58年目-5 ラウラ・ホルンの50歳
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
エリス・モリガナ(53)
ラウラ・ホルン(50)
マルティナ・アーデルハイド(33)
第五次モンスターハザード終結後、エリス・モリガナは速やかに元の孤独な放浪の旅を再開した──わけではなかった。
去り際の寸前を時の三代目聖女マルティナ・アーデルハイドに捕まり、簀巻きの状態にされた上でイギリスはウェールズの地、カーディフに住んでいる二代目聖女ラウラの下へと連れて行かれたのだ。
初代と二代目の関係性──すなわち人々を守る戦いの中で悲劇的な末路を迎えたエリスと、そんな彼女を永年追い続けたラウラのエピソードは当然三代目も知っている。
敬愛するラウラが50歳を迎えようとしている中、世界各地の裏社会をフラフラほっつき歩いて滅多に姿を見せない姉貴分を彼女にプレゼントとして贈ろうというのは、事実上弟子と言っていいマルティナからの純粋な真心によるものだった。
『もちろん初代様も尊敬してますけども、私的にはやっぱり師匠のラウラさんこそが最優先ですからね! あちこちコソコソするのはお好きにすれば良いんですけど、その前にあの方の50歳祝いだけは述べていってくーださい!』
『ハッハッハー、話は分かったけどなんでこんなグルグル巻き!? さすがにラウラの慶事なら素直に行くよ、解放してー!?』
『あわわわ、まるで誘拐の現場ですよこれ、神谷先生!』
『マルティナァァァッ!! 今すぐ初代様を解放しなさァァァいッ!!』
──と、次代聖女候補とその師匠として同行していたフローラ・ヴィルタネンと神谷美穂のそれぞれ動揺と激怒をものともせず。
マルティナは意気揚々と簀巻きエリスを基本的にいつでも担いだまま、スイスからイギリスまで飛行機で移動したのであった。
「…………マルティナ? いくらなんでもお姉様を簀巻きにしたまま3日もそのままなのは乱暴が過ぎますよ? 私の敬愛して止まない方に、あなたは一体何をしているのですか」
「す、すみません。ですがこの方、このくらいしなければ《念動力》をとてつもなく妙な使い方をして逃げてしまいかねませんでしたので、つい」
「ハッハッハー、後輩からの負の方向の信頼が厚いー」
ウェールズ地方、カーディフ。二代目聖女ラウラ・ホルンの住まいにて。
椅子に座りながら、にこやかに怒りの圧を放ちマルティナを正座させるラウラの横で、3日ぶりに簀巻き状態から解放されたエリスが固まった体を解しつつも笑っていた。
マルティナからすればサプライズプレゼントのノリであったが、35年もの時を経てもなんら色褪せることない尊敬と親愛をエリスに向けているラウラからすればそれはとんでもない暴挙としか言いようがない。
他の者にはともかく師匠として尊敬するラウラにだけは常の傍若無人な言動も鳴りを潜め、ひたすら気まずげに謝罪と言いわけを繰り返すばかりだ。
そんな彼女を、ラウラは怒りを禁じ得ずに睥睨した。
弟子として面倒を見ていた頃からとにかく短絡的で雑、そのくせ妙に腹黒いところのある子だと思っていたがここまでのことをやらかすとは!
なまじマルティナのことも可愛い妹のように思っている分、二重で恥をかかされた気分になりラウラはまさしく怒り心頭だったのである。
齢50歳の節目。ダンジョン探査を行う外勤探査者としては10年以上前に引退した身であるものの今でも多少は往年の強さを発揮できる。
今、そのことをこの馬鹿弟子に示してあげましょうかと静かに立ち上がろうとした──矢先。
いよいよ不穏な空気になってきたとエリスがやんわり、その肩に手を置いて宥めた。年老いた妹分へ、微笑み語る。
「ラウラ、落ち着いて。私はぜーんぜん気にしてないから」
「しかし、お姉様……! 今回のこれはあまりにも失礼、いえ無礼です!! 私がどれだけお姉様のことを大事に思っているかを知っていてよくもこんなことを……っ」
「君のことをよく慕っている、良い子じゃないかアーデルハイドくんは。基本このエリスさんが根無し草の風来坊なのは事実なんだし、彼女としては君の節目に際してこういうこともしたくなるだろうさ、ハッハッハー」
「お姉様……」
満面の笑みで朗らかに笑いかけるエリスに、ラウラは二の句が継げない。
言動や性格はそれなりに変わっても、こういうところは35年前……第二次モンスターハザードの時から何も変わっていない。自分のことはどこか蔑ろにしていて、周囲の人達が幸せそうならそれを第一とする、まさしく聖女の在り方。
それが嬉しく、悲しく、痛ましく……そしてやはり、懐かしく。
ラウラは何も言えなくなって、席に再度座ってエリスの手を握りしめた。翻って年輪を刻んだ手の甲と、あの頃とまるで変わらない美しい肌に、どうしようもできない断絶さえも感じて。
「ラウラ。50歳のお誕生日おめでとう。私が言うのもなんだけど、やっぱり歳って普通に取れるほうが良いと思うんだよね、個人的な想いだけど」
「…………そうですね。私も、そう思います」
やがて訪れる終わりの時……きっと自分が、彼女を置き去りにしてしまうその瞬間を感じ取り、ラウラは力なく微笑んだ。
それさえ受け入れて明るく笑うのだろう、永遠の少女の幸福をただただ、祈りながら。
「うーん……ですが正直、ちょっと18くらいの頃で時間ストップしてくれるならばそれはそれで嬉しかったりしますね、私は」
「マルティナ、なぜあなたは一々余計な口を」
「ハッハッハー、素直でよろしい! ハッハッハー、どうどうどう」
マルティナがまたしても混ぜっ返して、ラウラがまたしても怒りを放ち、そしてエリスがまたしても取り成す。
変にしんみりしたムードはゴメンだと言わんばかりにあえて明るく振る舞う三人の聖女は、そうして祝いの日を過ごすのだった。
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