51年目 S級探査者
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
マリアベール・フランソワ(33)
ソフィア・チェーホワ(???)
大ダンジョン時代到来から半世紀。ここは探査者業界においてもまさしく、節目の年であると言えよう。
WSOや各国の全探組が一丸となって以前から構想していた探査者内での実績、実力による階級制度──いわゆる級制度が実装されたのである。
探査者内での明確な上下を作るこの制度には反発も多く、未だにこの制度は失敗だったとする大ダンジョン時代研究者もいる。
しかし界隈においては、それまでいい加減だった上下の順序や同時にダンジョンの難易度振り分けも行われたことによる生命リスクの低下などから概ね歓迎の声が大きく、そうした批判の声も無視されることが多いのが実際だ。
さて、そうして実装された級制度において、適応されるにあたり頂点のS級として認定された探査者が数人いた。
それは永らく探査者業界に、ひいては大ダンジョン時代に対して多大なる貢献を果たした存在へのある種の表彰のようなものであり……
その第一号として当時33歳の女傑、マリアベール・フランソワが選ばれたのであった。
「はあ、S級? なんですかそりゃ、言葉遊びですか」
「一言で切って捨てないでね、マリーちゃん? あなたにとっては下らないことかもしれなくても、社会にとっては大変なことなのよ?」
苦笑いしつつも嗜めるソフィアに、マリアベールははあ、と生返事一つしてウイスキーを口に含んだ。真昼からの堂々たる飲酒、それもWSO統括理事の私室においてのことである。
スイスはジュネーブ。国連本部があり、であるならば当然WSOの本部施設もあるこの美しい土地に住むソフィアに呼び出されてやって来た彼女は、もはや観光気分を一切隠すことなく遊興に浸っていた。
この頃のマリアベールはヘンリーというイギリス貴族の男と結婚し、新婚生活を楽しむにまで至っており探査者業については一時期に比べ、ひどく落ち着いた状態になっていた。
親の用意した縁談ながら恋愛結婚さながらに旦那にベタ惚れした彼女を見る友人知人には、近々彼女が家庭に入る形で一線から退くのではないかという予感が走っており……実際ここから翌年、彼女は自身の懐妊を機に5年ほどの一時引退を表明することとなる。
当然ソフィアもそうした近況は耳にしているため、雑な物言いの彼女にも苦笑いして嗜めつつも、柔らかな口調で説明を重ねた。
「いよいよ探査者の世代交代が行われようという昨今、予てから考えていた実力による区分けを行うことで業界の整理整頓を図るのよ。ほら、今までは新人もベテランも、書類の上では年季以外のところでひとまとめだったでしょう?」
「ああ、まあ……それに年季が同じでも腕の立つ立たないはありますしね。イギリスにいた頃の将太先輩周りが分かりやすいんじゃないですか」
「将太くん、相当やっかみを受けていたものねえ」
マリアベールとソフィア共通の知り合いにして、今でも親交のある先輩探査者の名を挙げる。
御堂将太。50歳を過ぎてなお探査者活動を精力的に行っている、日本の探査業界における大御所である。
彼はマリアベールがまだ若手だった折、イギリスに拠点を移し武者修行のようなことをしていた。
その頃には日本人ということで、現地の同年代からの悪感情を受けていたのを思い返しマリアベールは不機嫌そうに語る。
「今じゃ相当、探査者全体のお行儀ってやつも良くなりましたがね。それでも私が何より嫌いな、ベテラン面したクズはやっぱりそれなりにいるもんで」
「時折暴れてるって話、聞いてるわよマリーちゃん? 気持ちは理解するけど、もう結婚もしたんだからそろそろ落ち着いても良いでしょうに」
「新人相手に舐めた真似してやがると、どうしてもね。こればっかりは性分ってやつですよ、ハハハ!」
苦言を呈するソフィアに対し、高らかに笑ってみせる。
若い頃から、先輩風を吹かせて横暴をはたらく者に対しては誰よりも何よりも先に殴りかかってきた"狂犬"マリアベール。探査者歴20年にも達し、今では自身こそが先輩の中の先輩、ベテランの中のベテランとされるようになっているのだが……
本質的には18歳頃と変わらないまま。多少気質が穏やかになっていても、中身はやはり親分肌のままなのだった。
はあ、とため息一つばかりをこぼして。
ソフィアはどこか、楽しげに笑ってから告げた。
「まったくもう、いつまで経っても仕方のない子なんだから! ……でも、そんなあなただからこそ世界初のS級探査者に相応しいのよね」
「探査者を正しく実力ごとに区分けするってのは分かりましたけど、私なんぞをそんな、一番上のグレードだかに据えて良いんですかい? 後になって相応しくないから剥奪とか言われたら、こっちゃふざけんなって吼えちまいますよ」
「しないわ、そんなこと。強くて、優しくて、そして探査者としてのプライドを持ち合わせている。マリアベール・フランソワは私が信じる世界最高の探査者よ。そんなあなたにこそ、これからの大ダンジョン時代における探査者の象徴となってほしいの」
「……荷が勝ちすぎますよ。まあ、そうまで言われちゃしかたねえですけど」
真っ直ぐに見つめて、熱く語るWSO統括理事。そこに嘘や偽り、おべっかやお世辞の色はなく……尊敬する彼女にそこまで言われては、さしものマリアベールも照れを感じてウイスキーを呷った。
正直、S級探査者などと言われてもピンとこない。ましてや大ダンジョン時代における探査者の象徴などと、ソフィアやヴァール、エリスを差し置いてとんでもない話だとさえ思う。
だが、それでもソフィアがそうまで言ってくれるのだ。であるならば後輩としては、やるだけはやってみようかという気になるのも道理ではある。
かくしてマリアベールは本年から制定された探査者の級制度における最高ランク、S級に登録された最初の一人となるのだった。
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