52年目-1 マリアベール懐妊
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(34)
ヴァール(???)
エリス・モリガナ(47)
ラウラ・ホルン(44)
S級探査者になってすぐのマリアベールだったが、程なくして探査者としては一時、最前線を退くいわゆる引退を選ぶ事態に陥った。
理由はいたって簡単で、かつ誰しもに納得のいくものだ──その身に新たな生命を宿したのである。
そもそもが新婚ホヤホヤの彼女だ、夫婦生活を楽しんでいく中で当然の成り行きとも言える。
さしものマリアベールも身重のまま探査者として、ダンジョン探査をしようなどとは考えられず、しばらくは育児に専念するという選択をしたのであった。
イギリス南西部地域、美しい海岸を一望できるところに建てられた、マリアベールと夫ヘンリーの新居にて。
一時引退の報を受けて続々と彼女の友人知人が押し寄せては、子宝への祝辞とこれまでの労いの言葉をかけていた。
「そうか、マリアベール……あのじゃじゃ馬が人の親になるか。時の流れとは、まったく清々しいほどに雄大なものなのだな」
「ハッハッハー、めでたいったらないや! エリスさん的にもここ10年くらいで一番、嬉しいニュースだよーこれは!」
先輩として尊敬する二人の探査者、ヴァールとエリスがいつになく頬を緩めてマリアベールを見つめていた。
一時引退と懐妊の報せを受け、真っ先に駆けつけてくれたのがこの二人だ。相変わらず闇社会暮らしのエリスも、南米をさすらっていた時に受けたヴァールからの連絡に仰天しつつすぐさま英国に移動してきたのだから、どれだけマリアベールのことを大事に思っているかが伺えるだろう。
我がことのように喜ぶ彼女達に、夫ヘンリーに軽く肩を抱かれながらも照れくさそうに笑うマリアベール。
二人と出会った頃には考えられないほどに穏やかな表情を浮かべ、微笑み返して彼女は答えた。
「いやいや、なんかすみません慌てて来てもらっちまったみたいで。特にヴァールさんにゃ、S級探査者なんて大役を任されて一年もしないうちにこんなことになって」
「馬鹿なことを気にするな。幸福のうちに伴侶を持ち、また子宝にも恵まれるのだ。それ以上に優先されることがどこにある? マリアベール……永らくの探査者活動、ひとまずご苦労だった。これからは家族のこと、自分のことを第一に考えてくれ。どうか幸せにな」
昨年、WSOが定めるところのS級探査者の第一号として認定されたマリアベール。
にも関わらずすぐさま一時引退を選んだことに、後悔はないとはいえ申しわけなさを覚えているところに、すぐさまヴァールが否定を入れた。
むしろヴァールにとっては、マリアベールが幸せな人生を歩めていることが何よりも嬉しいことだ。
生き方はもちろん人それぞれだが、できることなら愛する者を得、笑顔と安寧の中で暮らしていけるならばそれが一番だと考えるがゆえに。
だからこそ、常には見せないほどの優しい顔で彼女を労い、言祝ぐ。それはWSO統括理事としてだけでなく、本来の彼女の存在意義……立場から言っても、嘘偽りない本音であった。
エリスもまた、心底からの慈愛を湛えた微笑みでマリアベールに話しかける。
「もちろんエリスさんとしても、マリーが幸せになってくれるのは最高にハッピーなことだよハッハッハー。あ、ちなみにたまにここ寄らせてもらっていいかな? いずれ産まれてくるお子さんも見てみたいし」
「もちろん! ヴァールさんもですがいつでも遊びに来てください。あと、そっちの……ラウラさんもね」
後輩の娘を見ずに、裏社会にまた引きこもりっぱなしというのはさすがにちょっと嫌だなあ。そう考える初代聖女ならではの提案。
マリアベールも友人知人と自宅で騒がしく過ごすのは好きなほうだし、旦那であるヘンリーも穏やかな気質だが宴好きの妻に理解を示している。問題はない。
だから彼女は即座に応じたのだ。今日、ここを訪れてくれたヴァールにエリス、また……少し離れたところで愛しげにエリスを見つめる、元聖女ラウラに対しても。
急に話を振られたラウラが、驚いて視線を返した。
「────え。よろしいのでしょうか」
「良いに決まってんでしょうが。アンタだって一応探査者としちゃ先輩だし、何より引退仲間にもなる。どこに住んでるんだか知らんけど、暇なら茶飲み相手にでもなってほしいんだよ」
「マリーさん……」
目を丸くするラウラ。マリアベールに先んじること6年前にはもう、身体的な限界から探査者活動を引退していた彼女にとってその言葉は意外なものだった。
7年前に知り合って以降、エリスとの関係もありそれなりに親交を深めることもあったが……彼女の家にまで訪れたのは今回が初めてだった。
それを、今後は完全なる友人として付き合っていきたいというのだ。
10歳も歳下の彼女の言葉に、ラウラはなんだか胸が熱くなるのを感じていた。
「ラウラも今はイギリスに住んでるよ。ええと、ウェールズはカーディフだったかな? 結婚したり出産したり後進育成でなんやかや暇潰ししてるみたいだけどさ、マリーが良ければ相手したげてよ。私もほら、一緒に居てあげられるわけじゃないからさ、この寂しがりとは」
「エリスお姉様……私ももう大人ですよ? それも結構オバサンですし、なんなら二人の子を持つママですもの」
「私から見たら永遠に妹分だよ、ラウラは。君が私を姉貴分だと見てくれているようにね! ハッハッハー」
「もう!」
唇を尖らせるラウラ。齢44歳にしては若々しい、それこそマリアベールと大差なく見えるのはやはりエリスとの再会以後、全盛期の活力を取り戻した上で健やかな生活を送っているからだろう。
数年前には15歳も歳下の男と結婚して二児の母になったとも聞く。聖女としての活動に人生の長い期間を費やしてきた分を今、取り戻すかのように彼女自身の幸福な生活が始まっているようだ。
そう考えて、しばらくの間は自分もそんな日々を送るのかとマリアベールは予感した。
肉体的にはともかく精神的にはこれからが全盛期を迎えそうな気がしているのだし、そうでなくとも幸せに満ちた家庭を築けていければ、自然と活力に満ち溢れてくるだろうとも思えるからだ。
かくしてマリアベールはこの年から約5年、探査者としての活動を完全に中断することとなる。
そして復帰するのは翌年に出産する愛娘、エレオノールの育児をある程度行ってから、四十路を控えた頃となるのだった。
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https://ncode.syosetu.com/n8971hh/
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