
「分からなくなってきたんです、最近。何が正しいのか、俺の心は、本当はどうするべきなのかが」
普段は寡黙気味だからこそ、たまに零す言葉には重みが誠実さが宿る。
師として讃える言葉に思わず照れ笑いを浮かべたマリアベールだが、次いで出てきた言葉にすぐ、真顔になる。
クリストフが抱える問題の骨子が、この時点で彼女にはすでに見えてきていた。
──それは彼の来歴による、心理的外傷。すなわちトラウマ。
「探査者の使命、責務、義務……先生やアランはじめ、多くの先達の背中を見て自分なりにそれを学んできました。ダンジョンに潜りモンスターを倒し、人々の生活を護る。誰もが、モンスターに脅かされない安寧な暮らしを送れるように。そのために俺達探査者はあるのだと。俺も心からそう思い、そうあれるよう今も研鑽を積んでいます。ですが」
「…………」
「ですが…………ッ!! そこに、モンスターへの憎悪がないことがッ、お、俺にはっ、俺にはあまりにも苦しいッ!」
「クリストフ……」
モンスターによって故郷を滅ぼされ、家族を、隣人を目の前で殺し尽くされた彼が抱える闇。
消えない漆黒の焔……すなわち憎悪。決して尽きせぬモンスターへの殺意と憎悪こそが今、探査者としてのあり方を学んだクリストフの心をひどく苦しめていた。
2m近い巨躯が背中を丸め、苦しげに両手で胸を押さえる。見ているマリアベールが哀切に唇を噛むほどに、彼は凄絶な表情で続けて叫ぶ。
「あなた達は誰も、モンスターを敵ではあるが悪としては見ていない、憎んでいないっ! あくまで倒すべきモノ、生存競争の相手として見ているッ!! 見据えているのは常に人々を守ること、世界を護ることのみ……!! なんて立派な志だろうか、俺には、俺にはそれが、どうしてもできないッ……!!」
「どうしてもモンスターを殺したいと、憎むべき悪だと思うんだね? いや、でもそれだって一つの在り方だ、悪いことじゃ──」
「俺がッ! 他ならぬ俺自身が嫌なのです先生ッ!! 先生やアランのような立派な、世界のために戦う素晴らしい探査者になりたいんですッ!!」
「…………!!」
「だのにどうしてもこの胸に、この心に憎悪が宿って消えてくれないッ……! 母を、隣人を村を滅ぼしたモノ達を許すな、殺せ、殺し尽くせと! 他のことなど、他の誰かなど知らない、と! 歪んだ焔が燃え盛っては、消えてくれないッ!!」
もはや涙さえ流しながら慟哭するクリストフを、マリアベールはただ呆然と見るしかなかった。
惨すぎる自己矛盾……師匠や友人、先輩とともに過ごした日々は、たしかに彼の心を癒やし、そして新たな道をも示してみせた。
しかしてやはり、傷は残るのだ。過去の痛みが熱を帯びて、学んだ理想の体現を阻む。
モンスターを憎め。殺せ、殺し尽くせ、と。
他のことなどどうでもいい。人々も世界も知ったことか。とにかくこの憎悪、復讐心を晴らすためだけに得た力を振るい続けろ、と。
彼自身の高潔な魂が人々のために戦うことを求める裏で、深く刻まれたトラウマは焔となってそんな衝動を放っているのだ。
「……クリストフ」
「どうしたら……どうしたらこの焔は、消えてくれますか、先生……!」
苦悩に満ちた弟子の言葉に、マリアベールにはどうにもできない。
憎悪を動機とする探査者とて当然いる、まるで悪いことではない。だが他ならぬクリストフ本人がそれを拒み、しかし拒み切れずに苦しんでいるのだ。
完全に彼の、自己内面だけでの話でしかない以上……多少の助言や励ましはできても、決定的な答えはクリストフ自身で出すしかない。
それを承知の上で、彼女はややしてから、静かにすすり泣く愛弟子に優しく、慈しみの言葉を投げかけた。
「悪い……それは私にも分からないよ。だけど、これだけは言える」
「…………」
「アンタは立派な探査者だ、アンタ自身がなんと思おうがね。私も、アランも、他の誰もがそう思っている! たとえアンタの中にどれだけの復讐心が、殺意が憎悪があろうとも私らはそんなことでアンタを見損ないやしない!」
「先生……!」
「だから、後はアンタ次第さクリストフ。アンタがその焔をどうしたいか、それだけなんだよ。私らはどんな決断をしても、それを尊重するよ」
あるいは今後の人生さえも左右する、一大分岐に差し掛かったと言える弟子へ。マリアベールは力強く、どんなことがあっても自分は味方だと告げる。
それが嬉しくて、クリストフは涙を流しながらも深く、深く頭を下げるのであった。
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