57年目-5 シェン・ロウハンの疑念
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・ロウハン(19)
シェン・ラウエン(60)
シェン・カウファン(20)
シェン・ラオタン(22)
第五次モンスターハザード勃発。
それに対抗する形でソフィア・チェーホワ率いる探査者達が世界規模での戦いを開始するのと時を同じくして、中国においても激闘の幕は切って落とされていた。
ソフィアの要請を受ける形で星界拳継承者シェン・ラウエンをはじめとするシェン一族の探査者達が、中国を中心とした東南アジア圏にて、スタンピードの猛攻に立ち向かっていたのだ。
その頃のシェン一族には長ラウエンをはじめ、星界拳継承者候補のシェン・カウファンとシェン・ラオタンなど腕利きの探査者がおり、いずれも星界拳開祖シェン・カーンをも超える実力者となっていた。
そんな彼らはモンスターを倒して人々を護る中で名を上げ、シェン一族の誉れとして扱われるようになっていた。
────しかしこの時、もう一人シェンの探査者がいたことを知る者は現代ではほとんどいない。人々を救える力を持ちながらも、意図的に戦いから遠ざかっていたためだ。
その名はシェン・ロウハン。後の世のシェンにおいては"叡智のシェン"とさえ呼ばれる一族きっての智者。
候補者であるはずのカウファンやラオタンを差し置いて次代の星界拳継承者として里長となる男であった。
馬鹿げている、とシェン・ロウハンは率直に応えた。
里長シェン・ラウエンに持ちかけられた、WSO統括理事ソフィア・チェーホワからの依頼──第五次モンスターハザードに際して、頻発するスタンピードから東南アジアを護るための戦力として加勢してくれとの要請に対してである。
歳の頃19歳。よく鍛えられた肉体はシェン一族の名に恥じないものの、それよりは文官気質であり読書や勉学を好む男だ。
それゆえ里内でも随一の智者として扱われていたが、反面シェン一族の星界拳至上主義ともいえるスタンスに反する言動も多く、同世代を中心に賛否分かれる人物であった。
そんな彼も昨年、スキルを獲得して探査者となり、ダンジョンに潜りモンスターを相手に戦うようになっていた。
それゆえ里に今いる探査者──里長ラウエン、その後継候補たるカウファンに呼ばれ、話を聞いたのであるがまさしく一刀両断の返答をして、二人からの詰問を受けることになっていた。
「ロウハン! 臆病者がこんな時にまでいい加減にしろ! 本ばかり読んでいると、星界拳の誇りもシェン一族の約束も忘れてしまうのかっ!!」
同年代のシェン・カウファンがいきり立って叫んだ。
彼はロウハンの星界拳軽視とも取れるスタンスに真っ向から否を唱える、典型的なシェンの若者だ。また、里長ラウエンの実子であり、現状のシェンにあっては最強の星界拳士だ。
実力だけで言うなら父さえ超えており本来ならばストレートに星界拳を継承できるカウファンなのだが、見ての通りの気性の荒さで里内の問題児としての側面もあった。
ラウエンが壮年を迎える頃の子であるがゆえに溺愛してしまい、その結果増長しきったまま20歳を迎えたのだ。
彼からして、ロウハンはいけ好かない本の虫、たまたま探査者になっただけの落ちこぼれにすぎないというのが本音である。
そんな男が盾付き、あまつさえシェンの誇り、果たすべき約束を貶した──到底許せるものでなく、激怒するのも当然のことと言えた。
「忘れてはいませんが、その上で愚かだと断じます。いつになったらあなた方はチェーホワ様への依存から立ち直るのですか? 信頼することと妄信することはまるで別物だというのに……」
「チェーホワ様を侮辱するかッ!! もはや我慢ならん、その性根を叩き直してくれるっ!!」
「まあ待て、カウファン。お前は気性が荒すぎる、少しは考えの異なる相手を理解する努力をしなさい」
「うっ……! ち、父上」
しかし、その荒ぶりを里長ラウエンは静かに制止した。還暦を迎え、もはや全盛期をとっくに過ぎたもののその技の冴えに変わりはない。カーンをも超える達人中の達人だ。
彼は落ち着き払い、優しい眼差しとともにロウハンへと問いかけた。
「ロウハン……かの統括理事は若き日の我が戦友、尊敬すべき先輩でもある。それでも我々の姿勢は、お前にとっては盲信に見えるのか?」
「……探査者としての彼女の功績、そして政治家としての実績を貶めるつもりは毛頭ありません。掛け値なくソフィア・チェーホワ様は偉大です。少なくとも、大ダンジョン時代にとっては」
「シェン一族にとっても……では、ないのかね?」
「そこについてです、私が申し上げたいことは」
ロウハンとて、無為にWSO統括理事を疑いたいわけではない。居住まいを正してラウエンへと向き直る。
この際、乱暴者でしかないカウファンはもう良い。話が通じないのであれば話す価値もない。里長として33年もの間、君臨してきたカリスマであるラウエンこそに説かねばならない。
──すなわちシェン一族はこのまま、ソフィア・チェーホワとの約束を盲目に信じて護り続けるべきなのか。
腹を括ったように凛とした眼差しを向け、ロウハンは語る。
「我々シェン一族は元々、始祖カーンとソフィア・チェーホワ様との間に交わされた約束──"完成されしシェン"をいつの日か彼女の元に派遣し、救世技法なるスキルを継承して断獄なるモンスターを倒すという契約の下、里を興しました」
「ああ、そうだな。若き日の私も、かつてカーン様からそう聞いたよ」
「……"完成されしシェン"とはなんなのです? 仮にそう呼ぶに相応しいシェンが生まれ出たとして、それをいつ、彼女の元に送り届けるのです。さらに言えば救世技法などというスキルも、断獄などというモンスターもまるで聞いたことがない!」
「む……」
それは、ラウエンにとっても否定しがたい指摘だった。カーンより受け継いだシェンとチェーホワの契約の文言こそ理解しているものの肝心の中身、今しがたロウハンが意を決して尋ねた事柄については、そもそも始祖からして曖昧な理解をしていたのである。
『時が来ればソフィアさんが私達の下に遣いを出すと言っていた。それがいつになるかは分からない……10年先、100年先、あるいは万年の果てかもしれない』
『だけどあの方の言うことは間違いなく信じられる。絶対にだ……断獄の打倒を任された者として、完成されしシェンを必ず生み出さなければならない。救世技法を継承できるだけの力を持つシェンを、育て上げなければ』
──とは昔日、まだまだ修行中だったラウエンに始祖シェン・カーンが語ってくれた言葉だ。
その言葉を受け止め、忠実にシェン一族の使命を果たすべく里長として精進してきたラウエンであるが……ロウハンの言うような思いを、密かに胸の内に抱えていたことも事実であった。
「そもそもソフィア・チェーホワ様自体、何者なのかまるで得体が知れない! いえ、もちろん彼女が如何なる事情を持つモノであれその業績は讃えられて然るべきですがそれとこれとは話が別! 彼女が言ったから、彼女に頼まれたからと我々はこの50年、盲目的過ぎはしませんでしたか!?」
「ロウハン……お前は、ずっとあの方を疑っていたのだな」
「彼女というよりは、彼女に対してあまりに無条件に従順すぎたシェン一族を、です! もう一度言いますよ、馬鹿げている! 始祖がどうあれ約束がどうあれ、それが思考を止めて良い理由には、挙げ句言われた通りにただ従順に動く犬である理由にはならないはずです! 我々は誇り高きシェン一族!! 利用されるだけのものであってはいけない!!」
もはや激昂に近い形で言葉を叩きつけるロウハン。
彼はソフィアに対してというより、それ以上にシェン一族のあまりにも思考停止しすぎた姿勢にこそ苛立ちと疑念を抱いていた。
我々は決してチェーホワの私兵集団ではないのだ。
始祖カーンも次代ラウエンも偉大だ、心から尊敬しているが──だからこそ、言わなければならない。
そんな想いのままに、彼は里長に歯向かうことによる立場の悪化さえ恐れず、勇気を持って告発した。
「一族の里ができて50年を超えた今こそ、みんなで話し合うべきです! 約束の意味を、始祖のお言葉を! そして我らシェンがこれから、どうしていくのが本当に正しいのかをっ!!」
未来を見据えての言葉。たしかにそこに込められた一族を、星界拳を想う熱量にラウエンもカウファンも圧倒される。
シェン・ロウハン。三人目の星界拳正統継承者となる男。
彼もまたたしかに傑物だったのだ……理知と情熱をもって一族を牽引せんとする、シェン一族を変えうる逸材だったのである。
結局この後、ラウエンとカウファン、そしてもう一人の星界拳継承者候補シェン・ラオタンはソフィアの要請に応える形で第五次モンスターハザードに参戦。
ロウハンだけがシェン一族の里を専守防衛する構えで、一人残ったのであった。
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