58年目-3 故郷を失くした少年
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
クリストフ・カザマ・シルヴァ(17)
マリアベール・フランソワ(40)
第五次モンスターハザード終結。
その宣言がソフィアからなされてすぐ、集結してことにあたっていた探査者の勢力はまたそれぞれの地元に戻り、個人探査者達も元の活動拠点へと戻っていった。
再び誰しもにとっての当たり前の日常が、始まったのである。
そんな折、イギリスに戻ったS級探査者マリアベール・フランソワの下に一人の少年探査者が弟子入りした。
ポルトガルからやってきたその少年は、聞けばスタンピードで故郷を焼かれ、親兄弟、家族から近隣住民に至るまで皆殺しの憂き目にあってしまったのだという。
マリアベールは少年の境遇にいたく心を痛め、また彼の志に類稀なる探査者となれる可能性を見出し、弟子に取ることにした。
一時引退する前までも何人か弟子を取っていたが復帰後では初めてのことで、これを皮切りに彼女は以後の人生を、後進てる弟子達の育成に注力していくこととなるのは余談だ。
ともあれそのような形で少年──クリストフ・カザマ・シルヴァはマリアベールの弟子として修行の日々を送り始めた。
彼こそは後に名高い通称"サウダーデ・風間"。
あのアラン・エルミードがこの世で他の誰よりも尊敬し、真に偉大な男であるとさえ明言する、現代においても最強クラスとして扱われるS級探査者の若き日の姿であった。
「《炎魔導》ッ! ファイヤァァァッ! ナァァァッコォォォッ!!」
「ぐぇぎゃあああああっ!?」
イギリスはコーンウォール州の全探組支部にて引き受けた、近隣の村にできたダンジョンの中。
師匠マリアベールの監督の下、クリストフ・カザマ・シルヴァはスキルで発現させた炎を拳に纏わせ、敵モンスター・ゴブリンナイトを殴り飛ばしていた。
短髪を逆立たせた、大柄な少年だ。鍛え上げられたとまではいかずとも戦士として申し分ない筋肉を纏った身体は探査者になってから、死にものぐるいの特訓の末に少しずつ身に着けつつある彼の一番の武器だろう。
加えてスキル《炎魔導》に加えて《格闘術》──格闘技の習熟速度を早めるスキルの効果で目下のところ空手を取得中の身であり、今も放った拳はいわゆる正拳突きで、腰を深く落としたお手本のような構えでのものだった。
「まずは一匹……! 次は貴様だっモンスターッ!!」
「────!?」
「ファイヤァァァッ!! フロントキィィィィィィクゥッ!!」
一撃の下に敵を粉砕、次いですぐさま向き直る、部屋の中にもう一匹いるモンスター。
アーマー系モンスター、ブロンズアーマーだ……E級探査者であればどうにか倒せるE級モンスターに相当し、全身を鎧で覆っているが中身はガス状の気体に満ちているという謎の生態を持つ。
未だ実力的にはD級程度のクリストフ。一人では厳しい相手を承知でしかし、果敢にブロンズアーマーへと飛び込み蹴りを放つ。
ゴブリンナイトを葬った時もそうだが、すさまじい大音量での雄叫びとともに攻撃を放っている。普段は寡黙な少年が、家族を、村の者を殺したモンスターを見るなり許し難いとばかりに絶叫めいた叫びを放つのだ。
そしてその時の彼の表情たるや、師匠のマリアベールをして背筋が寒くなるものを覚えるほどに──怒りと憎しみで歪んだ、恐ろしいものとなる。
そのような形相になる理由は明白で、内心でどうしようもなく同情を寄せてしまいながらも彼女はしかし、クリストフを叱りつけた。
「やかましいよクリストフ! ちったぁ静かに殴れないのかい、早瀬の大親分じゃあるまいに! 喉痛めるよ、終いにゃあ!」
「失礼ッ! しかし先生ッ、俺は! 俺はモンスターを前にすると、どうしても叫ばずにはいられんのですっ!! ──ウオオオオオオオッ!!」
「だからやっかましいってんだよ、まったく……気持ちは、察するけどもねえ」
案の定ながら彼にもどうにもできないものらしい、叫び。
半ばトラウマから来る強迫観念的なものかもしれないと、マリアベールは痛ましいものを見るかのように視線を、少年へと向けた。
──クリストフ。彼は先だってのモンスターハザードにて、故郷をなくした少年だ。
目の前で隣人を、唯一の家族である母をも殺され、自身も命からがら逃げ延びる中で偶然スキルに目覚めたのだと言う。
そんな彼が運良くイギリスに流れ着き、第五次モンスターハザード解決の英雄が一人であるマリアベールの姿を見た時。
即座に彼女に詰め寄り、師事を乞うたのは当然といえば当然と言えよう。
『俺は、モンスターが憎いっ!! 母を、友を、隣人を……村を虐殺したあのモノどもが、心底から憎くてたまらないッ!! ……お願いしますフランソワ先生ッ! 俺に、俺に奴らを倒す術を教えてくださいっ!!』
血の涙さえ流しながらそう叫ぶクリストフに、マリアベールは端的に危ういものを感じ取っていたが……それでも結局弟子に取ることとした。
放置してモンスター相手に単身、無茶な真似をされるのも寝覚めが悪い。それならば弟子として鍛える中で少しでも無理のない復讐の形にしていければいいという思いもあり。
加えて、自分も参加した戦いでの被害者である少年を、家族から縁者に至るまで何もかもをモンスターに殺された彼のことを放っておきたくないという想いもあり。
そして何よりやはり、クリストフという少年に感じた可能性……素質のようなものに目をつけたのもあり。
マリアベールはこれまでの弟子とは格段に異なる深度で、この少年の面倒を見ているのであった。
「オオオアアアアアアッ!! ファイヤァァァァァァスマァァァァァァッシュゥッ!!」
「────!!」
「……ま、叫びたくもなるか。時間が少しでもあいつの傷を、癒やすことになれば良いんだがね」
師の言葉さえ効果なく、叫び続けるクリストフ。その姿はまるで、怒りと憎しみと悲しみに泣き叫ぶ幼い子供のようで。
マリアベールは、どうにもやるせなさを胸に覚え、深くため息を吐くのだった。
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