52年目-2 マリアベールと酒・3
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(34)
ヴァール(???)
エリス・モリガナ(47)
ラウラ・ホルン(44)
懐妊を機に一時引退を表明したマリアベール・フランソワだが、ここで彼女にとっては極めて重要な死活問題が発生した。
少なくとも妊娠が発覚して後、出産から産後の肥立ちを過ぎるまでの間、大好きで大好きで愛して止まない愛しの酒が呑めないのである。
妊娠中は赤子のことを考えれば言うまでもなく飲酒は控えるべきであるし、出産後もいわゆる産褥期を過ぎるまでは当然呑むべきではない。
もっと言えば赤子が離乳食を食べられるようになるまでは控えるべきというのが基本なのだし、それを考えると出産後1年は禁酒をするのがベストと言えるのだ。
これは大の酒好きであるマリアベールからすれば、自身のファースト・スキル《ディヴァイン・ディサイシヴ》に纏わる謎よりもはるかに大変なことである。
幸いにして彼女の場合、妊娠については極めて早期に発覚できたことから飲酒による胎児への影響がなかったものの……その時点から約2年、禁酒をしなくてはならなくなったというのは歴戦のS級探査者であっても涙を禁じ得ないものがあった。
こうなるとイギリスはコーンウォール州のフランソワ邸にて買い込まれていた酒の数々ももはや目に毒だ。
マリアベール自身は自省できるからせめて保管しておいてくれ、という頼みを完膚なきまでに無視して、彼女の友人達は酒の処理を行い始めたのであった──
「はい、というわけでバカ酒呑みのマリーちゃんに禁酒を促す会はーじめるよー、ハッハッハー」
フランソワ邸リビング。テーブルの上に酒瓶がいくつも置かれ、また、地元の市場で仕入れてきた食材の数々を雇われシェフ達が腕によりをかけて調理した料理もまた、所狭しと置かれている。
そんな中でマリアベールの見舞いのため屋敷を訪れていたダンジョン聖教初代聖女エリス・モリガナが音頭を取り、それに続けて食卓を囲むメンバーが揃って拍手して反応した。
マリアベールの夫、ヘンリー・フランソワ。
ダンジョン聖教二代目聖女ラウラ・ホルン。
そしてWSO統括理事ソフィア・チェーホワの裏人格ヴァール。
そして、やるせなさに沈痛な表情を浮かべているS級探査者マリアベール・フランソワ。
面子としてはそれなりに豪華だが、これからやることは宴会にかこつけてのアルコールの処理である。
妊娠したマリアベールの近くに酒があるのはまずいということで、いい機会だからとヘンリーが提案してマリアベール以外の3人も同意。
彼女に禁酒を促すべく、とりあえず家中の酒という酒をこの場で、彼女以外の全員で呑んでしまおうという企画めいたパーティーがこの宴の概要だった。
「おお、神よ……」
「お気の毒だけどマリー、さすがに君と君の中の子を思うとね。許してほしい許してくれるね? ありがとうマリー」
「母子揃って健康な状態でなければ、妊娠期間中にしろ出産後の肥立ちにしても悲劇が起きかねませんから。悪いですがそこはご理解くださいね、マリーさん?」
「うむ。ラウラはすでにニ児の母だけあって、含蓄があるな……探査者以前に母親としての先輩の言うことだ。たまには素直に聞けよ、マリアベール」
絶望的な表情で項垂れるマリアベールを見ながら、周囲の者達がそれぞれ言葉を発する。
ニヤニヤと笑って、明らかに面白がりつつも本気で心配している夫のヘンリー。この頃、すでにニ児の母であり、その経験もあってかとりわけ強く禁酒を勧めているラウラ。そしてそれを受けて生真面目に同意しつつ、マリアベールをジロリと睨むヴァール。
まさしく絶対禁酒包囲網だ。
さっそくエリスが《念動力》を駆使して酒瓶をひとりでに浮かし、蓋を取り外してマリアベール以外のグラスに注いでいく。
それを情けない表情で見守る彼女へ、初代聖女はニッコリと笑って無添加のオレンジジュースを差し向けた。無論スキルによる遠隔操作だ。
「ハッハッハー! まあまあマリー、とりあえずご一献。ジュースってのも悪くないもんだよっていうか、逆に君がなんでそこまでお酒大好きなのかちょっと理解しかねるんだよね正直。エリスさん呑みはするけどそこまで好きでもないからさあ」
「だったら飲まなきゃ良いじゃねぇですかねえ!? 何もこんな、家中の酒を今日にでも空にしようなんてしなくたって……! 私だって弁えてんですから呑みゃしませんよ!?」
「いやー誘惑って眼の前にあるからこそ負けるんだよね。だから君の旦那さんも涙を呑んで提案したわけだし。愛ゆえだねー」
「思い切りニヤニヤしてんでしょうがそこのアホタレはぁっ!! おいヘンリー、てめぇ客が来たからってなんてこと提案しやがんだいっ!!」
もはや涙目でエリスに抗議し、ヘンリーにも叫び倒すマリアベール。正直なところ、自分でもちょっと誘惑に負けかねないかも……と内心で思っていた分、図星を突かれて余計に荒ぶる。
気弱な者なら動けなくなりかねないほどの気迫。しかしそんなものには夫婦の間柄、慣れているヘンリーは相変わらずニヤニヤしているばかりだ、完全に面白がっている。
そしてそんなマリアベールに、ラウラとヴァールから嗜める声があがった。
「興奮しちゃだめですよマリーさん。お腹の子に良くありません」
「鎖に繋いででも大人しくさせるぞ、それ以上は。もうお前はお前一人の身体ではないのだ、理解して自重すべきだ諦めろ」
「ぐ、ぬ……っ! ぬ、うううう……!」
先輩方に揃って言われては、さしものマリアベールも黙り込まざるを得ない。
そうでなくとも言っていることは正論だと理解はできるのだ、ヘンリーのやり口が気に入らないだけで、我が家で宴をやるというのは楽しいからやってくれとさえ思う。
それゆえ結局、深々とため息を吐いて諦めるしかないマリアベール。
やっと納得したかとその姿に苦笑いをこぼし、夫と友人知人達はひとまず乾杯を交わすのであった。
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最近また酒を飲むようになってきたマリアベールが出てくる「攻略! 大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─」は下記URLからご覧いただけますー
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